上 下
58 / 70
第二章:初めて貴族の友人を作る。

第6話 忘れてしまった笑い方は(2) ★

しおりを挟む


「最初はお父様に言おうとしたんだけど、その前に『他貴族の屋敷に行きたくないだなんて、そんなわがままを言うな』って言われて」

 そう言って笑った彼は、しかしとても寂しそうだった。

「誰も僕を理解してくれないし、理解できないだろうなって、僕自身思ったし」

 だって僕は、他とは違うから。
 そんな自分が周りにいくら話や歩調を合わせたところで、他と同じにはなれないんだと、分かってしまったから。

「だから、全部辞めたんだよ」

 そしたら今のこの状況っていうわけ。
 彼はそう言うと、「つまらない話でしょ? ごめんね、困らせて」と言って苦笑した。


 しかしそんな彼の言葉を、セシリアはすぐに「いいえ」と否定する。

「困る筈なんかありません。それどころか、とても嬉しいです」

 これは、紛れもないセシリアの本心だった。

 言葉とは、口にした瞬間にこの世に固定化される物だ。

 良い意味でも悪い意味でも、誰かの耳に届いた段階で、決してなかった事には出来ないし、ならない。

 彼は今日、自分の心を、想いを、自分自身の耳で聞いた。
 この場限りの話とするにしても、確かに今この瞬間、彼が自分で自分の心を吐露し、固定化した。

 自分の心と向き合い、一歩踏み出した。
 そんな彼を見る事が出来て、セシリアはとても嬉しい。


 周りはみんな、変わったレガシーの事を「警戒心が上がったせいで取り入りにくくなったな」とか「まったく、貴族の一員だというのに困ったものだ」とか。
 きっとそんな程度にしか思っていないのだろう。

 しかし、それでも。

「話してくれて、ありがとう」

 セシリアはもう、知っているから。
 傷付けられた心も、本当の気持ちも、相手を突き放す態度の先にある恐れや諦めも。
 
 だからもう一人じゃないんだよ、と伝えたい。


 言葉にすると陳腐な何かに成り下がってしまいそうな気がして、セシリアはその思いを「ありがとう」という言葉に込めた。

 そしてその「ありがとう」が、優しく彼の心をノックする。

「……変な奴だね、君」

 悪態とも取れるその言葉は、何故か不思議な温かみを帯びていた。
 ちょっと困ったように笑う彼は、明らかに笑い慣れていなくて。
 もしかしたら笑い方を忘れてしまったのかもしれないなと、セシリアはふと思う。

 しかし、それでも良いのだ。
 そんなものは、これからまたちょっとずつ思い出していけばいい。

「あ、そういえばまだ名乗ってなかったよね。僕は、レガシー・セルジアット。君の名前は……えっと、何だったっけ?」

 最初に名乗っていた気もするけど。
 ごめん、覚えてないや。

 素直にそう口にした彼にいっそ清々しいものを感じて、セシリアはクスクスと笑う。
 そして。

「私はセシリア・オルトガンと言います。これからよろしくお願いしますね、レガシー様」

 そう言って微笑んだ。



『誰かの目や噂より、自分の見たもの、その時に思った事を信じる事』。

 これはオルトガン伯爵家の教育方針の一つだ。

 人を色眼鏡で見ずに、きちんと本人を見て判断する。
 これは、セシリアがその大切さを改めて痛感する確かなキッカケとなった。



 ↓ ↓ ↓
 当該話数の裏話を更新しました。
 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991619434

 ↑ ↑ ↑
 こちらからどうぞ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前は魔女にでもなるつもりか」と蔑まれ国を追放された王女だけど、精霊たちに愛されて幸せです

四馬㋟
ファンタジー
妹に婚約者を奪われた挙句、第二王女暗殺未遂の濡れ衣を着せられ、王国を追放されてしまった第一王女メアリ。しかし精霊に愛された彼女は、人を寄せ付けない<魔の森>で悠々自適なスローライフを送る。はずだったのだが、帝国の皇子の命を救ったことで、正体がバレてしまい……

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

学園首席の私は魔力を奪われて婚約破棄されたけど、借り物の魔力でいつまで調子に乗っているつもり?

今川幸乃
ファンタジー
下級貴族の生まれながら魔法の練習に励み、貴族の子女が集まるデルフィーラ学園に首席入学を果たしたレミリア。 しかし進級試験の際に彼女の実力を嫉妬したシルヴィアの呪いで魔力を奪われ、婚約者であったオルクには婚約破棄されてしまう。 が、そんな彼女を助けてくれたのはアルフというミステリアスなクラスメイトであった。 レミリアはアルフとともに呪いを解き、シルヴィアへの復讐を行うことを決意する。 レミリアの魔力を奪ったシルヴィアは調子に乗っていたが、全校生徒の前で魔法を披露する際に魔力を奪い返され、醜態を晒すことになってしまう。 ※3/6~ プチ改稿中

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

大好きな母と縁を切りました。

むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。 領地争いで父が戦死。 それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。 けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。 毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。 けれどこの婚約はとても酷いものだった。 そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。 そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……

婚約していたのに、第二王子は妹と浮気しました~捨てられた私は、王太子殿下に拾われます~

マルローネ
ファンタジー
「ごめんなさいね、姉さん。王子殿下は私の物だから」 「そういうことだ、ルアナ。スッキリと婚約破棄といこうじゃないか」 公爵令嬢のルアナ・インクルーダは婚約者の第二王子に婚約破棄をされた。 しかも、信用していた妹との浮気という最悪な形で。 ルアナは国を出ようかと考えるほどに傷ついてしまう。どこか遠い地で静かに暮らそうかと……。 その状態を救ったのは王太子殿下だった。第二王子の不始末について彼は誠心誠意謝罪した。 最初こそ戸惑うルアナだが、王太子殿下の誠意は次第に彼女の心を溶かしていくことになる。 まんまと姉から第二王子を奪った妹だったが、王太子殿下がルアナを選んだことによりアドバンテージはなくなり、さらに第二王子との関係も悪化していき……。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

処理中です...