1 / 26
生粋の貴族夫人・フィーリアは、強い瞳の彼らに出逢う。
第1話 棄てられてしまった伯爵夫人(1)
しおりを挟む地面に乱暴に捨てられて、顔にベシャリと泥が飛んだ。
打ち付けてくる雨に、あっという間に指先は冷える。
突然の事に混乱して、上手く頭が働かない。にも関わらず、現実は私に容赦をする気はないようだった。
「フィーリア、お前はもう要らん」
頭上から降ってきた声に顔をゆるゆると上げれば、蔑むような目と目が交わった。
「ザイズドート様……」
懇願するように上げた声は、掠れたか細い声にしかならない。
私だって分かっている。彼に助けを求めても、きっと無駄だという事は。
雨が降っていると分かっていて、私の二の腕をおもむろに掴み外まで引きずり出したのは、誰でもないザイスドート様だった。
こうして門外のぬかるんだ地面に、まるでゴミでも捨てるかのように私を投げ捨てた彼である。どうして今更情なんて、掛けてくださるのだろうか。
頭ではそう分かっているのに、どうしても一縷の可能性を捨てきれない。
あぁきっとまだ、私は彼を愛しているのだ。優しかった時の彼を、まだ忘れていないのだ。
混乱と絶望と失望のせいで、まるで靄がかかったような思考。それでも自覚できた己の本心に、昔は甘い鳶色を向けてくれていた筈の瞳が、すっかり冷え切り突き刺さる。
「『婚姻契約』は保ってやる。社交界にはお前は伏せっているという事にし、名前だけは取り上げぬ。感謝する事だ。優しいレイチェルからの、せめてのも温情なのだから」
その言い分は、最早契約上の関係だけしか残っていないという残酷な現実を突き付けてきた。
そして彼の腕――ほんの一年ほど前までは私のだった筈の所に、スルリと女性の細腕が絡まる。
「貴女には、もう帰る場所も無いですものね? ですから心の拠り所までは奪いませんわ。今までこの屋敷に住まわせてもらっていた事に感謝して、その名を胸に平民街でも強く逞しく生きてくださいな?」
ニコリと微笑んだ彼女・レイチェル様の顔には、優越感交じりの嘲笑が浮かんでいた。
第二夫人の座からザイズドート様の愛を根こそぎ攫い、息子まで奪っていっただけでは飽き足らず、今度は屋根まで取り上げるという。
何故彼女はこうも私を嫌うのか。出会った時からずっと疑問で、今も尚理由は分からない。
ただ一つだけ分かるのは、もう彼女と私は同じ舞台には立っていないという事だ。
蔑みをまったく隠さない彼女に、まるで「貴女にはもう取り繕う価値さえ無い。競うべき邪魔者でさえなくなった」と言われているかのようで、混乱に麻痺した今の心に鈍い痛みを齎した。
しかし現実は、その程度の痛みではどうやら許してくれないらしい。
16
お気に入りに追加
618
あなたにおすすめの小説
嘘つきと呼ばれた精霊使いの私
ゆるぽ
ファンタジー
私の村には精霊の愛し子がいた、私にも精霊使いとしての才能があったのに誰も信じてくれなかった。愛し子についている精霊王さえも。真実を述べたのに信じてもらえず嘘つきと呼ばれた少女が幸せになるまでの物語。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
妻が通う邸の中に
月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。
【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。
西東友一
ファンタジー
えっ、彼との結婚がダメ?
なぜです、お父様?
彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。
「じゃあ、家を出ていきます」
辺境地で冷笑され蔑まれ続けた少女は、実は土地の守護者たる聖女でした。~彼女に冷遇を向けた街人たちは、彼女が追放された後破滅を辿る~
銀灰
ファンタジー
陸の孤島、辺境の地にて、人々から魔女と噂される、薄汚れた少女があった。
少女レイラに対する冷遇の様は酷く、街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。理由無き冷遇である。
ボロ小屋に住み、いつも変らぬ質素な生活を営み続けるレイラだったが、ある日彼女は、住処であるそのボロ小屋までも、開発という名目の理不尽で奪われることになる。
陸の孤島――レイラがどこにも行けぬことを知っていた街人たちは彼女にただ冷笑を向けたが、レイラはその後、誰にも知られずその地を去ることになる。
その結果――?
噂の醜女とは私の事です〜蔑まれた令嬢は、その身に秘められた規格外の魔力で呪われた運命を打ち砕く〜
秘密 (秘翠ミツキ)
ファンタジー
*『ねぇ、姉さん。姉さんの心臓を僕に頂戴』
◆◆◆
*『お姉様って、本当に醜いわ』
幼い頃、妹を庇い代わりに呪いを受けたフィオナだがその妹にすら蔑まれて……。
◆◆◆
侯爵令嬢であるフィオナは、幼い頃妹を庇い魔女の呪いなるものをその身に受けた。美しかった顔は、その半分以上を覆う程のアザが出来て醜い顔に変わった。家族や周囲から醜女と呼ばれ、庇った妹にすら「お姉様って、本当に醜いわね」と嘲笑われ、母からはみっともないからと仮面をつける様に言われる。
こんな顔じゃ結婚は望めないと、フィオナは一人で生きれる様にひたすらに勉学に励む。白塗りで赤く塗られた唇が一際目立つ仮面を被り、白い目を向けられながらも学院に通う日々。
そんな中、ある青年と知り合い恋に落ちて婚約まで結ぶが……フィオナの素顔を見た彼は「ごめん、やっぱり無理だ……」そう言って婚約破棄をし去って行った。
それから社交界ではフィオナの素顔で話題は持ちきりになり、仮面の下を見たいが為だけに次から次へと婚約を申し込む者達が後を経たない。そして仮面の下を見た男達は直ぐに婚約破棄をし去って行く。それが今社交界での流行りであり、暇な貴族達の遊びだった……。
【完結】私の結婚支度金で借金を支払うそうですけど…?
まりぃべる
ファンタジー
私の両親は典型的貴族。見栄っ張り。
うちは伯爵領を賜っているけれど、借金がたまりにたまって…。その日暮らしていけるのが不思議な位。
私、マーガレットは、今年16歳。
この度、結婚の申し込みが舞い込みました。
私の結婚支度金でたまった借金を返すってウキウキしながら言うけれど…。
支度、はしなくてよろしいのでしょうか。
☆世界観は、小説の中での世界観となっています。現実とは違う所もありますので、よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる