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生粋の貴族夫人・フィーリアは、強い瞳の彼らに出逢う。
第5話 生まれた願いは儚い夢想(1)
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◆
忘れもしない、つい先程。
濡れネズミ三人でふかしジャガイモを買った時、「これで足りるでしょうか」と言って出した私の手首を、ディーダにガシッと掴まれた。
「お前、一体何を買う気だ……?」
手をグッと引き戻しながらまっすぐ真顔で言われてしまい、意味が分からずキョトンとしてしまった。
食べ物を買うところとしてこのお店を教えてくれたのは、誰でもない彼等自身だ。何を買うって、もちろんジャガイモに決まっている。
答えられずに首を傾げると、彼はチッと舌打ちをして私の手からひったくるように大金貨を一枚だけぶんどった。
会計カウンターの上にそれをバンッと打ち付けるようにして置いて、身を乗り出して店員さんにガンを付ける。
「おいオッサン。もし少しでも釣りをちょろまかしたら、この店ぶっ壊すからな」
完全なる彼の脅し文句に一瞬カチンときたように見えた店員だったが、カウンターに乗せられたお金を見た瞬間に、怒りを忘れたかのように納得の表情を浮かべた。
「ほぉ、この辺じゃ滅多に見ない大金だ」
そう言うと、彼は一度店の奥へと引っ込んで、ジャラジャラとお金を持って戻ってきた。
「蒸しジャガイモ一つ銅貨3枚だから、三つで9枚。お釣りは金貨9枚に銀貨9枚、それから銅貨が1枚」
頭の端でぼんやりと「ジャガイモってそんなに程安いのね」と思っていると、受け取ったお釣りの枚数をきっちり確認したディーダが、フンッと鼻を鳴らして振り返ってきた。
私にお金を突き返し、ぶっきらぼうに言ってくる。
「おいババァ、ちゃんと入れとけよ」
彼からお金を受け取りながら、私は密かに釣り目の彼を「優しいな」と思った。
見ないふりで放っておくことだってできた筈なのに、こうしてわざわざ口を出して、確認して、警告までしてくれた。
不器用な子だなと思った。
◆
あの時のディーダや店員さんの様子を見れば、流石に私も自分が彼らから常識外れに見えてしまうのだろうという事は自覚できる。
生まれてこの方貴族でしかなかった私が持つ常識は、あくまでも貴族としてのものである。それこそ何も知らないような気でいた方がいいのかもしれない。
「チッ、あんなに金があるなら、もっと良いもん強請《ねだ》るんだったぜ」
そんな事をぼそっと言いながら、ディーダは最後の一口を口に放り込んだ。
いじけたようなその物言いが、年相応を思わせる。
私もジャガイモを食べながら、気が付けばまた微笑を浮かべていた。そんな自分に気が付いて、何だか不思議な気分になる。
――いつぶりだろうか。笑ったのは。
日々の忙しさが、旦那様には相手にされず、息子にも第二夫人にも邪険にされる日々が、最後に笑った日を私に思い出せなくさせていた。
だからこそ、こうして全てを失った今、笑えている自分がひどく奇妙に思える。
忘れもしない、つい先程。
濡れネズミ三人でふかしジャガイモを買った時、「これで足りるでしょうか」と言って出した私の手首を、ディーダにガシッと掴まれた。
「お前、一体何を買う気だ……?」
手をグッと引き戻しながらまっすぐ真顔で言われてしまい、意味が分からずキョトンとしてしまった。
食べ物を買うところとしてこのお店を教えてくれたのは、誰でもない彼等自身だ。何を買うって、もちろんジャガイモに決まっている。
答えられずに首を傾げると、彼はチッと舌打ちをして私の手からひったくるように大金貨を一枚だけぶんどった。
会計カウンターの上にそれをバンッと打ち付けるようにして置いて、身を乗り出して店員さんにガンを付ける。
「おいオッサン。もし少しでも釣りをちょろまかしたら、この店ぶっ壊すからな」
完全なる彼の脅し文句に一瞬カチンときたように見えた店員だったが、カウンターに乗せられたお金を見た瞬間に、怒りを忘れたかのように納得の表情を浮かべた。
「ほぉ、この辺じゃ滅多に見ない大金だ」
そう言うと、彼は一度店の奥へと引っ込んで、ジャラジャラとお金を持って戻ってきた。
「蒸しジャガイモ一つ銅貨3枚だから、三つで9枚。お釣りは金貨9枚に銀貨9枚、それから銅貨が1枚」
頭の端でぼんやりと「ジャガイモってそんなに程安いのね」と思っていると、受け取ったお釣りの枚数をきっちり確認したディーダが、フンッと鼻を鳴らして振り返ってきた。
私にお金を突き返し、ぶっきらぼうに言ってくる。
「おいババァ、ちゃんと入れとけよ」
彼からお金を受け取りながら、私は密かに釣り目の彼を「優しいな」と思った。
見ないふりで放っておくことだってできた筈なのに、こうしてわざわざ口を出して、確認して、警告までしてくれた。
不器用な子だなと思った。
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あの時のディーダや店員さんの様子を見れば、流石に私も自分が彼らから常識外れに見えてしまうのだろうという事は自覚できる。
生まれてこの方貴族でしかなかった私が持つ常識は、あくまでも貴族としてのものである。それこそ何も知らないような気でいた方がいいのかもしれない。
「チッ、あんなに金があるなら、もっと良いもん強請《ねだ》るんだったぜ」
そんな事をぼそっと言いながら、ディーダは最後の一口を口に放り込んだ。
いじけたようなその物言いが、年相応を思わせる。
私もジャガイモを食べながら、気が付けばまた微笑を浮かべていた。そんな自分に気が付いて、何だか不思議な気分になる。
――いつぶりだろうか。笑ったのは。
日々の忙しさが、旦那様には相手にされず、息子にも第二夫人にも邪険にされる日々が、最後に笑った日を私に思い出せなくさせていた。
だからこそ、こうして全てを失った今、笑えている自分がひどく奇妙に思える。
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