【完結】狐と残火

藤林 緑

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夜が来た

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 そして数日後、薺国の妖怪討伐の日を迎える。薺国裏手の山中、開けた場所に野営地が設置された。凄まじく質素、粗末。言葉の通りの野営地。最低限の物資と武具。その中に。
「……何故お前がいる」
「ははは、伝達役が必要と言ったろう?ああ、そこの奴は許せ。一人は危ない、からな」
 頭領の前には木箱にどっかり腰を下ろした隆豪。側には側近が二人。隆豪は余裕そうに腕を組んでいる。
「……まぁ良い。妖怪の始末が終わり次第、帰ってくる」
「期待しておるぞ!!」
 焔は会話に聞き耳を立てつつ、医療班の指示通り物資の確認をしていた。無理を言った手前、真面目に働く。その時だった。持ち上げた木箱が思ったより重く、焔はよろけてしまった。
「うわっ」
「おっと、気を付けろよ」
「あ、仁之助」
 倒れかかった身体が支えられる。側に立っていたのは仁之助であった。
「どうしてここに……って、そっか、薺国へ行くのか」
「おう、待っててくれ。鬼の手掛かり見つけてやる」
 仁之助も薺国へ潜入する任務を任されたようである。彼は自身の胸を叩いて固く誓う。
「ありがとう、でも、無茶しないでね」
「ああ!!そろそろ最後の招集だから、じゃ!!」
 仁之助は大きく手を振り、背を向けて駆けた。焔はその背中に期待と、どことない不安を抱いていた。
「……頑張って」
 数十分後、頭領を始めとする戦闘班は薺国へ潜入を開始。夜が来た頃である。

 風が吹く度に木々が揺れる。医療班の一部は既に仮眠に入っている。他の起きている者達も眠気を感じているらしく、風音に合わせて肩や首周りを動かしていた。その中で焔は真っ直ぐに薺国の方角を見つめていた。どこか一本の糸が張ったような緊張感を持ったまま、彼女は暗闇を見つめていた。
「……ん?」
 風による音にしては大きな音であった。林が揺れ、ざざざと擦れる音がする。焔の目の前に飛び出して来たのは一人の忍であった。戦闘班の一人である。
「ほ、報告!!さ、作戦が筒抜けであった!!」
 気が動転している彼は焔を見つけて叫んだ。脚がもつれて転がり、彼は息を整える。
「何があったか」
 騒ぎを聞きつけて隆豪が歩み寄って来る。彼は忍の前に仁王立ちになる。
「た、隆豪様!!大変です!!作戦が筒抜けでありました!!」
「それはわかった。状況を伝えろ」
「我々の部隊が城の塀を駆け上がり、とある部屋へ踏み込んだ瞬間、多くの兵が押し寄せたのです!!」
「……貴様は伝達役という事か?」
 隆豪は聞いた。寸刻、間が空いてから忍は答える。
「ええ、そうです!!残りの者達は未だ薺城に……」
 隆豪の手元が銀に光った。一瞬の出来事であった。その光景を見ていた皆が口を開けた。金属音が響く。隆豪の手に握られた刀は、忍の道具入れを一閃していた。
「ひ、ひぃ……」
 忍の膝に括り付けられた袋の切断面から手裏剣や苦無等の忍具が落ちる。隆豪はそれを手に取った。
「……ここまで武器を使わず、何故無事で逃げられた?」
「そ、それは……」
「大体、頭領の孫がいたろう?仁之助と言ったな、奴はどうした」
「し、城に」
「残っているとな。若い者を残して、お前だけ逃げ帰ったと。なんなら、仁之助を伝達役にしても良かったろうに」
 やがて、忍の息遣いは激しく、身体も震え始める。その姿を見た隆豪は大層つまらないといったように溜息を吐いた。
「……情けない。もう良いわ」
 隆豪が刀を振り上げる。誰もが、関わりが無いと目を逸らした。見ないふりをした。ああはなるまい、と心に誓った。
「待ってください」
「ん?焔か?どうしたのだ?」
 しかし、一人、それを止める者がいた。焔は忍と隆豪の間に割って入った。焔は一息に告げる。
「私が代わりに薺城に向かいます」
「……ほう」
 隆豪は一度刀を下ろした。彼は髭をいじり、焔へ問い掛けた。
「腕に自信は?」
「あります」
「帰ってくるか?」
「必ず」
 隆豪は満足そうに大笑いした。
「良し!!行けい!!帰れば、褒美を取らそうぞ!!」
「はい!!」
 焔はそそくさと身支度を整え、薺城へ向かって行った。医療班の皆は、唖然としながらも苦無や鉤縄等の物資を提供した。
「どうだ、お前の代わりに、小さな娘が死地に向かったぞ」
「あ……、ああ……」
 忍は最早、何も言えぬとばかりに震えていた。隆豪は彼に近付き、屈み込む。
「少しなら待ってやる。さっさと失せろ。さもなくば斬るぞ」
 隆豪の最後通告。忍は這いずって森の中へ消える。
「それにしても、焔。やはり彼女は」
 隆豪は呟いた。その顔は笑っていた。
「あれは逸材だ。あの意志の強さ、やはり、間違いは無かった……。くくく、くかか」
 彼は強く握り締め、肩を震わせた。
「褒美を用意しておかねばなぁ……。とっておきのをな……」
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