32 / 38
第二章 第二幕:侯爵子息トラブル編
第2話 条件が満たされて
しおりを挟む「わざとじゃない」という言葉と、相反した表情。
それら両方を掲げてみせたその子息からは、悪意が如実に感じられた。
彼の声は、存外大きなものだった。
そのせいで、近くの貴族たちは皆「何事か」こちらに視線を向けている。
そんな中、セシリアはというと。
(……これは、また面倒な)
心中で思わず顔をしかめる。
先ほど見た時から、彼が『何者か』は分かっていた。
同時に、彼らの悪巧みにも気付いていた。
そしてキリルとマリーシアの『やらかし』から、「こちらに心当たりがなくてもあちらが仕掛けてくる事は往々にしてある」という教訓を既に得ていた。
それなのに。
(こんな物理的な攻撃の可能性もあると、なぜ思い至れなかったのか)
例え心当たりのない何かで誰かが絡んできたところで、事後対処でどうとでもなると、心の奥底で鷹を括ってはいなかったか。
そう自問すれば、すかさず自分の怠慢の証拠が返ってくる。
それに。
(何も「『面倒』事は1日に一度だけ」なんて決まり、どこにもない)
そう、つい先程謁見の場で『面倒』事に巻き込まれたから「これ以上はない」と心のどこかで思っていた。
これも、セシリアの完全な落ち度である。
それらは全て、セシリアの反省すべき点である。
しかし現状は進行中である。
いつまでもここで後悔ばかりをしているわけにはいかない。
(目下の問題は、このドレスをどうするか)
そんな風に、心中で独り言ちる。
ドレスが汚れているという事実は、実に問題である。
というのも、汚れたドレスでパーティーに参加し続ける事は、主催者への不敬にあたるのだ。
それは「ここではその装いが許される」と言っているも同然。
つまり格式の低さを指摘する振る舞いに他ならない。
しかも悪い事に、今回の主催者は何を隠そう王族だ。
このままではセシリアに不敬罪が適用される可能性だってある。
例えセシリア自身は被害者であっても、だ。
もしその様な事態になりセシリアが「自分は被害者だ」と主張し「彼には悪気があった」と証言したところで、残念ながら一蹴されて終わりの可能性が高い。
それは一重に、彼の身分がセシリアよりも上だからである。
貴族社会は縦社会。
決定的な証拠がない限り、目下の者の証言は目上の者のソレに勝つことはできない。
そういう世界に、今日セシリアは足を踏み入れたのだ。
そんな自覚を改めてして、セシリアはグッと拳を握りしめる。
すると、そんなセシリアにこんな声が向けられた。
「あぁ、そんなにドレスを汚してしまって」
誰が、どの口で。
わざとらしい嘆き口調の彼に、セシリアは思わずそう吐き捨てたくなる。
しかしそんな気持ちは理性で押し込めて、代わりに大きく息を吐く。
もちろん周りにそうと分からない様に、ゆっくりと静かに。
そうして一度溜め込んだ感情をリセットしてから、自分の気持ちに向き合った。
これが例えばわざとでなかったなら、セシリアだってこんな気持ちにはならなかっただろう。
誰にでも失敗はあるし、そうでなくともここは今日デビューを飾った私たちにはまだ慣れない場所である。
緊張したり、いつも以上にはしゃいでしまったりする事もあるだろう。
その結果の失敗ならば、まぁしょうがないと思うことも出来たと思う。
しかし、彼は違う。
彼の思考や表情を読もうとするまでも無い。
彼は自身が抱く悪意を全く隠そうとしてはいないのだから。
悪意をもってソレを行い、「この俺が声を掛けてやっているのだからありがたく思え」と上から目線な感情を抱き、そのくせ空々しい言葉を並べ立てる。
まずはそれが、腹立たしい。
しかし、何よりも。
(このドレスは、使用人たちが選りすぐってくれて着飾ってくれたものだ)
それだけじゃない。
そもそもこのドレスは今日のための特注だ。
作ってくれた職人たちの労力が割かれている。
そして。
(作るための代金は、領の税収の一部だ)
セシリアにとってその全ては、間違っても蔑ろにしていいものではない。
それを踏みにじる様な行為をした彼が、実に腹立たしい。
そんな思考を巡らせながら、セシリアは――ふわり微笑を浮かべた。
それは気持ちと反比例する表情だった。
しかし、だからこそ罠として正常に機能する。
その罠に、彼は全く気付かない。
だから笑顔の彼女に「好感触だ」と勘違いした少年が、意気揚々と引っかかりにやってくる。
「その格好ではこの場にそぐわない。よし、仕方が無いから俺が新しい服を用意してやる。別室で着替えると良い」
さぁこちらだ。
そんな風に続いた彼の言葉を聞きながら、セシリアは思い出す。
朝の、父とのあの会話を。
やり返して、良いんですか?
そう尋ねたセシリアへと返された答えは、「構わない。しかし『正当な理由』と『度の過ぎない行動』を用意する事」というものだった。
そして。
(私の脳内では、既に条件が満たされてる)
ならば躊躇は必要ないだろう。
10
お気に入りに追加
539
あなたにおすすめの小説
魔法使いじゃなくて魔弓使いです
カタナヅキ
ファンタジー
※派手な攻撃魔法で敵を倒すより、矢に魔力を付与して戦う方が燃費が良いです
魔物に両親を殺された少年は森に暮らすエルフに拾われ、彼女に弟子入りして弓の技術を教わった。それから時が経過して少年は付与魔法と呼ばれる古代魔術を覚えると、弓の技術と組み合わせて「魔弓術」という戦術を編み出す。それを知ったエルフは少年に出て行くように伝える。
「お前はもう一人で生きていける。森から出て旅に出ろ」
「ええっ!?」
いきなり森から追い出された少年は当てもない旅に出ることになり、彼は師から教わった弓の技術と自分で覚えた魔法の力を頼りに生きていく。そして彼は外の世界に出て普通の人間の魔法使いの殆どは攻撃魔法で敵を殲滅するのが主流だと知る。
「攻撃魔法は派手で格好いいとは思うけど……無駄に魔力を使いすぎてる気がするな」
攻撃魔法は凄まじい威力を誇る反面に術者に大きな負担を与えるため、それを知ったレノは攻撃魔法よりも矢に魔力を付与して攻撃を行う方が燃費も良くて効率的に倒せる気がした――
【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。
【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!
隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。
※三章からバトル多めです。
転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて
ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記
大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。
生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、
まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。
しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。
無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。
これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?
依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、
いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。
誰かこの悪循環、何とかして!
まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
【完結】伯爵令嬢が効率主義の権化だったら。 〜面倒な侯爵子息に絡まれたので、どうにかしようと思います〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「反省の色が全く無いどころか睨みつけてくるなどと……。そういう態度ならば仕方がありません、それなりの対処をしましょう」
やっと持たれた和解の場で、セシリアはそう独り言ちた。
***
社交界デビューの当日、伯爵令嬢・セシリアは立て続けのトラブルに遭遇した。
その内の一つである、とある侯爵家子息からのちょっかい。
それを引き金にして、噂が噂を呼び社交界には今一つの嵐が吹き荒れようとしている。
王族から今にも処分対象にされかねない侯爵家。
悪評が立った侯爵子息。
そしてそれらを全て裏で動かしていたのは――今年10歳になったばかりの伯爵令嬢・セシリアだった。
これはそんな令嬢の、面倒を嫌うが故に巡らせた策謀の数々と、それにまんまと踊らされる周囲の貴族たちの物語。
◇ ◆ ◇
最低限の『貴族の義務』は果たしたい。
でもそれ以外は「自分がやりたい事をする」生活を送りたい。
これはそんな願望を抱く令嬢が、何故か自分の周りで次々に巻き起こる『面倒』を次々へと蹴散らせていく物語・『効率主義な令嬢』シリーズの第3部作品です。
※本作からお読みの方は、先に第2部からお読みください。
(第1部は主人公の過去話のため、必読ではありません)
第1部・第2部へのリンクは画面下部に貼ってあります。
【完結】伯爵令嬢が効率主義の権化だったら。 ~社交の輪を広げてたらやっぱりあの子息が乱入してきましたが、それでも私はマイペースを貫きます~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「『和解』が成ったからといってこのあと何も起こらない、という保証も無いですけれどね」
まぁ、相手もそこまで馬鹿じゃない事を祈りたいところだけど。
***
社交界デビューで、とある侯爵子息が伯爵令嬢・セシリアのドレスを汚す粗相を侵した。
そんな事実を中心にして、現在社交界はセシリアと伯爵家の手の平の上で今も尚踊り続けている。
両者の和解は、とりあえず正式に成立した。
しかしどうやらそれは新たな一悶着の始まりに過ぎない気配がしていた。
もう面倒なので、ここで引き下がるなら放っておく。
しかし再びちょっかいを出してきた時には、容赦しない。
たとえ相手が、自分より上位貴族家の子息であっても。
だって正当性は、明らかにこちらにあるのだから。
これはそんな令嬢が、あくまでも「自分にとってのマイペース」を貫きながら社交に友情にと勤しむ物語。
◇ ◆ ◇
最低限の『貴族の義務』は果たしたい。
でもそれ以外は「自分がやりたい事をする」生活を送りたい。
これはそんな願望を抱く令嬢が、何故か自分の周りで次々に巻き起こる『面倒』を次々へと蹴散らせていく物語・『効率主義な令嬢』シリーズの第4部作品です。
※本作品までのあらすじを第1話に掲載していますので、本編からでもお読みいただけます。
もし「きちんと本作を最初から読みたい」と思ってくださった方が居れば、第2部から読み進める事をオススメします。
(第1部は主人公の過去話のため、必読ではありません)
以下のリンクを、それぞれ画面下部(この画面では目次の下、各話画面では「お気に入りへの登録」ボタンの下部)に貼ってあります。
●物語第1部・第2部へのリンク
●本シリーズをより楽しんで頂ける『各話執筆裏話』へのリンク
ガチャからは99.7%パンが出るけど、世界で一番の素質を持ってるので今日もがんばります
ベルピー
ファンタジー
幼い頃にラッキーは迷子になっている少女を助けた。助けた少女は神様だった。今まで誰にも恩恵を授けなかった少女はラッキーに自分の恩恵を授けるのだが。。。
今まで誰も発現したことの無い素質に、初めは周りから期待されるラッキーだったが、ラッキーの授かった素質は周りに理解される事はなかった。そして、ラッキーの事を受け入れる事ができず冷遇。親はそんなラッキーを追放してしまう。
追放されたラッキーはそんな世の中を見返す為に旅を続けるのだが。。。
ラッキーのざまぁ冒険譚と、それを見守る神様の笑いと苦悩の物語。
恩恵はガチャスキルだが99.7%はパンが出ます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる