【完結】狐と残火

藤林 緑

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成長

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 二人は順番に風呂に入り、食卓を囲んだ。飯と汁。汁の具材には宿場町の露店で買った肉と根菜、そして味付けは濃い目の味噌味。流れた汗で失った塩分を補給するにはぴったりであった。
「う、美味ぁ……」
「うむ、美味い」
 働いた後の飯は美味い。当たり前であったが、今日のは特に美味く感じた。一通り食い終えると、鉄蔵が改まって焔へ話しかけた。
「焔、ありがとうな」
「突然何を」
「……俺は刀を作りたかった。楽しかったのだ。自身の技術を高め、同胞と競い合うのが。しかし、刀を作ったとしても、それは何かを殺める物でしかない。美しい品を作ろうとも、所詮人殺しの道具。いつか、そう思った」
 鉄蔵はつらつらと述べる。焔は自然と背筋を伸ばしていた。
「俺は刀作りを辞め、別の道を歩み始めた。それはそれで新たな技の学びがあって楽しかった。金には少し困ったがな。まぁ、暮らせないほどではなかった」
「でも、心残りがあった」
「そうだ。面を彫りながらも、俺の腕の使い道はこれではない。書を嗜んでも、俺の手は槌を握るべきだと思っていた」
「鍛冶小屋はいつ作ったの」
 鉄蔵は頬を掻いた。
「旧友から刀作りを頼まれてすぐに作った。しかし、既に身体が動かなくなっていた。炉の前で足が竦んだのを覚えている。俺は刀を、また打てるのか不安になったのだ。友人から託された貴重な材料で、落ちた腕で刃を鍛えられるのか」
 鉄蔵は椀に僅かばかり残った味噌汁で口先を湿らせた。
「そんな時に、お前に諭された。正直、何も言えんかった。目の前の友人も助けられないくせに、とか言ったな。その通りだ。俺は旧友と自分の腕を信じる事が出来ない、言い訳だらけの卑怯者だったのだ。彼奴は人の為にしか剣を振るわぬ男であるのに。俺は彼奴に信頼されて頼まれたというのに」
「……その人とは仲良しなんだよね?」
「ああ、俺の数少ない友だ。俺が刀作りを辞めると言った時、真っ先に会いに来てくれた」
 そう話す鉄蔵は嬉しそうに笑っていた。焔も自然と笑顔になる。
「良いのが出来ると良いね」
「ああ。見ていてくれ」
 二人は恥ずかしそうに視線を交わし、夕餉の時間は終わりを告げた。

 徐々に焔は鍛冶小屋に居る時間が増えた。家事の合間に、鉄蔵の刀作りの手伝いをしていた。
「すまん、押さえていてくれ」
「はいはい」
 鉄蔵も焔を信頼して、簡単な仕事から徐々に細かい仕事も任せるようになっていた。二人の作業により、鋼は純粋さを増していた。
「こうやってな……折れにくく強固な刀が出来上がる」
「ほぉ」
 鉄蔵の側に居る事で、焔は彼のような生き方に影響を受けた。情熱を持って物事を取り組める人間になれるように。それがいつしか彼女の目標になっていた。刀作りが始まって半月、短い間で多くの事を目にして考え、感じた気がした。
「鉄爺、私さ」
「ん?」
「いや、なんでもない。御飯作ってくる」
 焔は刀作りの目処が付いたのを確認すると、住居へと戻っていった。戸を閉めると焔の目には住み慣れた部屋が映った。ここで暮らすのもどれほどになるだろう。季節を何回巡ったことか。
「結構、成長したよね」
 焔は数年で、この世の生き方をなんとなく学んできた。山奥で本を読む事で得た知識。鉄蔵から得た商売や工芸の類。宿場町での人々の暮らし。それらを糧にして、自身の成長と共に出来る事が増えていく。それに喜びを感じながら、過ごす事が出来たら充分だ。焔は幼いながらも、これからの事を考えていた。
「ともかく、まずは刀が出来上がるまで頑張ろう」
 焔は土間の台所に立った。

 そして、ついにその時が訪れた。火造りにて刀の形が出来上がる。鉄蔵は長さよりも取り回しの良さを念頭に置いた形にしたらしい。形が決まれば焼入れに入る。この日の為に調整した焼刃土を乗せ、いよいよ燃え盛る炎をに刀が入る。
「……」
 焔はその様子に魅入っていた。まるで神聖な儀式のようなそれに、彼女は息を呑んだ。炉の火は色を徐々に変えていく。鉄蔵の表情は真剣そのもの、炉を睨みつけている。いや、見守ると言ったほうが正しいかもしれない。彼は熱気を肌で感じながら、揺らぐ刀の影を見逃さなかった。
 しばらくして焔が瞬きをした。気付いた時には、鉄蔵が炉から刀を引き抜いていた。彼はそれを、自らの近くへ寄せる。刀から立ち昇る蜃気楼の先に、鉄蔵の鋭い眼光があった。彼は頷くと、熱された刀を溜めておいた水に浸ける。瞬く間に蜃気楼は水蒸気に姿を変えた。ぼこぼこと音を鳴らしながら水が沸く。
「お、おぉ……」
 水蒸気の幕が晴れる頃、それは現れた。波型の刃文が浮かび、刀身には群青色の星屑が輝いて見える。刀の角度でその光り方は色を変えた。
「……粗方出来上がったな」
「も、もうそろそろ?」
「ああ、後は何度か熱し冷やせば終わりだ。……良い物が仕上がった」
 鉄蔵は満足そうに言うと、再び刀と向き合った。焔は鉄蔵の喜ぶ様子に、自身もまた嬉しくなった。
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