2 / 7
第一章:セシリア、4歳。現実からは逃げません。
第2話 シュンとしながら思考する
しおりを挟む子供達に何かを問われた時、クレアリンゼはソレに必ず『大人の話し言葉』で答えると決めている。
子供にはまだ理解できない様な難しい言葉を敢えて使う事で、子供に考える場を与える。
その為に「それはつまりどういう事?」と聞かれる事を前提とした話し方を敢えてしているのだ。
いつだって何だって、子供の学びに繋げたい。
そう思っているからこそ『効率』を追求した結果が、この処置だった。
「お母さま」
「何?」
「……『義務』は、『しないといけない』っていうことでしょう?」
「そうね」
セシリアはうんうんと唸りながら、先程のクレアリンゼの言葉を一生懸命に解析していた。
クレアリンゼのこの教育方針は、彼女が生まれてきた時から全く変わらない。
その為セシリアはまず、既に記憶の中にある頻出単語を母の言葉の中から検出し、母に行う質問事項から順に除外していく。
そうやって4歳児にはまだ明らかに難しい言葉を一つ一つ一地道に、自分の思考へと落とし込んでいく。
「『領民』は、お父さまがお世話してる場所に住む人たち、っていう意味でしょう? ……『知識と教養』は……『おべんきょう』のこと?」
「えぇ、両方とも正解よ」
「……『税金をもらう』って、なに?」
「それはね、領民の方がお父様に『お世話してくれてありがとう』っていう気持ちで食べ物やお金をちょっとずつお父様に渡す事よ。私達はそのお金や食べ物のお陰で、毎日のご飯が食べられてフカフカの布団で眠れるの。だから、私達は『そういう生活をさせてくれてありがとう』という気持ちを、領民の方々にまた返さなくてはならないわね」
クレアリンゼがそう答えてやるとセシリアはまた唸って、少し考える様子を見せた。
そして再び、母親に問う。
「……わたしたちは、領民にお返しをしないとダメ。だからそのために『おべんきょう』はしないといけない、っていうこと?」
セシリアのペリドットの瞳が、母の瞳とかち合った。
「合ってる?」と言外に問うその瞳に、クレアリンゼは満足げに微笑む。
「正解。良く出来ました」
言いながら、彼女の柔らかい髪をクシャリと撫でる。
少しくすぐったそうに、しかしとても嬉しそうにその手を享受してくれた。
しかし次の瞬間、ハッと何かを思い出し「でも」と顔を曇らせる。
「だったらわたしも、マリーお姉さまみたいに『おべんきょう』が『大変』になるのね……」
母の言葉を理解すると同時に、勉強が『避けられない現実』であると気が付いてしまった。
頑張って、褒められた後にあったのは「自分の願いは叶わない」という事実。
その現実に、落胆しない筈が無い。
まるで全ての絶望を纏めて背負ったかの様に再び、否、前よりも寧ろ酷い落ち込みを見せる。
そんな娘に、クレアリンゼは思わず苦笑した。
つい先ほどまで嬉しそうに笑っていただけに、彼女の表情の落差が酷い。
(確かに嫌なのは分かるけど、何もそんなに絶望しなくても)
そんな風に思いもするが、すぐに「自身の経験の中にも似た様な事があった」と思い直す。
子供の頃は誰だって、大人になってから考えると大したこと無い様な事に一々、一喜一憂していた様な気がする。
きっとそれは誰もが通る道なのだろうと思えば、彼女の落胆ぶりも別に特段おかしなものでもないと思えて来る。
そんなことを思いながら、しかし此処で親心が働いた。
せっかく頑張って難しい言葉を読み解いたというのに、その先にあったのが絶望だなんて少し可哀想な気もする。
しかし彼女が『おべんきょう』に向き合わねばならないという現実は覆すことが出来ない。
その為すっかりテンションの下がってしまったセシリアの、心を軽くする為の言葉を『助言』という形に置き換えて告げることにした。
「したくない事をしなければならない時に一番楽なのは、物事を『効率的』に終わらせる事よ」
「っ!『効率的』!! お母さまの、好きな言葉ね!」
現状を打開する為のカギと、『効率的』という言葉。
それは問題点を解決する為の、一つの光明だった。
中でも後者は特に母の口癖であるだけに、自身の前に立ちはだかる問題を母の口癖に則って解決できるのだと言われて、セシリアのテンションが急上昇する。
「効率的、効率的♪」
原因不明のハイテンションで、嬉しそうに母の口癖を連呼する。
そんな娘に、母は「どうしたの?」と問いかけた。
するとこんな答えが返ってくる。
「お母さまの好きな言葉でわたしの嫌なことが解決できたら、なんかとっても嬉しいでしょ?」
娘のそんな言葉に、クレアリンゼは驚くと共に少し嬉しくもなった。
(確かにそれは、『なんかとっても嬉しい』わ)
そう言う他に、一体どう形容していいか分からない。
そんな気持ちを掬い上げた言葉がきっと『なんか』の正体だ。
そう気がついて、クレアリンゼは思わず「フフフっ」と笑ってみせた。
そして「そうね」と答えてやると、母から得られた同意の言葉にセシリアもふわりと微笑んだ。
もしもセシリアの人生で明確に『効率』への道を歩み始めた日があるのだとしたら、そのきっと起点はこの日をおいて他に無いだろう。
数十年後。
子供達や孫達に囲まれて、老成したクレアリンゼはそんな風にこの日の事を振り返る。
そう。
これはセシリアという一人の女の子が、『効率主義の権化』として国内外にその名前を轟かせるまでのお話である。
4
●この小説の続編が読みたい方は、こちらから。
↓ ↓ ↓
伯爵令嬢が効率主義に成長中だったら -『効率的』を目指して色々チャレンジしてみます!-
※第二章からお読みください。
●この作品の第2部は、こちらから。
↓ ↓ ↓
伯爵令嬢が効率主義の権化になったら 伯爵令嬢が効率主義の権化になったら 〜厄介事(第二王子と侯爵子息)が舞い込んできたので、適当にあしらいました〜
セシリア(10歳)が、社交界デビューをきっかけに遭遇した様々な思惑と面倒事を『効率的』に解決していくウィニングストーリー。
お気に入りに追加
426
あなたにおすすめの小説
【完結】伯爵令嬢が効率主義の権化になったら 〜厄介事(第二王子と侯爵子息)が舞い込んできたので、適当にあしらいました〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「『面倒』ですが、仕方が無いのでせめて効率的に片づける事にしましょう」
望まなかった第二王子と侯爵子息からの接触に、伯爵令嬢・セシリアは思慮深い光を瞳に宿して静かにそう呟いた。
***
社交界デビューの当日、伯爵令嬢・セシリアは立て続けのトラブルに遭遇する。
とある侯爵家子息からのちょっかい。
第二王子からの王権行使。
これは、勝手にやってくるそれらの『面倒』に、10歳の少女が類稀なる頭脳と度胸で対処していくお話。
◇ ◆ ◇
最低限の『貴族の義務』は果たしたい。
でもそれ以外は「自分がやりたい事をする」生活を送りたい。
これはそんな願望を抱く令嬢が、何故か自分の周りで次々に巻き起こる『面倒』を次々へと蹴散らせていく物語・『効率主義な令嬢』シリーズの第2部作品の【簡略編集版】です。
※完全版を読みたいという方は目次下に設置したリンクへお進みください。
※一応続きものですが、こちらの作品(第2部)からでもお読みいただけます。
【完結】伯爵令嬢が効率主義の権化だったら。 ~社交の輪を広げてたらやっぱりあの子息が乱入してきましたが、それでも私はマイペースを貫きます~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「『和解』が成ったからといってこのあと何も起こらない、という保証も無いですけれどね」
まぁ、相手もそこまで馬鹿じゃない事を祈りたいところだけど。
***
社交界デビューで、とある侯爵子息が伯爵令嬢・セシリアのドレスを汚す粗相を侵した。
そんな事実を中心にして、現在社交界はセシリアと伯爵家の手の平の上で今も尚踊り続けている。
両者の和解は、とりあえず正式に成立した。
しかしどうやらそれは新たな一悶着の始まりに過ぎない気配がしていた。
もう面倒なので、ここで引き下がるなら放っておく。
しかし再びちょっかいを出してきた時には、容赦しない。
たとえ相手が、自分より上位貴族家の子息であっても。
だって正当性は、明らかにこちらにあるのだから。
これはそんな令嬢が、あくまでも「自分にとってのマイペース」を貫きながら社交に友情にと勤しむ物語。
◇ ◆ ◇
最低限の『貴族の義務』は果たしたい。
でもそれ以外は「自分がやりたい事をする」生活を送りたい。
これはそんな願望を抱く令嬢が、何故か自分の周りで次々に巻き起こる『面倒』を次々へと蹴散らせていく物語・『効率主義な令嬢』シリーズの第4部作品です。
※本作品までのあらすじを第1話に掲載していますので、本編からでもお読みいただけます。
もし「きちんと本作を最初から読みたい」と思ってくださった方が居れば、第2部から読み進める事をオススメします。
(第1部は主人公の過去話のため、必読ではありません)
以下のリンクを、それぞれ画面下部(この画面では目次の下、各話画面では「お気に入りへの登録」ボタンの下部)に貼ってあります。
●物語第1部・第2部へのリンク
●本シリーズをより楽しんで頂ける『各話執筆裏話』へのリンク
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!

契約師としてクランに尽くしましたが追い出されたので復讐をしようと思います
夜納木ナヤ
ファンタジー
ヤマトは異世界に召喚された。たまたま出会った冒険者ハヤテ連れられて冒険者ギルドに行くと、召喚師のクラスを持っていることがわかった。その能力はヴァルキリーと契約し、力を使えるというものだ。
ヤマトはハヤテたちと冒険を続け、クランを立ち上げた。クランはすぐに大きくなり、知らないものはいないほどになった。それはすべて、ヤマトがヴァルキリーと契約していたおかげだった。それに気づかないハヤテたちにヤマトは追放され…。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

魔法省魔道具研究員クロエ
大森蜜柑
ファンタジー
8歳のクロエは魔物討伐で利き腕を無くした父のために、独学で「自分の意思で動かせる義手」製作に挑む。
その功績から、平民ながら貴族の通う魔法学園に入学し、卒業後は魔法省の魔道具研究所へ。
エリート街道を進むクロエにその邪魔をする人物の登場。
人生を変える大事故の後、クロエは奇跡の生還をとげる。
大好きな人のためにした事は、全て自分の幸せとして返ってくる。健気に頑張るクロエの恋と奇跡の物語りです。
本編終了ですが、おまけ話を気まぐれに追加します。
小説家になろうにも掲載してます。

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。
婚活したい魔王さま(コブつき)を、わたしが勝手にぷろでゅーす! ~不幸を望まれた人質幼女が、魔王国の宝になるまで~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
人間の国の王女の一人だったリコリス(7歳)は、王妃さまの策略により、病死した母(側妃)の葬儀の後すぐに、残忍な魔族たちの住まう敵国・魔王国に人質代わりに送られてしまった。
しかしリコリスは悲観しない。お母さまのようなカッコいい『大人のレディー』になるべく、まだ子どもで非力な自分がどうすれば敵国で生きて行けるかを一生懸命に考え――。
「わたしが王さまをモッテモテにします!!」
お母さま直伝の『愛され十か条』を使って、「結婚したい」と思っている魔王さまの願いを叶えるお手伝いをする。
人間の国からきた人質王女・リコリス、どうやら『怠け者だった国王を改心させた才女』だったらしい今は亡きお母さまの教えに従い、魔王様をモッテモテにするべく、少し不穏な魔王城内をあっちこっちと駆け回りながら『大人のレディ』を目指します!!
※カクヨムで先行配信中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる