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第4話 嬉しい誤算。好きにできる!(2)

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 これはむしろ、私にとっても嬉しい申し出だった。
 だって「私の行動に一切の感知をしない」なんて、つまりは好きに過ごせるという事だ。
 「私がすべき事はここにない」という事は、嫁ぐ事によってしなければならないと思っていたあれこれをする必要がないという事だ。
 奪われざるを得ないと思っていた時間が返ってくるという事だ。
 歴史研究のための時間は今まで通り、守られるという事である。

「分かりました! ありがとうございます!!」

 思わずそう言いながら胸の前でガッツポーズをすると、彼が初めてこちらを見た。

 振り返るほどではなく、チラリとこちらに目を向けた程度。
 依然として覚めた目をしていて、フンと鼻を鳴らす。

 その行動にどういう意図があるのかは、いまいちよく分からなかった。
 しかしさして気にすることでもない。

 今後も心置きなく歴史研究ができるという事実は、それだけの影響を私に及ぼしていた。


 今後も歴史に思いを馳せる時間があるのなら、せっかくだ。
 ノースビークの歴史について、少し深堀してみたい。
 前にミアが言っていたように、ここでなければ感じられない事・知れない事もあるかもしれない。
 そう思えば段々ワクワクとしてきた。

「部屋はここだ」

 いつの間にか、私に与えられる部屋についていたようだ。
 開いた扉の先にあったのは、子爵家の我が家と比べると随分と豪華な家具が備え付けられた部屋だった。

「必要なものは揃えてあるが、飾り立てたいというならあとは自分でするがいい。俺はそういうのは好かないが、どうせこの部屋に入る事もない。俺の感知するところではない」

 彼は素っ気なくそう言ったが、私には十分すぎる部屋だ。
 たしかにシンプルで飾りっ気はないけど、私自身あまりゴテゴテとした場所は好きではない。
 そういうものは、気が散るのだ。
 総じて私の歴史的考察を妨げてくるから。

「あとは好きにしろ。両親は今長旅に出ていて、屋敷にいるのは俺とお前だけだ。挨拶の相手は誰もいない。後の事はすべてジョンに聞け」

 彼の言葉に、ずっとそばに控えていた執事が一歩前に出て丁寧にお辞儀をしてくる。

「私、この屋敷で筆頭執事をさせていただいております、ジョンと申します。以後お見知りおきください」

 そう言って、ロマンスグレーの髪の彼は朗らかに笑いかけてきた。
 立場もこの屋敷の使用人を取りまとめる筆頭執事だし、おそらくこの屋敷に勤めてかなり長いのではないだろうか。
 彼の歓迎の気持ちが宿った黒い瞳に、私も微笑み頷いた。

 それを認めて、彼は無言で踵を返す。
 おそらく一定の義務は果たしたという判断だろう。

「あっ、ケルビン様」

 そんな彼を慌てて呼び止めると、剣呑な瞳がこちらを見返す。

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