【完結】狐と残火

藤林 緑

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死線を越える

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 米助と新手の妖怪は再び戦い始める。妖怪の首の付根には短刀が揺れている。仁之助、焔、そして米助の考えは一致していた。
「……あれを狙えば」
「……もう一匹いるよ」
 焔と仁之助は米助の戦いを見守っていた。仁之助はもう一匹、雌の個体に目を付けた。見たところ、それは弱っている。
「俺達が、気を引けば……」
「向こうも、そのつもりらしいよ」
 焔と仁之助の視線に気付いたらしい。雌の妖怪は姿勢を低くする。そのまま、二人の方へと駆け抜けた。
「仁之助っ!!」
「ぐぎぎ……」
 雌の爪の攻撃を鎖鎌で受け止めた仁之助は焔へと目配せする。既に焔は行動へ移っていた。小太刀を上段に構え首を落としにかかる。瞬間、仁之助の手首に妖怪は噛み付いた。
「ぐあっ……」
「ぐっ!?」
 仁之助を振り回すように妖怪は回転する。仁之助の身体に焔が衝突する。焔は地を転がり、小太刀を取り落とした。
「ほ、焔っ!!」
「い、痛い……」
 焔は脚を捻ったらしく、上手く立ち上がる事が出来ない。彼女は這って小太刀へと寄ろうとする。
「む、無茶すんな!!離せっ!!離せよっ!!」
 仁之助は鎖鎌の柄で妖怪の頭を殴るが、腕を噛み付かれる痛みからか力が入らない。やがて、妖怪は爪を仁之助の腹に突き立てようとした。
「させるかっ……」
 小太刀へと辿り着いた焔が叫ぶ。彼女は小太刀を乱暴に妖怪へ投げ付ける。宙を回転する刀は尻尾で叩かれる。
「うわっ!!」
 まるで興味を無くしたように、妖怪は仁之助を林へと放り投げた。腕から血が吹き出すのを必死で押さえる。
「クソっ!!焔ぁっ!!」
 仁之助は焔へ突き進む妖怪の背を追い駆けた。

 死ぬのか。焔はそう直感した。大顎が迫る。きっと、あの顎で喉笛を噛み千切られて。血を失って死ぬのが先か。
「焔ぁっ!!」
 息が出来なくなって死ぬのが先か。
「焔ちゃんっ!!」
 痛みを感じるのか。痛みを感じぬまま死ぬのか。
「ガアアアッ!!」
 あの鬼の時とは違う。猶予も無く、瞬間を持って自身は死ぬ。意識が、飛んだ。瞼を閉じた。
「……」
 暗闇に佇んだ、記憶の中に居た。あの、鬼。
「まだ」
 まだ、殺していない。成し得ていない。復讐を。
「グガっ!?」
「まだ、死ねない!!」
 私は、その影に、殺すべきその姿に手を伸ばした。

「なっ!!」
 仁之助は焔の鬼気迫る表情に怖気を覚えた。彼女は左手を妖怪の大顎の中へ突き込んだのだ。
「グガ、グェッ!!」
 そのまま喉の奥から舌を引き摺り出す。耐えきれぬ嘔吐感に呻く妖怪。焔は地面へと長く伸びる舌を押さえ付ける。
「うらぁぁぁっ!!」
 懐から右手だけで短刀を取り出し、地面へ縫い留めるように舌の中央へ刃を刺す。真っ赤な血が舌を伝っていく。妖怪の両腕が強張り、地面へと減り込む。
「ガアアアァァァァッ!!」
「じんっ、のすけぇぇぇえっ!!」
 妖怪の苦痛の声を掻き消すほどの声量。仁之助の固まった身体を動かすには充分過ぎる程の。
「待ってろっ!!だぁ、りゃあああああっ!!」
 仁之助は鎖鎌を携え、妖怪の下がった首に纏わり付いた。鎖鎌の刃が、切先が深々と肉を抉り、首の骨に当たる感覚。
「うおおおおっ!!」
 そのまま、仁之助は身体を引いた。みちみちと音を発する毎に、妖怪の身体が痙攣する。
「……ゥ」
 やがて、妖怪は声を失い、動かなくなった。それにも気付かず。
「ウガァァァッ!!」
 雄の妖怪は番の終焉をその目で捉えた。涙を湛え、焔と仁之助に突き進む。爪を伸ばし、牙を向いた。
「悪いっ!!お前も逝かせてやるからっ!!」
 米助は妖怪の首に刺さった短刀を掴み、ぐるりと回した。鋭く研がれた刃は首筋を損傷させ、骨を露出させた。
「これでっ……終わりっ!!」
 米助は脚を脆弱な首に絡め、全体重を乗せた。妖怪の上半身は崩れ落ち、顔面から落下する。地面へ頭蓋が叩きつけられた時、骨の砕ける音が聞こえた。
 残ったのは、三人の息遣いだけであった。


「仁之助くん……、良くやってくれた」
「いや、俺は……」
 焔は気を失い、米助は傷が深かった。幸い、仁之助の脚の怪我は少なかった。
「頼まれてくれ、仁之助くん。里へ戻って応援を呼んでくれ」
「わ、わかった。わかったから!!」
 仁之助は米助の手を握った。米助は微笑んだ後、焔の方へ顔を向けた。ここからでは様子を伺い知れない。
「焔ちゃんは、大丈夫。守るから」
「その……」
「これは、君の役目だ。頼んだぞ」
「……わかりました」
 仁之助は米助の手をゆっくり置くと、里へ向けて走り始めた。
「ふっ……、頼むぞ、仁之助くん……」
 痛む身体を引き摺って、米助は焔へと近付く。出来るだけ、血を付けないよう、彼女の顔に掛かった髪を払う。その表情は、まるで眠っているようで。
「ぐぅ……」
「は、はは、疲れたよな。そうだよなぁ。でも、ここで寝れるのは、きっと大物になれるぞ」
 米助は全身の力が抜けていく感覚に襲われた。


「ふむ……」
 頭領は戦闘の現場を視察すると、その場で手当されている米助の元へ歩み寄った。髭を撫でながら、腰を降ろす。
「御苦労、戦闘部に帰って来ないか?米助」
「……やめときますよ。メシ作ってる方が気楽だ」
「がははっ、だろうな」
 頭領は米助の背中を叩いた。米助は痛そうに顔を歪める。
「して、米助」
「はい?」
「妖怪の血は、赤かったか」
 頭領の言葉に、米助は片眉を上げた。その顔は、真剣そのものであった。米助はどう答えた物か、と逡巡した時。頭領は動いた。
「ぬんっ!!」
 頭領の投げた苦無が闇夜を泳ぎ、何かに刺さった。頭領はそれを拾いに林を分けた。足元には異形の形をした野犬、その子供が横たわっていた。
「……赤か」
 足元の妖怪の首を切り取ると、近場の忍に処理を命じた。
「先程の妖怪と三匹、同じ袋に入れて鳴き谷へ」
「頭領、それは……」
「……根から絶たねば、やはり無意味だな」
 頭領は顔を顰め、合掌する。


「……あれ」
「お、目覚めましたね」
 聞き覚えのある声と、見覚えのある天井。辺りは静まり返っている。夜?ここは部屋の中。彼女の名前は。
「鈴、さん」
「ええ、鈴ですよ?」
 医療班の鈴はいつもと変わらぬ調子で焔の枕元に居た。焔が手を伸ばそうとするのを鈴は制止する。
「駄目です。安静。左手は特に酷いから。何処に突っ込んだの、まったく。ズタボロだし、少し溶けてるし。傷が汚れないか心配」
「……スミマセン」
 焔の言葉に怒りつつも、鈴は笑みを絶やさなかった。
「でも、私が居るから大丈夫。どんな傷や病でも治せるんだから」
「頼りにしてます……」
「素直で良いわ」
 口元に手を添えた鈴は薬の準備を始める。しばらくすると、戸が開いた。
「……鈴さん?起きた?」
「あ、仁之助殿!!丁度良かった、もしかして」
「御飯、貰って来た」
 仁之助は御盆ごと夜食を置くと、黙って焔の側へ座った。起き上がった焔は自身を指差すと、仁之助は頷いた。
「……いただきます」
「あ、私が食べさせてあげる」
 焔は鈴の言葉に甘えて口元に食事を運んで貰う。その間、仁之助は俯いていた。流石に居心地が悪く、焔は口を開いた。
「仁之助、どうしたの?」
「……すまん。守れなかった」
 仁之助はそれだけを口にした。何の事だ、と焔が首を傾げると鈴が耐えきれないとばかりに笑い始めた。
「仁之助殿ね、焔ちゃんを守れなかったって。ずっと悔しがってたのよ?可愛いよね」
「だーっ、言うなよ!!」
 先程とは全く様子を変え、仁之助は真っ赤になる。彼は近くにあった布団を被った。
「本当?仁之助」
「ごめん!!全然、役に立てなくて、ごめん!!」
「……そんな事ないよ」
 布団の隙間から仁之助は焔を覗き見た。
「助かったから、これで終わり。良いでしょ?」
「お、おう!!これで終わりな!!良し!!それで、良し!!」
 仁之助はそれだけ喋って部屋を後にする。
「全く、素直じゃない」
 鈴は溜息を吐いて、焔へ食事を運んだ。

「なんだよ。このもやもやした感じ……」
 仁之助は帰りがてら、拳を握り締めた。熱だけが、身体に残っていた。
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