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第一章:奔走する者と、機を待つ者。

第10話 赤ペンを振るう(1)

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 まぁどちらにしても、此処から想像できる事はただ一つ。

「おそらく侯爵は、今まで謝罪文など書いた事が一度も無かったか、もしくはこんな謝罪文を書いても今までは特に問題なく許して貰えていたか。そのどちらかなのだろうな」

 貰った相手が逆に不快になる文章で許してもらえる。
 それほどまでに、権力とは貴族界では強い効力を発揮する物なのだ。

 まぁ、ソレの通じない相手には無効であり、オルトガン伯爵家はその例外にあたる。

 だからマジックは全くもって通用しない。

「それに、私がクラウン様に掛けられた迷惑は『ちょっと』などという言葉で済むものではありません」

 この『ちょっとした迷惑』というのは、おそらくセシリアがドレスを汚された件の事を指して言っているのだろう。

 つまり彼は『王城でのパーティーを中座しなければならないような状態にさせた事』を『ちょっと』だと思っているという事である。

 『王族案件』にまで発展しそうな事象を捕まえてそんな事を言えるなど、思わず呆れを通り越して「肝が座ってるな」と尊敬さえしそうになってしまう。

 そして。

「そして『ここで謝罪しよう』と書いていますが、一体どこで謝罪しているのでしょう」

 謝罪とは「ごめんなさい」とか「済まなかった」という言葉である。
 少なくともセシリアの常識の範囲内には『謝罪しよう』なんていう謝罪の言葉は存在しない。

(本当に大人気ないというか、何というか……)

 おそらく謝罪の言葉を書くことさえも嫌だったのだろうが、別に面と向かって頭を下げる訳では無いのだから、その辺はサラリと済ませて欲しい物である。

 そして直接的な屈辱に歯軋りする訳では無いのだから、せめて使う言葉に位は気を遣って欲しい。
 本当に、全くもって誠意を感じない。

 そう主張したセシリアに、ワルターが「正論だ」とまた頷いた。


 そして「それを言うならばこちらもだ」と、机上の手紙をトントンと指で叩く。

「セシリアとクラウン様は『仲が良い・不仲』以前に碌な関わり合いが無い、言わば赤の他人だ」

 確かに、セシリアとクラウンは互いに正式な挨拶をした訳でもない。
 つまり現時点では知り合いですらない。

「それなのに、何故『不仲な噂が互いにとって良くない事』なのか。そして「2人の仲が本当は良好だ」と周りに示す事が、何故『互いの名誉の為』になるのか」

 そういう噂が立って困るのはあちらだけだ。
 それなのに『互いに』という言葉を便利に使いよって。

 ワルターは、吐き捨てる様にそう言った。
 そんな父の様子に、セシリアは少し驚く。

(此処まで「不愉快だ」という気持ちを隠せていないお父様というのも珍しい)

 そんな風に思いながら、一方でこのフラストレーションの原因が自分が起こしたこの一件にある事も分かっている。
 だからセシリアは、此処で彼にとあるストレス解消法の提案をしてみる事にした。

「――ねぇお父様。この手紙、何なら添削でもして突き返してみませんか? そうでもしないと、あちらはきっとこの手紙がただの紙の無駄使いだという事にも気付きませんよ?」

 いたずらっ子の笑みでそんな提案をしたセシリアに、ワルターは瞬間キョトンとした。
 しかしすぐにニヤリ顔になる。

「よし、やってみよう」

 そんなやりとりを経て、2人は彼の手紙の上から赤で添削を入れ始める。
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