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第4話 ――綺麗だな
しおりを挟むどうしよう、胸が跳ねる。
飛び跳ねている。
突然の大暴れに、むしろ心臓の筋肉が痛い。
他には誰も居なかった。
あの日の花びらの代わりに、今は雨水が舞っている。
長かったあの日の黒髪は、今は首がくっきり見える長さまで短くなっている。
しかし素に近いナチュラルなメイクと、彼女の微笑は健在だった。
人が居ないからだろうか、今は布の邪魔もない。
今日朝チラリと見た時には着ていたカーディガンは、あの『邪魔者』と一緒に左手にある。
そこには、羽織ものからもマスクからも開放されたワンピース姿の彼女が立っていた。
何を考えているのだろう。
何をしているのだろう。
「風邪を引くだろ」とか、「服とか髪とかビッチョンコだけど」とか、そんなの今は割とどうでもいい。
水滴が落ちてくる空をただまっすぐに見上げる彼女を、俺もまた傘をさしたままポーッと見つめている。
つい先程までは高いと思っていた相棒が、何だか今はとても安く思えるから何とも不思議だ。
透明で居てくれてありがとう。
君のお陰で、自然に傘をさしたまま彼女の姿が見ていられます。
心の中で、そんな風に相棒に向かって呼びかけておく。
すると、何を思ったのか。
彼女がスッと視線を下げた。
髪に落ちた雨水が、その動作に合わせて毛先を滑って落下する。
伏し目がちな瞳と、微笑。
その様が、俺の心臓を鷲掴みにした。
髪や肌を伝う水滴どころか周りを彩る水さえもが、まるで世界がスローモーションにでもなってしまったかのようによく見える。
そんな彼女の視界も心も奪われて、不自由な俺は呟いた。
「――綺麗だな」
すると、その言葉を拾ったのか。
触れられないずっと遠くで、彼女がフワリと振り返った。
あの瞳が俺を映して、そして俺は……きっとぶっ壊れた心臓を服の上からギュッと握って、意を決したように口を開いたのだった。
~~Fin.
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退会済ユーザのコメントです
感想、ありがとうございます。
そう言っていただけで何よりです(´∀`)ヨカッター!
ビニール傘が透明なのは小さなこだわりだったので、そこを褒めていただけで嬉しいです(о´∀`о)
これからも頑張ります!
退会済ユーザのコメントです
感想、ありがとうございます。
言葉遣いを気に入ってくださったとの事、とても嬉しく思います。
これから始まる2人の恋路についても、また折を見て書いてみたい所です。