【完結】狐と残火

藤林 緑

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星の怪

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「……この先か」
「はい」
「多分、滝壺に引っ掛かっていると思う」
 しばらくして、頭領を含む戦闘班が二人と合流した。
「ここで待っていろ」
「んだよ爺ちゃん。妖怪の最後くらい、見せてくれよ」
 ずい、と一歩踏み出した仁之助の肩が不意に引かれる。
「うげっ!!痛ぇ!!」
「馬鹿言わない。大した力入れてないのに、この痛がりよう。治療しがいがあります」
「鈴さん……」
 戦闘班に交ざって医療班の鈴も駆け付けていた。焔は安心からか涙ぐむ。鈴は焔の頭を撫でると、頭領に向かって頷いた。頭領は滝壺へ向かい、焔と仁之助の両名は鈴の処置を受けた。
「全く、仁之助殿。無茶は困ります」
「んな事言ったってよ……」
「また、頭領に何か言われたのですか?」
「それは……」
 仁之助は黙った。鈴は溜息を吐く。
「頭領、褒めてましたよ?」
「爺ちゃんが?」
「ええ、妖怪を倒せるくらいに立派になったと」
 仁之助は再び黙りこくり、下を向く。
「ま、それでも私には敵いませんけど」
「嘘付け!!」
 鈴は腕を曲げて無い力瘤を作る。
「鈴さんは強いんですか?医療班ですよね……」
「腕には自信がありますよ?どうです?今度手合わせでも」
「はは、遠慮しておきます……」
 鈴の笑顔の先あるものが不気味に思え、焔は話題を変えた。
「そ、そういえば、あの妖怪大きかったね」
「だよな、今までと違った感じしたな」
「妖怪も、勿論倒した事ありますよ?」
 白々しく会話を続ける二人に鈴は変わらず己の強さを誇示したい様子。焔は言葉を選んだ。
「なんか、青い血をしていたよね」
「……青い血?」
 鈴の声色が変わり、焔と仁之助は青褪めた。鈴は二人から視線を外し、森へと顔を向ける。
「鈴、来てくれるか」
「仔細承知の上で。星怪ですね」
 鈴の視線の先から林を掻き分け頭領が姿を現した。一言、焔と仁之助に労いの言葉をかけると、頭領の背中を鈴は追い掛ける。残された二人は頭領へ視線を向けていた。
「……そうだな。二人共、来い」
 焔と仁之助は顔を見合わせ、立ち上がった。
「よろしいのですか?」
 鈴は頭領に耳打ちをした。頭領は辺りを憚る事なく答える。
「妖怪だけでなく、星怪とも出会った。最早隠すまでもないだろう」
 四人が向かう道中は、林を掻き分ける音のみが響いた。

 流れの緩やかな川の畔、川水の音が夜の空気に溶ける。滝壺から少し離れた場所にて白い巨体が横たわっていた。生命活動を停止したか白龍の瘤は萎み、皮膚は水を吸って膨らんでいる。目は見開いているが、口に咥えた宝石はひび割れ破片が溢れている。
「戦闘班、何人かお借りします」
「構わん。連れて行け」
 鈴が頭領に了承を得ると、彼女は指を鳴らした。直ぐに戦闘班が駆け付けた。彼等は鈴の指示を受けて宝石を集め始める。
「せいかい、とは何ですか?」
 焔が戦闘班の様子を眺めつつ聞いた。頭領は天を仰いだ。
「星の怪、と書いて星怪。あの星々から来た存在とされている」
「……まさか」
「そのまさかだ」
 頭領は淡々と告げる。焔と仁之助は理解が追い付かない様子で頭領と星怪が視線を行き来させた。
「夜空から来たる星怪の存在は人の生き方を歪める」
「何故ですか」
「人の姿を変えるのだ。星怪の肉や、それに準ずる物を取り込んだ者のな。勿論、肉体だけでなく、精神すら変わる」
 頭領は星を睨み付ける。そこに、まるで怨敵が居るかのように。
「ちょ、ちょっと待って。て事は、つまり」
 仁之助が困惑したように頭を振る。言葉を整理した彼は、祖父に指先を向けた。
「妖怪って……そもそもは」
「人間だ」
「っ!!」
 頭領の言葉に焔は絶句する。それと同時、脳裏に鬼の顔が浮かび上がる。人語を解する鬼。その正体は人間であったのだ。
「事の発端は、どこぞの僧らしいが。奇妙な青い塊を見つけた。崇めて祀って、薬を作った。その薬を飲んだ者は、鬼になったそうだ」
「……鬼!!」
 焔は歯を食いしばった。思わず冷静さを欠き、余計な事を口走る前に噛み締める。
「そのような噂が広がったからには、皆それを求めた。だが、薬は毒とも変わる。阿呆が支度をしくじった。馬鹿が多量に飲み込んだ。焼けた薬を飲み込む間抜けも居た」
「それが、妖怪になった人」
「そうだ。妖怪になっては人として死ねぬ。だから、我々が殺して弔ってやらねばならん」
 頭領は仁之助に言い聞かせるように話す。ふと、頭領の後ろから見知った顔が声を掛けた。
「では、私は戻りますから。二人共、怪我が悪くなったら直ぐに言ってね」
「御苦労」
 鈴は何人かの戦闘班を荷物持ちとして連れ帰った。
「鈴さんは何故あれを集めているのですか?」
 焔の疑問に頭領は目を細めた。
「妖怪になる術があるなら、戻る術もある。儂は信じている。鈴には妖怪になった人間を元に戻す薬の研究をして貰っている」
「……爺ちゃん」
 仁之助は祖父の目を見つめた。頭領は二人の肩に手を置いた。
「お前達も、御苦労であった。しばらく休め」
 焔と仁之助は戦闘班の護送の元に里へ帰った。


「ん……」
 焔は目覚めた。疲労から目覚めるのは朝だと思っていたが、障子の向こうは暗かった。妙に寝苦しく、夜風を浴びに外へ出た。
「……彼処から来たって本当なのかな」
 頭上には満点の星空が広がっている。美しい星々を眺めていると、地面を擦る音が聞こえた。
「寝れないのか」
「うん」
「だよな、星から来たとか意味わからんもんな」
 音の正体は仁之助であった。彼も散歩に出ていたらしい。腕の包帯には草葉が刺さっている。何処を歩いてきたのやら。
「でも、良かったじゃん」
「何が?」
「ほら、妖怪になる薬の話。って事は、焔の探してる奴って人間なんじゃねぇの?」
「……確かに」
 仁之助の指摘は焔の胸に、すっと落ちるような感覚があった。妖怪になる薬の出先を追う事が出来れば、鉄蔵を殺した鬼に近付けるかもしれない。闇雲に妖怪を追い、殺し続けた先に初めて見えた光明であった。
「案外、すぐかもね」
「おう、俺も手伝うからよ」
「ありがとう」
 素直な焔の言葉に、照れくさそうに笑う仁之助。夜風が吹いた。
「ん?」
「どした?」
「何か、聞こえた。声みたいな」
 焔は風の中に、呻き声のような何かを聞き取った。不思議そうに首を傾げると、仁之助が手を打った。
「ああ、多分それは鳴き谷だな」
「鳴き谷?」
 焔はますます不思議そうに表情を変えた。
「風向きによって聞こえるらしい。谷の形が上手い事どうにかなって風で音がなるんだって。爺ちゃんが言ってた。人の声に聞こえるって」
 そう説明した仁之助の手振りに合わせ、また風が吹く。
「また、聞こえた」
「ん?でも」
 焔は再び声のような風の音がした。それは、鳴き谷という谷の音らしい。しかし、仁之助は唇を尖らせた。
「妙に、いつも聞くより大きいような」
 鳴き谷の風音は、彼の記憶より騒がしかった。
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