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第二章:初めて貴族の友人を作る。

第6話 忘れてしまった笑い方は(2) ★

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「最初はお父様に言おうとしたんだけど、その前に『他貴族の屋敷に行きたくないだなんて、そんなわがままを言うな』って言われて」

 そう言って笑った彼は、しかしとても寂しそうだった。

「誰も僕を理解してくれないし、理解できないだろうなって、僕自身思ったし」

 だって僕は、他とは違うから。
 そんな自分が周りにいくら話や歩調を合わせたところで、他と同じにはなれないんだと、分かってしまったから。

「だから、全部辞めたんだよ」

 そしたら今のこの状況っていうわけ。
 彼はそう言うと、「つまらない話でしょ? ごめんね、困らせて」と言って苦笑した。


 しかしそんな彼の言葉を、セシリアはすぐに「いいえ」と否定する。

「困る筈なんかありません。それどころか、とても嬉しいです」

 これは、紛れもないセシリアの本心だった。

 言葉とは、口にした瞬間にこの世に固定化される物だ。

 良い意味でも悪い意味でも、誰かの耳に届いた段階で、決してなかった事には出来ないし、ならない。

 彼は今日、自分の心を、想いを、自分自身の耳で聞いた。
 この場限りの話とするにしても、確かに今この瞬間、彼が自分で自分の心を吐露し、固定化した。

 自分の心と向き合い、一歩踏み出した。
 そんな彼を見る事が出来て、セシリアはとても嬉しい。


 周りはみんな、変わったレガシーの事を「警戒心が上がったせいで取り入りにくくなったな」とか「まったく、貴族の一員だというのに困ったものだ」とか。
 きっとそんな程度にしか思っていないのだろう。

 しかし、それでも。

「話してくれて、ありがとう」

 セシリアはもう、知っているから。
 傷付けられた心も、本当の気持ちも、相手を突き放す態度の先にある恐れや諦めも。
 
 だからもう一人じゃないんだよ、と伝えたい。


 言葉にすると陳腐な何かに成り下がってしまいそうな気がして、セシリアはその思いを「ありがとう」という言葉に込めた。

 そしてその「ありがとう」が、優しく彼の心をノックする。

「……変な奴だね、君」

 悪態とも取れるその言葉は、何故か不思議な温かみを帯びていた。
 ちょっと困ったように笑う彼は、明らかに笑い慣れていなくて。
 もしかしたら笑い方を忘れてしまったのかもしれないなと、セシリアはふと思う。

 しかし、それでも良いのだ。
 そんなものは、これからまたちょっとずつ思い出していけばいい。

「あ、そういえばまだ名乗ってなかったよね。僕は、レガシー・セルジアット。君の名前は……えっと、何だったっけ?」

 最初に名乗っていた気もするけど。
 ごめん、覚えてないや。

 素直にそう口にした彼にいっそ清々しいものを感じて、セシリアはクスクスと笑う。
 そして。

「私はセシリア・オルトガンと言います。これからよろしくお願いしますね、レガシー様」

 そう言って微笑んだ。



『誰かの目や噂より、自分の見たもの、その時に思った事を信じる事』。

 これはオルトガン伯爵家の教育方針の一つだ。

 人を色眼鏡で見ずに、きちんと本人を見て判断する。
 これは、セシリアがその大切さを改めて痛感する確かなキッカケとなった。



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 当該話数の裏話を更新しました。
 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991619434

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