3 / 7
第一章:セシリア、4歳。現実からは逃げません。
第3話 悩む妹を心配する目
しおりを挟むとある春の午前中。
丁度10時を回った頃、とある伯爵家の庭では芝生の上に置かれたティーテーブルにお茶やお菓子などが並んでいた。
今日の空は清々しい程の快晴である。
その陽気も相まって、笑顔と話し声が絶えない場に――なる筈だった。
オルトガン伯爵家では毎日、午前と午後に1度ずつ、計2回のティータイムが催される。
これはこの家の夫人であるクレアリンゼが無類の紅茶好きであることが、大きな要因だろう。
今日のティータイムの出席者は、母・クレアリンゼとセシリア、そしてセシリアの兄・キリルの3人だった。
大抵その場の話の主導権を握る事になる子供達が、今日は3人中2人も参加しているのだ。
さぞかし賑やかなティータイムになるだろうと思われたのだが、その予想に反して二人は今、それぞれが静かに椅子に座っている。
セシリアの様子がおかしい事は、いつもの彼女を知っている者が見ればすぐに分かっただろう。
いつもなら、何かしら話しているか、ティータイムに用意されたお菓子達を頬張っているか。
どちらにしても、彼女の楽し気な表情がティータイムに花を添えている事には変わりない。
だというのに、今日の彼女は珍しく黙りこくったままで上の空だった。
一応用意された紅茶をチビチビと飲んではいるものの、視線は何もない虚空に固定されたまま動かない。
まるで紅茶を飲む事だけを使命とする、ブリキ人形の様になってしまっている。
そしてそんな彼女の様子に心配そうな眼差しを向けているのが、彼女の兄・キリルだ。
(どうしたんだろう、セシリー。なんか変だ)
見た所、今正に思考の海に深く潜っている様子だという事は、少し彼女を観察していればすぐに分かる事だ。
忙しそうな彼女に「どうしたの?」と口を挟んで思考を止める事は、彼女の邪魔にならないだろうか。
そう危惧して一度は尻込みしてみるものの、やはり気になるものは気になる。
「……セシリー、どうしたの? なんか今日、元気が無いみたいだけど」
意を決して掛けてきたその声に、セシリアの視線がゆっくりと上がった。
そんな彼女の行動に、「反応してくれた」と兄は少しだけホッとする。
首を傾げる様にしてセシリアの顔を覗き込めば、僅かにオレンジ掛かった金色の髪がサラリと揺れて陽光に煌めいた。
「心配だ」と訴える空色の瞳が、包み込む様な優しい色でセシリアを映した。
流石は兄妹というべきだろうか。
目鼻立ちが似通ったその顔は、きっと母親に似たのだろう。
男子にしては中性的な顔立ちで、着るものが変わればショートヘアーの女の子に間違われても仕方が無いかもしれない。
それがセシリア達兄妹の最年長、妹思いで少し心配性な、オルトガン家の嫡男・キリルという人だった。
5つ離れた彼の心配そうな瞳と視線がかち合って、セシリアは此処で初めて自分がずっと考え込んでしまっていた事に気が付いた。
そして同時に彼に心配を掛けてしまっていた事を自覚すると、「これ以上心配させてはいけない」と作り笑顔を浮かべる努力をする。
「ううん、何でも無いの。ちょっと『どうしたらいいのかな』って、思ってるだけ」
しかしその努力は、キリルを一層心配させるだけだった。
少なくとも兄にとっては、大丈夫な顔には見えなかったのだ。
(何か、悩みでもあるのかな?)
そんな事を思いながら、キリルはチラリと目の前で優雅に紅茶を楽しむ母を見た。
クレアリンゼは『悩む事も時には大切である』と思っている節がある。
だからなのだろうか。
問われた事にはきちんと答えてくれるが、問われなければただ静かに見守る所がある。
それが駄目だとは言わないが、キリルはセシリアの兄なのだ。
妹が困ったり悩んだりしているのなら、少しでも助けになってあげたいと思う。
「話してみてよ、もしかしたら僕もちょっとは力になれるかもしれない。それに一人で悩むより、2人で悩んだ方がきっと楽しいよ」
一人で抱える悩みは、悩む者をただ思考の奈落へと沈ませる。
しかし2人なら、ソレは討論に成り得る。
活発に議論すればそれだけ沢山の考え方が生まれるし、悩んで陰鬱になってしまっていた気だって幾分か晴れる。
そんな兄からの説得に、セシリアはまた紅茶の湖面に落ちかけていた視線を上げた。
彼の申し出を断ったのは、兄に心配を掛けたくなかったからだ。
悲し気な、困った様な顔をしてほしくは無かったからだ。
しかしその一方で、思考が煮詰まっていた事も事実で。
本当は「誰かに相談したい」と思ってもいた。
対になる葛藤の中で、セシリアは逡巡した。
そして結果、おずおずと口を開く。
「あのね、マリーお姉さまは『おべんきょう』が『大変』そうなの。私は『大変』になりたくないの。でもね、『おべんきょう』は『貴族の義務』だからしないとダメなの」
セシリアはキリルに悩み事を打ち明けると、シューンという効果音が付くくらいに萎んでしまった。
一方でキリルは、すっかり元気の無くなってしまった妹を観察しながら、とある疑問を抱いていた。
(まだ始めてさえいない勉強を、なぜこんなにも嫌っているのだろう)
そんな疑問である。
キリルは、心中でそう呟くと黙々とその疑問について思案し始めた。
そしてすぐに思考を終える。
「なるほど、確かにあれが原因なら……」
そんな風に、彼は口の中でブツブツと言葉を紡ぐ。
そしてその要因へと思いを馳せた。
6
●この小説の続編が読みたい方は、こちらから。
↓ ↓ ↓
伯爵令嬢が効率主義に成長中だったら -『効率的』を目指して色々チャレンジしてみます!-
※第二章からお読みください。
●この作品の第2部は、こちらから。
↓ ↓ ↓
伯爵令嬢が効率主義の権化になったら 伯爵令嬢が効率主義の権化になったら 〜厄介事(第二王子と侯爵子息)が舞い込んできたので、適当にあしらいました〜
セシリア(10歳)が、社交界デビューをきっかけに遭遇した様々な思惑と面倒事を『効率的』に解決していくウィニングストーリー。
お気に入りに追加
426
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女は聞いてしまった
夕景あき
ファンタジー
「道具に心は不要だ」
父である国王に、そう言われて育った聖女。
彼女の周囲には、彼女を心を持つ人間として扱う人は、ほとんどいなくなっていた。
聖女自身も、自分の心の動きを無視して、聖女という治癒道具になりきり何も考えず、言われた事をただやり、ただ生きているだけの日々を過ごしていた。
そんな日々が10年過ぎた後、勇者と賢者と魔法使いと共に聖女は魔王討伐の旅に出ることになる。
旅の中で心をとり戻し、勇者に恋をする聖女。
しかし、勇者の本音を聞いてしまった聖女は絶望するのだった·····。
ネガティブ思考系聖女の恋愛ストーリー!
※ハッピーエンドなので、安心してお読みください!
【完結】伯爵令嬢が効率主義の権化になったら 〜厄介事(第二王子と侯爵子息)が舞い込んできたので、適当にあしらいました〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「『面倒』ですが、仕方が無いのでせめて効率的に片づける事にしましょう」
望まなかった第二王子と侯爵子息からの接触に、伯爵令嬢・セシリアは思慮深い光を瞳に宿して静かにそう呟いた。
***
社交界デビューの当日、伯爵令嬢・セシリアは立て続けのトラブルに遭遇する。
とある侯爵家子息からのちょっかい。
第二王子からの王権行使。
これは、勝手にやってくるそれらの『面倒』に、10歳の少女が類稀なる頭脳と度胸で対処していくお話。
◇ ◆ ◇
最低限の『貴族の義務』は果たしたい。
でもそれ以外は「自分がやりたい事をする」生活を送りたい。
これはそんな願望を抱く令嬢が、何故か自分の周りで次々に巻き起こる『面倒』を次々へと蹴散らせていく物語・『効率主義な令嬢』シリーズの第2部作品の【簡略編集版】です。
※完全版を読みたいという方は目次下に設置したリンクへお進みください。
※一応続きものですが、こちらの作品(第2部)からでもお読みいただけます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~
フルーツパフェ
ファンタジー
エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。
前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。
死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。
先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。
弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。
――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから
【完結】伯爵令嬢が効率主義の権化だったら。 ~社交の輪を広げてたらやっぱりあの子息が乱入してきましたが、それでも私はマイペースを貫きます~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「『和解』が成ったからといってこのあと何も起こらない、という保証も無いですけれどね」
まぁ、相手もそこまで馬鹿じゃない事を祈りたいところだけど。
***
社交界デビューで、とある侯爵子息が伯爵令嬢・セシリアのドレスを汚す粗相を侵した。
そんな事実を中心にして、現在社交界はセシリアと伯爵家の手の平の上で今も尚踊り続けている。
両者の和解は、とりあえず正式に成立した。
しかしどうやらそれは新たな一悶着の始まりに過ぎない気配がしていた。
もう面倒なので、ここで引き下がるなら放っておく。
しかし再びちょっかいを出してきた時には、容赦しない。
たとえ相手が、自分より上位貴族家の子息であっても。
だって正当性は、明らかにこちらにあるのだから。
これはそんな令嬢が、あくまでも「自分にとってのマイペース」を貫きながら社交に友情にと勤しむ物語。
◇ ◆ ◇
最低限の『貴族の義務』は果たしたい。
でもそれ以外は「自分がやりたい事をする」生活を送りたい。
これはそんな願望を抱く令嬢が、何故か自分の周りで次々に巻き起こる『面倒』を次々へと蹴散らせていく物語・『効率主義な令嬢』シリーズの第4部作品です。
※本作品までのあらすじを第1話に掲載していますので、本編からでもお読みいただけます。
もし「きちんと本作を最初から読みたい」と思ってくださった方が居れば、第2部から読み進める事をオススメします。
(第1部は主人公の過去話のため、必読ではありません)
以下のリンクを、それぞれ画面下部(この画面では目次の下、各話画面では「お気に入りへの登録」ボタンの下部)に貼ってあります。
●物語第1部・第2部へのリンク
●本シリーズをより楽しんで頂ける『各話執筆裏話』へのリンク
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
竜の国のカイラ~前世は、精霊王の愛し子だったんですが、異世界に転生して聖女の騎士になりました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
辺境で暮らす孤児のカイラは、人には見えないものが見えるために悪魔つき(カイラ)と呼ばれている。
同じ日に拾われた孤児の美少女ルイーズといつも比較されていた。
16歳のとき、神見の儀で炎の神の守護を持つと言われたルイーズに比べて、なんの神の守護も持たないカイラは、ますます肩身が狭くなる。
そんなある日、魔物の住む森に使いに出されたカイラは、魔物の群れに教われている人々に遭遇する。
カイラは、命がけで人々を助けるが重傷を負う。
死に瀕してカイラは、自分が前世で異世界の精霊王の姫であったことを思い出す。
エブリスタにも掲載しています。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる