【完結】狐と残火

藤林 緑

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白龍の山

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 鬱蒼と茂る山林。葉には露、地表は濡れ、湿度は高い。汗が滲む。
「んだよ……、これが戦闘班の仕事かよ」
「文句言わない、妖怪の仕業かもしれないし」
「絶対ただの地滑りだっての……」
 焔と仁之助は山中を登っていた。数日前、地鳴りが響いた。発生源と思われる山は焔達が妖怪を倒した場所の近くらしい。それにより念の為、戦闘班から周辺調査を頼まれたのであった。
「暑い!!水浴びしてぇ!!」
「……近くにあるんじゃない?」
 焔の言葉を聞き、仁之助は耳を澄ませた。彼は目を閉じて集中する。
「っ!!聞こえた!!」
「本当?」
「ああ、行くぞっ!!」
 仁之助が脇道に逸れる。焔は呆れたように目を細めて彼を追いかける。暗く陰る森の先に、光が見えた。川だ。日光で反射して輝いている。焔は勢い良く森から飛び出した。
「……入りなよ」
「無理だ」
 目の前では茶色く濁った濁流が流れている。偶に丸太や小さな石が流れていく。先日の大雨の影響か、増水した川に土砂が混じり押し流れる。
「ま、川べりには変わりないか」
「休憩する?」
「ん、どうする」
「そうしようか。少しなら」
 二人は川の際、手頃な地面を探して座った。汚れていると言えども、川の側は涼しかった。
「そういえばさ」
「うん?」
「仁之助はなんで里一番の忍を目指してるの?」
 話を切り出したのは焔であった。彼女は純粋な疑問を仁之助に投げ掛ける。仁之助はいつもと変わらぬ調子で答えた。
「父さんみたいになりたいから」
「お父さんってどんな人?」
「すっげぇ強かった。皆からも慕われていた」
「強かった?」
 焔は口にして「しまった」と思った。しかし、仁之助の口調は変わらなかった。
「爺ちゃんから聞かされたんだけど、妖怪から皆を守る為に戦って、死んだんだってさ」
「……ごめん」
「別に、気にすることでもないし……」
 妙な間の後、仁之助は顔を顰めたと思えば焔に指差した。
「じゃあさ、ちょっと気になったんだけど」
「どうぞ」
「焔の父ちゃんってどんな人?」
「……気にすることでもないよ」
「わからん、って事?」
 焔は笑顔で頷いた。彼女は手の中で小石を弄びながら話し始めた。
「薺国では赤毛が不吉なのは知ってるよね」
「なんか、城主様が言ってたよな。焔もそこの生まれだろ?」
「うん、だから捨てられたんだって。けど、継ばあちゃんっていうお婆さんに助けてもらえたんだ」
「……そうか」
 声が小さく、低くなった仁之助へ焔が小石を放った。とすん、と仁之助の忍装束へ当たって落ちる。
「だからさ、気にすることでもないって言ったじゃん。私はお父さんとお母さんの事も知らない。知らない婆さんと熊みたいなおじさんに助けられて、そして今ここにいる。それでいいの」
 ふと、川岸に風が吹いた。
「そろそろ行こうか」
「ん、そうしよう」
 焔の提案に仁之助は腰を上げた。夕暮れ時も近くなっている。再び、地鳴りのあった方へ山を登り始めた。


 しばらく森を抜けて、山を歩くと開けた場所へ出る。一面に広がるは土砂。土と泥は流れる落ちて坂を作る。その大きな塊には木々や草が混じっている。
「……地滑りだったんだ」
「ま、そんな事だろうと思ったよ」
 焔は泥を手に取ると、カサついた緑の葉が出てくる。まるで、枯れているようなそれは指で簡単に綻んだ。地鳴りは恐らく、先日の雨による地滑りだったのだろう。二人はそう思い、下山しようとした。
「お、ん?」
 里へ報告しに戻ろうとした時、仁之助が何かを見つけた。木の枝のように見える、細長い棒のような者が土塊から突き出ていたのだ。仁之助は近付くと、それを勢い良く引き摺り出した。
「うわっ……」
「……可哀想に」
 それは鹿の死体であった。土砂崩れに巻き込まれたのだろうか。しかし、仁之助は違和感を感じた。目立った外傷もなく、ただ土に埋まっていただけのような。
「妙に痩せてる?」
 その鹿の死体は肋骨が浮き出ており、頬骨が表面から確認出来る程に痩せこけていた。
「小鹿?」
「いや、角を見るに成長した親鹿の筈……」
 仁之助は浮き出た肋骨へと手を置いた。少し押し込むと、まるで氷柱を折り砕くような軽い感触が走った。
「なんか、おかしいぞ、やっぱり。周りに森があるのに、飢え死になんて。骨も、変に柔らかい」
「……!!」
 焔はそこで気付いた。先程、掴んだ緑の葉。健康そうな色の葉は手の中で簡単に解れた。
「気味悪い……」
 悪い夢の中にいるような怖気を感じた時。地面が揺れ始めた。

 逢魔時、という言葉がある。昼と夜の移り変わり、夕暮れ時を指す言葉である。魑魅魍魎、魔物と出逢う時間であるともされる。
「な、なんだ!?」
 地面が揺れたのは、その頃であった。流れた土砂から白く細い腕が這い出てくる。どれもが藻掻くよう動き、土砂を避けようとしている。
「よ、妖怪?大きい!!地鳴りは、これが……!!」
 やがて大きく土塊が盛り上がり始めた。細い腕が生えていたのは背中だったらしい。妖怪の体躯は巨大であった。大木が二、三本の長さだろうか。身体周りも長屋くらい太い。妖怪は体躯に負けないくらい長い二本の腕で顔の泥を払った。
「うえっ」
「気持ち悪っ」
 地面から現れた顔は人間の顔のようで、上下逆さまであった。口には宝石のような青い塊を咥えている。無理矢理、身体を土砂から引き摺り出すと、その巨体は宙を舞った。
「白い龍……?」
 焔が言った。白龍の体は異常に窶れており、背中だけが不気味に膨れていた。身体から生える毛のような腕は風になびいている。大きな腕をだらしなく下げたまま、宙を漂う。白龍は口の宝石を光らせた。
「な、なんだよ……」
 放射状に発せられた青い光。それが当たった木々は枯れ、そこに居た生命は失われていく。虫、リス、鹿などが次々に山の斜面へ崩折れていく。
「吸ってるんだ……。あの地鳴りも、土砂崩れも……」
 焔は白龍を睨む。山の栄養を吸った身体は未だに痩せている。白龍は進行を開始した。
「直ぐに応援を……」
 仁之助は狼煙の準備を始める。狼煙を上げる事が出来れば、戦闘班がくる手筈であった。
「……足止めくらいは」
 焔は木に脚を引っ掛け、登り始めた。
「焔っ!?」
「仁之助っ!!狼煙上げたらこっちへ!!」
 仁之助は急かされるままに、焔の側へ寄った。
「こいつに乗っかれないかな!?」
「本気で言ってんのか!?」
「止めないと、また土砂崩れが起きるっ!!」
 焔と仁之助が問答をしている間にも、白龍は山から命を吸い続けている。このまま逃してしまえば、人里へも被害が起きるだろう。
「……やってやるよっ!!」
 仁之助と焔は白龍の身体で最も地面に近い部分を探す。
「尾から、血が……」
 土砂崩れに巻き込まれたのか、白龍の尾から青い血液が垂れていた。心做しか尻尾の動きは緩く、地面に引き摺っている。
「あそこから!!」
「任せろっ!!」
 焔の声に合わせ、仁之助は鎖鎌を投げる。大きく孤を描いた軌道は白龍の尾に鎖を巻き付け、鎌が傷口に突き刺さる。
「これを伝って!!」
「わかった!!」
 仁之助は鎖を大木に絡め、動かないよう固定を試みる。焔は仁之助の作った鎖の橋を渡る。
「……ん?」
 仁之助の眉が動いた。手に掛かる抵抗が少ない。あの図体に対して、あまりにも力無く思える。
「……何もかもが気味悪い」
 仁之助が吐き捨てる頃には、焔は白龍の背にしがみついていた。その手に、雫が落ちる。
「……雨」
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