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第一章:マイペースに生きてると、たまにはオークに囲まれる。

第10話 喜★オーク肉さんパーティー開催!!

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 捌いてもらったオーク肉をバッグに入れて、俺とクイナは行きつけの宿屋に足を向けた。

 その宿屋は、サービスも人も実に良い。
 それはこの街に来てから家を持つまでの間ずっとお世話になっていた、俺とクイナの折り紙付き。
 そして何より、今でも通い続けている。
 そういう意味でも、まごう事無き俺達の『行きつけ』だ。
 

 もし看板が出ていなければここが宿屋だとは気付いてもらえそうな程の地味過ぎるその佇まいは、今日も相変わらずだった。

 しかし、掲げられた看板に恥じぬ実態を持った場所である事は間違いない。

「いらっしゃいませー。って、あらアルドくんとクイナちゃん。お帰りなさい」

 そんな言葉で迎えてくれたその人は、背中に翼を携えた、天使のように慈愛に溢れた笑顔で俺達を出迎える。
 宿屋・『天使のゆりかご』の女将さん・マリア。
 そこに居るだけで人をどこかホッとさせる、素朴な魅力を持った人だ。
 

 そんな彼女の「お帰りなさい」に、クイナは元気よく「ただいまなのーっ!」と言って左側へと歩いて行く。
 このエントランスには真正面に宿泊受付用のカウンターがあり、向かって右には宿泊施設に続く階段、左側には食堂への入り口がある。

 迷わず後者を選んだクイナは、宿泊せずともここの食堂を利用できる事を知っていて、何よりここのコックの料理の腕がピカ一だという事を良く知っていた。


 食堂に入ると、エントランスの静けさがまるで嘘のようにガヤガヤしていた。
 その通常運転に思わず苦笑を漏らしながら、既にクイナが座っているカウンター席へと腰を掛ける。

「マリアさん、突然で悪いんだけど今日は持ち込みの肉で料理をしてほしいんだ」

 そう言って、カウンターにドンッとバッグから出した肉を置く。

「オーク肉ね。それもおっきい」

 彼女が驚いたのも無理はない。
 そこにあったのは、体長3メートルはあるオーク一体分の内の3分の1。
 見た目的にはこれでも十分凄いのだが、残りの3分の2の横に出す。
 
「えぇ。俺の一食分と、クイナがお腹いっぱいになるまで。残りの材料は日ごろのお礼って事で贈呈させてほしいんだけど」
「贈呈って……結構な分量貰っちゃう事になるんじゃない?」
 
 彼女の指摘は尤もだった。
 幾らクイナが食いしん坊で肉が好物だとは言っても、お腹のキャパの限界はある。
 これだけあれば、おそらく大半は残るだろう。
 が、それで良い。

「いつも良くしてもらってるので、代金代わりにもらっといてください」
「でもそれじゃぁこっちが貰い過ぎ……」
「というか、実はまだギルドの方に35袋分のオーク肉があるので、貰ってくれるとこっちも嬉しいんです……」

 思わず彼女から目をそらしながら、俺はそう申し出た。
 クイナは多分「オーク肉は幾らあっても困らないの!」なんて言うだろうが、正直言って二人でこの量の消費には無理がある。

 バックに入れておけば肉が腐る事はないが、俺達は冒険者だ。
 それほど大きくはない容量を肉で圧迫されては仕事に支障が出るかもしれない。
 少なからず市場に出す事になるだろうが、お礼ついでに少しでも減らしておいた方がコチラとしても助かるのだ。

 という事情を全て話した訳では無いが、実はマリアは若い見た目に反して既に、成人済みの3児の母らしい。
 女将家業の上に積まれたそんな彼女の人生経験が、どうやら何となく俺の背景を察したようだ。

「分かったわ。ではこのお肉はありがたく頂きます。その代わり、二人にはとびっきり美味しくお肉を焼いてあげる!」
「やったぁー、なのっ!」
「ありがとうございます」

 こうしてお肉パーティーの段取りは整った。


 マリアがお肉を預かって一旦奥へと入っていくと、しばらくたって「ぅおっ?!」という男の声が聞こえてきた。
 おそらく驚いたんだろうが、彼のそんな声は初めて聞いて「普段落ち着いているあの人でも驚く事ってあるんだなぁ」なんてぼんやりと思う。
 
 一方隣を見てみると、クイナはもうルンルンだ。

 耳をピコピコ、尻尾はフヨンフヨン、ついでに足はパッタパタ。
 極めつけにニコニコ笑顔で鼻歌まで歌ってるんだから、これで機嫌が悪かったら嘘だ。
 
 そして、それを周りも見逃さない。

「おっ、クイナちゃん。いつにもなくご機嫌だなぁ! なんか良い事でもあったのか?」

 聞いてきたのは俺達と同じくここの常連、つまり俺達の顔なじみだ。
 この街に来てたった2か月だというのにこれだけ周りが仲良さげに話してくるのは、多分クイナの魅力が故だ。

 好奇心旺盛で前向き、加えて人懐っこいクイナは、誰とでもすぐに仲良くなれちゃう天性の素質持ちだ。
 特に酔っ払いどもにとっては、コロコロと表情が変わる彼女は良い酒の肴になるらしい。

「良い事は、今からあるの?」
「へぇ? 今から」
「うんなの! オーク肉さんパーティーなの!」

 そんな言葉を皮切りに、クイナはつたない説明で今日あった事を話しだした。

 草原を見つけて昼寝をしたら、起きた時にはオークに囲まれててびっくりした事。
 俺がそいつらを倒して、クイナはちゃんと良い子にお留守番できた事。
 そのご褒美に、今日はオーク肉のステーキをたらふく食べられるという事を。

「アルドがねっ! ズバッ、シュシュシュッ、クルッてしてバッサァーッて! とってもとってもスゴかったの!」

 いつの間にか体全体でピョンピョンクルクル。
 俺の再現……にしてはちょっと大げさすぎる動きをし始めてしまった。

 曲がりなりにも食堂だ。
 埃が飛ぶ、と止めようとしたが、周りの酔っ払いどもがやんややんやと囃し立てる。
 多分『面白そうな大道芸が始まった』とでも思ってるんじゃないだろうか。
 一応周りを確認したが嫌そうな顔は一つもないので、諦める事にした。
 
 頬杖を突いて楽しそうなクイナを眺めていると、ジューッという鉄板の音が聞こえてくる。
 見ればそこにはコック姿の細身の男が、いつもの頼りなさげな笑みで立っていた。
 
「おや、楽しそうな事をしているね」
「お肉!!」
「うん、出来たよ」

 この宿屋の店主兼コックのグイードを見て、クイナは耳をピピピンッとさせて飛んできた。
 目の前に出されたコロコロステーキの鉄板に、フォークを掴んで最初の一言。

「いっただっきまーす、なの!」
「はいどうぞ」
 
 まるで孫でも見るように優しく目を細め許可を出したグイードに、俺はまずお礼をいう事にする。
 
「急な持ち込みですみません」
「いやいや良いんだよ、コロコロステーキの肉が変わるくらいなら、下ごしらえは要らないしね。ところでお肉くれるって聞いたからさっき料理しながら考えてたんだけど、一部は燻製肉にしとくから、今度一緒に飲むときの肴にどうかなって」
「えっ、良いですね!」

 クイナに聞こえてしまうときっと、燻製肉を全部取られる。
 俺もグイードも分かってるから、コソコソとそんな密約を2人で交わす。

 と。

「ん~! あの怖いお顔のオーク肉さん、コロコロになったらこんなに美味しいのぉ~!」

 隣からしたそんな声にちょっと視線をやってみると、ニッコニコで頬袋をパンパンにするキツネ耳っ子がそこに居た。

「そんなに頬張って……フッ、のどに詰まるから、フフッ、ゆっくり食えよ」

 すっかり変形してしまった輪郭は、インパクト抜群だった。
 せっかく一保護者としての仕事をしようと思ったのに、そのまま小首を傾げながらモグモグする彼女の顔がどうにも面白いやら微笑ましいやらで、己の欲求に打ち負けた。

 結局最後には盛大に吹き出してしまったせいで、俺は満足に苦言も言えなかったのだった。

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