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第一章:セシリア、10歳。ついに社交界デビューの日を迎える。
第1話 その日の朝は
しおりを挟む遡る事、昨日の午前中。
セシリアは両親に「話がある」と言われていた。
前日に父・ワルターから予め「話しておかなければならない事がある。明日、準備をし始める前に時間を作ってくれ」と言われていた。
その声に「では11時に」と応じたのだ。
夕方には社交界デビューの為の王城パーティーが控えている。
パーティーに参加するのは、家族全員。
だから今日は朝からレディースメイドや執事達も含めた全員が、様々な準備でバタバタしている。
そんな日をわざわざ指定した呼び出しに、セシリアが疑問を抱かない筈は無い。
(お父様とお母様、こんな日に一体なんのお話なんだろう。昨日やんわりと聞いてみたけれど「明日話す」の1点張りだったし……)
頑なに答えてくれないので、不安を煽られる。
しかし心配になって困り顔で兄姉に相談してみた所、2人は何故か微笑ましそうな表情でこう言った。
「あぁ、それならあんまり心配しなくて大丈夫だと思うよ?」
「そうですよ。だからそんな顔しないで、今日は安心してお休みなさい?」
その優しい声と柔らかな笑顔に、騒めいていた心が少し凪ぐ。
(2人の口調を聞く限り、何やら彼らには心当たりがあるみたい。もしかしたら2人の時にも当日に何かこういう場が持たれたのかも)
そう思えば、安心してその日は眠りにつく事が出来た。
約束は、午前11時。
その為朝食後から約束の時間までの、数時間は、今日一日の中でセシリアが唯一真にくつろげる時間だ。
両親との用事が終われば、すぐに身辺の準備が始まる。
初めての社交場だ、周りの使用人達の方が彼女を磨く事にやる気を燃やしている様子なので、おそらくその後からは目まぐるしい時間がやってくるだろう。
だからこそ、今の内にくつろぎ貯めしておかなければならない。
「今日は何時頃から支度を始めるんだったっけ?」
手元の本に視線を落としながら、そう尋ねた。
するとすぐさま答えが返ってくる。
「昼食後、13時30分頃からだ。昼食はいつもより軽めに出る予定ではあるけど……セシリア、お前もちゃんと腹6分目くらいまでに収めておけよ?」
それは、執事服を身に纏った少年の声だった。
主人に対しての言葉にしてはあまりに無礼な口調で話す彼の名は、ゼルゼン。
彼は4歳の時にセシリアの『初めてのお友達』として選ばれ、同年に行われた邸内でのとあるツアーをキッカケに、セシリア付きの執事を目指し始めている。
因みにこの使用人にあるまじき彼の口調は、当時のツアー参加者に対してセシリアがこう言った事が始まりだ。
「せっかく仲良くなったのに、なんか皆に敬語で話されると大きく距離が出来たみたいでちょっと寂しい……」
悲し気な表情とうるんだ瞳でそう言われ、ツアー参加者たちは皆一様に困ってしまった。
結局当時からセシリアの筆頭メイドだったポーラに相談し、ポーラ経由で彼女の両親に話が行き、『参加者以外の人間が周りに居ない時だけ』という条件付きでセシリアの願いが叶えられる事となった。
その為2人きりの今、ゼルゼンはツアー参加当初の話し方や態度でセシリアに接する事を許されている。
ゼルゼンの声が背中越しに聞こえてきたのとほぼ同時に、セシリアの鼻孔を紅茶の良い香りがふわりと掠めた。
コトリと小さな音がしたので机をチラッと見遣ると、テーブルへと置かれたソーサーから丁度その手が引かれて行く所だ。
紅茶は、セシリアの手元から少し離れた、且つ手を伸ばせば取れる丁度良い距離に置かれていた。
そんな絶妙な位置に置く辺り、彼は本当にセシリアの事をよく分かっている。
これは配慮だ。
セシリアがつい本でカップを引っ掛けてしまい紅茶を零す事などない様に、という。
その配慮を自然に受け取りながら、セシリアは答える。
「分かってるよ。……本当は寧ろ満腹まで食べたいところだけど」
せっかく頷いたというのに、ついつい本音が口から零れた。
そんな主人に、ゼルゼンは呆れた様な声になる。
「お前は美味しい物を飲み食いするの割と好きだからなぁ。その気持ち、分からなくは無いけど……食べ過ぎるとコルセットを締める時、悲鳴を上げる羽目になるぞ?」
そう指摘されて、セシリアは思わずギクリと肩を震わせた。
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