【完結】狐と残火

藤林 緑

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復讐の意思

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「脚が痛い」
 仁之助は木目の床にへたり込む。
「お前は来なくても良かったのだが……、焔君と言ったな。君も座ると良い、疲れただろう」
「は、はい」
 忍の里へ戻った三人は一際大きな屋敷へと向かった。一室の大きく開けた空間は道場のようでもあり、社のような雰囲気も漂っていた。仁之助の祖父は何処からか座布団を取り出し、仁之助へ放り出した。
「お、ほい」
「あ、ありがとうございます」
 座布団はニ枚であった。仁之助は片方を焔に差し出した。焔が座布団を受け取ると、仁之助は既に座布団を尻に敷いていた。呆気にとられていると、咳払いが聞こえた。
「改めて、忍の里へようこそ。名は明かせぬが、ここで頭領をしている者だ。そして君は縁があってここへ来た。何があったのか、詳しく教えて欲しい」
 仁之助の祖父の声が響いた。それは自身に向けられた言葉であると焔は直ぐに理解した。彼女は衣服の弛みを握り込み、これまでの経緯を話した。

「……そうだったか」
「……上手く話せたか、自信はありませんが」
 焔の声は次第に小さくなっていき、今では蚊の鳴くような小さな声である。
「それで」
 仁之助の祖父は自身の肩を揉み、慣らした。
「どうしたい」
「え?」
「これから君はどうしたいのだ」
 仁之助の祖父の瞳は真っ直ぐ焔を見つめている。焔はその目に射貫かれたように身体を固くした。身も凍るような鋭い視線であった。
「このまま、忍の里で暮らす事も出来る。そのように手配もしてやろう。刀も、儂が必ず取り戻そう」
 仁之助の祖父は目を細めて口元を動かす。夕暮れの陽が部屋に射す。徐々に部屋は橙に染まる。
「このまま、君は」
「鬼を殺します」
「「……」」
 雲が夕陽を隠し、陰りを作る。側で頭を下げていた仁之助は身震いした。目の前の少女が出したとは思えぬ鋭く研がれた刃のような一言であった。
「鬼を殺してどうする」
「私が刀を取り戻します」
「そしてどうする」
「そこまでは考えていません」
「何だと」
 焔と仁之助の祖父の淡々とした問答は仁之助の祖父の眉が吊り上がったところで一旦の終わりを迎えた。焔は知れずのうちに、真っ直ぐな瞳で仁之助の祖父を睨み付けていた。
「私は復讐を為します。刀を取り戻します。鬼を殺します。そのため、私はそのために、この生を使います。使いたく思います」
「くっ、くっくっくっ」
「じ、爺ちゃん?」
 焔の言葉を聞いた仁之助の祖父は肩を震わせ、低声で笑った。彼が口元を押さえ、しばらくすると、元の真一文字に結んだ口角が露わになる。
「失敬。そうか、そうか、なればこそか」
 仁之助の祖父は心得顔で何度が頷くと、腰を上げた。彼は立ち上がり背を伸ばすと、右脚を上げた。
「ぬんっ!!」
「「うわっ!?」」
 仁之助の祖父が木目の床を踏み込むと、床板が跳ね上がる。同時に筒状の物体がぐるぐると宙を回転する。仁之助の祖父は難無く回転する物体を手に取った。
「受け取れ」
「は、はい?」
「辿り着いた先がこの里で良かった。ここは妖怪殺しの忍の里。知る限りの殺しの術、忍の道を教えてやろう。儂の事は頭領と呼べ」
「じ、爺ちゃん!!本気で言ってんのかよ!!」
 仁之助の祖父、忍の里の頭領が手にしたのは小太刀であった。真っ直ぐ焔へと突き出したまま、頭領は孫の言葉を一笑に付した。
「本気かどうか決めるのは焔君だ。儂はこの娘の言葉に本気を感じた。だからこうして小太刀を差し出しているのだ。あとは彼女次第だ」
「……」
 焔の心には既に迷いは無かった。彼女は選ぶ事が出来た。全てを忘れる事を条件とすれば、忍の里で暮らす事も出来た。そうであれば、まだ引き返せる。しかし。
「よろしくお願いします」
「安心しろ。悪いようにはしない」
 彼女は小太刀を握った。あの憎しみを、あの悲しみを、あの幸せだった日々を忘れて暮らす事が出来る程、彼女は大人でも、子供でもなかった。
「少なくとも、そこの馬鹿よりも素質はありそうだ」
「な、何を!!俺だって最強の忍になる!!」
 夕陽の沈む頃。焔は復讐を誓った。
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