【完結】狐と残火

藤林 緑

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火狐、誕生。

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 復讐は終わった。私の中身は空っぽになってしまった。
「君の成すことを」
 確か、そうだ。今まで殺した人達に報いる生き方をすべきだと思ったんだ。
「仁之助を、頼む」
 彼は今、私を庇おうとしている。
 それを、私は許さない。貴方は、忍のままであるべき。

 自身の忍装束が引き摺られ、上体が浮く。刃の切先が突き付けられた。
 
 そうだ。殺したなら、殺されなければならない。私は、許されない事をしたから。それが道理だ。この刃で貫かれなければならない。
 でも。
 
 刀の先が少女の手によって握られると、飴細工のように蕩けた。
「な、熱っ!?」
「私を殺すのは、貴方じゃ駄目なんだ」
 焔は鍛冶手袋で、空を払った。炎が瞬く間に燃え広がり、周囲を包む。赤毛が揺らいだ。
 焔の瞳が、少年を見つめていた。
「焔……」
「仁之助」
 互いに小さな声だった。しかし、不思議と耳に届いた。
 焔の生き方は、この瞬間に決まった。彼女が決めたのだ。
「必ず」
 それは、仁之助の生き方を決めるものである。
「必ずや、私を殺しに来てください」
 今まで殺した者達の思いを背負い戦い続け、妖怪や星怪を蹂躙し尽くした最後の最後、友の手によって殺される。それが、彼女のすべき事であり、成し遂げるべき事であった。
 その生き方は、育ての親達、尊敬する忍の長、憎悪する怨敵、全てを内包した答え。
 そして、頭領の最後の願いである、仁之助への思い。彼の生きる目的を作る言葉は、奇しくも自身の怨敵のそれであった。
「何を、言って」
「私はもう、此処に居ることは許されないから。貴方達の大切な人を奪ったから」
「待て!!」
 炎の壁が焔を包む。忍衆の誰もが、彼女の跡を追うことは叶わなかった。

 ようやく里の火が消え、残された者達の血と涙が乾き始めた頃。
「燃えている」
「鳴き谷の方面からか」
「真赤に……」
 鳴き谷の方角、その空が赤く色付いていた。彼等は鳴き谷を抱く山が、燃え盛るのを見た。 
 
「あ、ああ。来てくれたのか」
 忍の里から少し離れた洞窟の中、成り損ないが身体を引き摺った。彼の眼球が忙しなく動き回った後、一点を見つめた。映り込んだのは、真赤な炎。
「……それで、燃やしてくれるのか」
 眼の前の影は頷く。分厚い手袋から漏れ出た炎が成り損ないを包む。
「ああ、やっと、死ねる……。ありがとうよ、あんた」
 彼は温もりを感じるかのように首を伸ばした。その表情が、一瞬曇った。
「なんだ、あんた、泣いてんのか?」
 言葉は、燃える炎の音に掻き消された。最後に成り損ないが見たのは、面を被る少女の姿であった。
 狐の面を被った少女は洞窟を後にする。足元では小さな炎が上がっては消えていく。

 その後、芹国、薺国、菘国など多くの国を巻き込んだ動乱が始まった。人々が戦い、諍い合う中で武具だけでなく、妖怪の薬もまた戦の道具として使われた。妖怪、魑魅魍魎、悪鬼悪霊、星から来たる怪物。それらが犇めく世の中で、また一つ、化物の噂が生まれた。
 火狐、人はそれをそう呼んだ。

「ふう、食った食った」
 宿の廊下を恰幅の良い男が歩いている。彼は食後の太った腹を揺らし、床を軋ませていた。あとは寝るだけ。明日から自身の商才を活かして新しい品を売りに行く。
「妖薬。手に入れて、混ぜ物を多くして売れば倍儲かる。くくく、誰が考え付くものか」
 彼は小さく笑うと自室の戸を開けた。薄暗い部屋へ入り、仲居が敷いた布団を捲ろうとした瞬間、意識は既に無かった。一瞬にして首は捻じ取れ、刈り取られる。真っ白な布団に血の赤が咲いた。
「……」
 狐の面を被った人影が部屋に一人立っていた。小太刀を拭い納めると商人の身体や荷物、部屋を探り始めた。
「あった」
 探し当てた青い丸薬を手の中で転がすと、商人の亡骸の側に置いた。彼女は手袋を嵌めた手でそれに触れる。熱が走り、形を成す。妖しく揺れる炎が瞬く間に部屋を照らす。

 翌朝、仲居が部屋を見に行くと血液の染み込んだ布団と山盛りの灰があるだけであったという。そして灰に少し残った灯火は生きているように明滅していたと語られた。
 国の各地を火狐の消えぬ炎が点々と渡り歩いていたという。
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