【完結】狐と残火

藤林 緑

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雪中、後に座敷牢

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「ちくしょう、全然居ないじゃん」
 雪山の中で声がする。姿は見えない。
「でも肉食いたいしな……」
 上方。その姿は木の上にあった。黒装束の少年だ。身体中に鎖を付けている。全部繋がっているらしく、その両端には鎌が付いている。鎖鎌は腰に括っているらしく、羽根のように見えた。忍の者であろうが、一人だからか顔を隠していない。無邪気さを顔に残す少年は頭を掻いた。
「冬山だから見つけやすいはずなんだけどな……」
 少年は猿のように辺りを見渡した。一面白い雪景色。彼の探す獲物は見当たりそうにない。彼は、里に残して来た仲間達に獣肉を食わせたがっていたのだが。
「収穫ゼロは申し訳ないしな……、ん?」
 少年の目が捉えた。雪面から何かが顔を出している。茶色、赤黒の物体。
「動物の死体か、寝てるのか?腐ってなきゃ持って帰れるかな……火を通せは食えない事もないし……」
 最悪、腹を壊しても医療班に助けて貰えば良い。自身が毒見すれば、仲間に迷惑がかかる事はあるまい。少年は音を殺して木々へ飛び移り、距離を詰めていく。物体の真上に来たが、標的は身動き一つない。既に事切れているのか。撒菱を放るも反応無し。安心して、その近くへ飛び降りた。ぼすっ、と鈍い着地音と共に身体が雪へ沈み込む。
「え?半、纏じゃないか?これ」
 近場で見ると、汚れた半纏であった。少年は落胆した。彼はなんとなく雪を掻き分け掘ってみた。赤黒い雪が弾け、少年は思わず顔を顰めた。
「……」
「……人、じゃねぇかよ」
 自身と同じ年頃の少女が雪から出てきた。血を流していたのか、身体中汚れている。
「仏さん、うわ、うわ、どうしよう」
 少年は狼狽えた。掘り起こした手を思わず顔に近付けたが、赤黒い雪と雫が指先に残っている事を認めて急いで綺麗な雪で手先を綺麗にする。少年は湧き出てきた冷や汗を袖口で拭うと、落ち着こうと息を吐いた。
「「はぁ……」」
 少年は目を丸くした。聞き違いだろうか、息が重なった気がする。驚き、拍動を続ける心音が喧しい。彼は少女の近くへ恐る恐る耳を近づける。
「すぅ……」
「い、生きている……!?」
 再び少年の胸で心臓が強く跳ねた。彼はあうあうと口を震わせた。
「と、とと、とりあえず、運ぶか……、背負えるかな……」
 鹿や猪を背負う覚悟で来た少年は、まさか人を担ぐ羽目になるとは思わなかった、と後に語る。


「うぅ……」
 身体が上手く動かない。どのような体勢かすらわからない。頭の中身が揺らぐ。目。開かない、明るさだけが仄かに感じ取れる。口。気持ち悪い、よくわからない味が口腔にへばり付いている。鼻、藺草の香りが鼻を突いた。
「ん、起きそう?」
「んぅ……」
 顔の力が抜けた時、自然と瞼が開いた。木目の天井がいやに眩しかった。安心か、驚きか、息を吸い込んだ際に唾液が気管に入り込んだ。
「こほっ!けほっ、げほげほっ!!」
「あらあら、お水お水……」
 すっと伸ばされた腕から湯呑みに入った水が差し出される。背中を起こし、少量ずつ喉へと流し込んだ。
「落ち着いたかしら?」
「くぷっ、は、はい」
 声のした方を振り向くと、焔は目を丸くした。自身の身体は布団の上にあり、小さな部屋に寝転がらされていたようだった。身体の周りには治療の跡か。包帯が巻かれている。濡れた着物も脱がされ、部屋着に着替えさせられている。それだけならば、助かった、ここは何処なのか、で済むのだが。
「これって、座敷牢ってやつですよね」
「あ、そう、そうなのよ。ごめんね、怪我人なのに」
 木製の格子戸には堅牢な錠前が付いている。その向こう側、焔に話しかける女性は申し訳無さそうに呟いた。彼女は紺色の着物を着ており、美しい手をしていた。長い髪は後ろで縛り、柔和な表情が話しやすさを醸し出していた。手元には薬研などの道具が並んでいた。
 焔はきょろきょろと頭を動かすと、彼女の近くには畳まれた自身の衣服と共に鍛治手袋も重ねて置いてあった。それを認めた時、焔は格子戸に縋り付いた。
「助けてくれてありがとうございます!!あの、それで、外に出させてください!!」
「あ、その、ごめんなさい。それはちょっと今は……」
「大怪我してる人、もう一人いるんです!!お願いですから!!」
 焔は叫んだ。格子戸を揺らすと錠前がガチャガチャと音を立てる。彼女は半ば錯乱気味に繰り返した。
「お願いします、お願いします……」
「……ごめんね」
 二人は俯いてしまう。微妙な沈黙の後、物音がした。誰かが座敷牢へと入って来たのだ。
「お、起きてる」
「……君は?」
「仁之助殿」
 仁之助と呼ばれた男児は眠そうに目を擦った。先程まで寝ていたのだろうか、短い髪の毛には寝癖が付いている。彼は黒装束の上から身体を掻いた。
「鈴さん、俺がこの娘に里を案内する」
「で、でも……」
「頭領が、面倒を見るようにって俺に言ったんだ」
 鈴と言うらしい女性は逡巡した後、座敷牢の鍵を仁之助へ渡した。彼女は言い聞かせるように仁之助へ言った。
「……何かあったら、自身でどうにかするのですよ」
「わかってるよ、迷惑はかけないから」
 仁之助は既に錠前に鍵を通していた。程無くして、鍵が開く。
「ほら、手を」
「……あ、ありがとう」
 焔はおずおずと伸ばされた仁之助の手を取った。仁之助は重なった手を強く握り笑った。
「じゃあ、鈴さん!!行ってくるわ!!」
「気を付けてね。怪我したら……、私が治せば良いか」
 鈴はひらひらと手を振り、諦めたような表情を浮かべた。

「うっ……」
 座敷牢から外へ出ると、陽の光が焔の目を焼く。久方振りの明かりは目に優しくなかった。焔の身体が揺らぐ。
「おっと、大丈夫?」
 仁之助は焔の肩を掴み、腰を屈めた。焔の足に力が入るのを確認すると、彼は手を離した。
「具合が悪くなったら言えよ、休憩するから」
「……うん」
「良し、とりあえず脱出成功って事で!!」
「うん……脱出?」
 焔は首を傾げる。仁之助は焔の耳元で小さな声で囁いた。
「実はな……さっきの全部嘘なんだ」
「え?あの頭領がどうとか?」
「そう、だから勝手に俺が君を連れ出した事になってる」
「うえぇ!?」
 焔は声を上げ、信じられないといった顔で仁之助を見つめる。対する仁之助はあっけらかんとしている。
「ま、大丈夫さ。それに、結構大事なんだろ?」
「そ、そうだ!!鉄爺を助けなきゃ!!」
「だろ?まぁ俺は鉄爺って人は知らないけど……。でも、大切な人ってのは分かるからさ。手伝うよ」
「……ありがとう」
「さっきからそう言ってばっかりだな。……そうだ、改めて、俺は仁之助。最強の忍を目指す男の名前。よろしく」
「……焔、と言う。よろしく」
 二人は挨拶を交わし、忍の里へ降りて行った。

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