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第一章:初めての社交で暗躍する。

第5話 紳士は良縁を見出して(1)

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 そしてそんな男の声を聞きながら、モンターギュ伯爵はすっかり社交相手を見る目をセシリアへと向けていた。

 クレアリンゼ直伝の、ハキハキとしているのに柔らかく聞こえる声。
 社交の仮面完全装備な笑み。
 そして、知性の色が灯ったペリドットの瞳。

 そのどれもが「今の言葉や疑問は、決して誰かからの暗記物では無い」と伯爵に思わせた。

 それは社交に関する一種の嗅覚と呼べる代物だった。
 つまり、直感以外の根拠は無い。
 しかしそれでも彼は、今まで自分が培ってきたその嗅覚を信じる事にした様だった。

「良く知っているね、その話はまだあまり知られていないと思っていたのだが」

 そう言って、彼はセシリアに「興味深い」と言いたげな目を向ける。


 彼女の瞳は非常に純度の高い好奇心を宿していた。
 そしてそれを裏付けるかの様に、彼女が口を開く。

「元々ひょんな事から『紙』には興味を持っていたのです」

 だからその延長で新しい紙の存在を知ったのだ。
 そう、セシリアは付け足した。

「確かにそれだけの言葉がスラスラと出てくるのなら、君が『紙』に興味を持っているのは本当なのだろうな」

 そう言って、彼はフッと笑う。
 そして「しかし何とも不思議だ」と言葉を続ける。
 
「普通、特に君くらいの年頃ならば興味惹かれる事について話す時、もう少しはしゃぐものだろうに」

 伯爵にも子供が居る。
 だから覚えがあるのだ。
 
 今の彼女のように好奇心を瞳に宿す時、子供は大抵はしゃぎながら、まるで急かす様に大人に物を尋ねるものである。


 伯爵のそんな指摘に、セシリアはほんの一瞬だけ居を突かれた様な顔をした。
 しかしすぐに困った様な顔になる。

「今の私も、伯爵の創造の中の子供のようにしたい気持ちで一杯です。しかし母から『それははしたない事だ』と教えられていますから」

 これでも結構苦労して抑えているのですよ?
 そう言って恥ずかしそうに笑ったセシリアに、伯爵も釣られて笑う。

 
 実はこのやりとり、セシリアにとって想定外と想定通りが入り混じったやりとりだった。

 好奇心が漏れ出てしまっていたのは、想定外。
 しかしそれを利用して相手の警戒心を解くように持って行けたのは、想定通り。
 突貫工事ではあったものの「割と上手くいったかな」と、セシリアは彼の反応を見て思ったのであった。



 今の一連のやり取りで、場は『子供の相手』から『社交』へと塗り替えられた。
 それは、二人のこのやりとりが周りに「通常の社交と何ら遜色無いものだ」と認められたという事でもあった。
 
 そんな空気を感じ取り、セシリアは本題を切り出す。

「実は私、丁度そういう特性を持つ素材を探していたのです。そんな所に運良く伯爵領の『紙』のお話を小耳に挟みまして」

 だからこの場所で伯爵の姿を拝見した時に是非とも詳しいお話を聞かせていただきたいと思ったのだ。
 そう、セシリアは言葉を続ける。

 そして。

「そのお話次第では、購入を検討したいと思っているのです。その場合はあくまでも『私個人としての購入』ですが、それなりの数量を定期的に購入する事になると思います」

 そう言って、笑みを深めた。

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