【完結】狐と残火

藤林 緑

文字の大きさ
上 下
22 / 42

夜が来た

しおりを挟む
 そして数日後、薺国の妖怪討伐の日を迎える。薺国裏手の山中、開けた場所に野営地が設置された。凄まじく質素、粗末。言葉の通りの野営地。最低限の物資と武具。その中に。
「……何故お前がいる」
「ははは、伝達役が必要と言ったろう?ああ、そこの奴は許せ。一人は危ない、からな」
 頭領の前には木箱にどっかり腰を下ろした隆豪。側には側近が二人。隆豪は余裕そうに腕を組んでいる。
「……まぁ良い。妖怪の始末が終わり次第、帰ってくる」
「期待しておるぞ!!」
 焔は会話に聞き耳を立てつつ、医療班の指示通り物資の確認をしていた。無理を言った手前、真面目に働く。その時だった。持ち上げた木箱が思ったより重く、焔はよろけてしまった。
「うわっ」
「おっと、気を付けろよ」
「あ、仁之助」
 倒れかかった身体が支えられる。側に立っていたのは仁之助であった。
「どうしてここに……って、そっか、薺国へ行くのか」
「おう、待っててくれ。鬼の手掛かり見つけてやる」
 仁之助も薺国へ潜入する任務を任されたようである。彼は自身の胸を叩いて固く誓う。
「ありがとう、でも、無茶しないでね」
「ああ!!そろそろ最後の招集だから、じゃ!!」
 仁之助は大きく手を振り、背を向けて駆けた。焔はその背中に期待と、どことない不安を抱いていた。
「……頑張って」
 数十分後、頭領を始めとする戦闘班は薺国へ潜入を開始。夜が来た頃である。

 風が吹く度に木々が揺れる。医療班の一部は既に仮眠に入っている。他の起きている者達も眠気を感じているらしく、風音に合わせて肩や首周りを動かしていた。その中で焔は真っ直ぐに薺国の方角を見つめていた。どこか一本の糸が張ったような緊張感を持ったまま、彼女は暗闇を見つめていた。
「……ん?」
 風による音にしては大きな音であった。林が揺れ、ざざざと擦れる音がする。焔の目の前に飛び出して来たのは一人の忍であった。戦闘班の一人である。
「ほ、報告!!さ、作戦が筒抜けであった!!」
 気が動転している彼は焔を見つけて叫んだ。脚がもつれて転がり、彼は息を整える。
「何があったか」
 騒ぎを聞きつけて隆豪が歩み寄って来る。彼は忍の前に仁王立ちになる。
「た、隆豪様!!大変です!!作戦が筒抜けでありました!!」
「それはわかった。状況を伝えろ」
「我々の部隊が城の塀を駆け上がり、とある部屋へ踏み込んだ瞬間、多くの兵が押し寄せたのです!!」
「……貴様は伝達役という事か?」
 隆豪は聞いた。寸刻、間が空いてから忍は答える。
「ええ、そうです!!残りの者達は未だ薺城に……」
 隆豪の手元が銀に光った。一瞬の出来事であった。その光景を見ていた皆が口を開けた。金属音が響く。隆豪の手に握られた刀は、忍の道具入れを一閃していた。
「ひ、ひぃ……」
 忍の膝に括り付けられた袋の切断面から手裏剣や苦無等の忍具が落ちる。隆豪はそれを手に取った。
「……ここまで武器を使わず、何故無事で逃げられた?」
「そ、それは……」
「大体、頭領の孫がいたろう?仁之助と言ったな、奴はどうした」
「し、城に」
「残っているとな。若い者を残して、お前だけ逃げ帰ったと。なんなら、仁之助を伝達役にしても良かったろうに」
 やがて、忍の息遣いは激しく、身体も震え始める。その姿を見た隆豪は大層つまらないといったように溜息を吐いた。
「……情けない。もう良いわ」
 隆豪が刀を振り上げる。誰もが、関わりが無いと目を逸らした。見ないふりをした。ああはなるまい、と心に誓った。
「待ってください」
「ん?焔か?どうしたのだ?」
 しかし、一人、それを止める者がいた。焔は忍と隆豪の間に割って入った。焔は一息に告げる。
「私が代わりに薺城に向かいます」
「……ほう」
 隆豪は一度刀を下ろした。彼は髭をいじり、焔へ問い掛けた。
「腕に自信は?」
「あります」
「帰ってくるか?」
「必ず」
 隆豪は満足そうに大笑いした。
「良し!!行けい!!帰れば、褒美を取らそうぞ!!」
「はい!!」
 焔はそそくさと身支度を整え、薺城へ向かって行った。医療班の皆は、唖然としながらも苦無や鉤縄等の物資を提供した。
「どうだ、お前の代わりに、小さな娘が死地に向かったぞ」
「あ……、ああ……」
 忍は最早、何も言えぬとばかりに震えていた。隆豪は彼に近付き、屈み込む。
「少しなら待ってやる。さっさと失せろ。さもなくば斬るぞ」
 隆豪の最後通告。忍は這いずって森の中へ消える。
「それにしても、焔。やはり彼女は」
 隆豪は呟いた。その顔は笑っていた。
「あれは逸材だ。あの意志の強さ、やはり、間違いは無かった……。くくく、くかか」
 彼は強く握り締め、肩を震わせた。
「褒美を用意しておかねばなぁ……。とっておきのをな……」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi
ファンタジー
記憶をなくした少女が出会ったのは、両親を妖に殺され復讐を誓った陰陽師の少年だった。 なぜ記憶がないのか、自分はいったい何者なのか。 自分を知るために、陰陽師たちと行動を共にするうち、人と妖のココロに触れていく。 ・・・人と妖のはざまで、少女の物語は途方もない長い時間、紡がれてきたことを知る。 ◆◆◆ 第零章は人物紹介、イラスト、設定等、本編開始前のプロローグです。 ちょこちょこ編集予定の倉庫のようなものだと思っていただければ。 ざっくり概要ですが、若干のネタバレあり、自前イラストを載せていますので、苦手な方はご注意ください。 本編自体は第一章から開始です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

表裏一体物語-少女と妖刀を繋ぐ-

智天斗
ファンタジー
《怪者払い》それは妖怪を払う仕事。妙にリアルに感じる夢の中で日本に住む少女、千子妖花はその言葉を耳にする。ある日、夜遅くに目覚めた妖花は窓の外に黒い存在を目にする。その日を皮切りに、妖花は多くの妖怪と出会い始める。怪者払いという裏の職業に憧れる妖花と次々現れる妖怪達との戦いの物語。 表と裏。二つの世界が交わるとき彼女の運命は変わっていく。 これは人生の物語。ある少女の人生の物語。 そして妖花の戦いの物語。 刀と妖怪が紡ぐファンタジー戦記。 よろしくお願いします!見てくれたら嬉しいです! 少し話を増加した関係で話数が変わってますが話は繋がっているのでそのまま見てください。 後々訂正していきます

シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜

長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。 朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。 禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。 ――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。 不思議な言葉を残して立ち去った男。 その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。 ※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。

生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します

桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。 天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。 昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。 私で最後、そうなるだろう。 親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。 人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。 親に捨てられ、親戚に捨てられて。 もう、誰も私を求めてはいない。 そう思っていたのに――…… 『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』 『え、九尾の狐の、願い?』 『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』 もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。 ※カクヨム・なろうでも公開中! ※表紙、挿絵:あニキさん

墓守の荷物持ち 遺体を回収したら世界が変わりました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアレア・バリスタ ポーターとしてパーティーメンバーと一緒にダンジョンに潜っていた いつも通りの階層まで潜るといつもとは違う魔物とあってしまう その魔物は僕らでは勝てない魔物、逃げるために必死に走った だけど仲間に裏切られてしまった 生き残るのに必死なのはわかるけど、僕をおとりにするなんてひどい そんな僕は何とか生き残ってあることに気づくこととなりました

処理中です...