【完結】狐と残火

藤林 緑

文字の大きさ
上 下
3 / 42

問答

しおりを挟む
 幾年か過ぎた時の事である。滾々と降る雪が地面を覆い始める季節。いつものように焔は鉄蔵に留守番を命じられ、小屋の中で本を読んでいた。
「寒いなぁ」
 土間の竈の火が弱くなっていた。側にある筈の薪を焚べようとした。
「……無いじゃないか。鉄爺め、足すのを忘れたな」
 普段ならば薪の積まれている場所には、何も無かった。焔は腕を組んで唸った。しばらく考えた後、妙案が浮かんだ。
「そういえば、隣の小屋は何があるのだろう」
 鉄蔵と焔の暮らす茅葺屋根の家。その隣の小屋。鉄蔵からは、つまらんものしか入ってない倉庫だ。と聞かされていた。鉄蔵はその倉庫の存在を焔に興味を持たれたくなかったのか、話に上る度そっけない態度を焔にとっていた。焔もそれを察してか、あまり話題に出さないようにしていた。
 ふと、焔の心に悪戯心の欠片が混じった。どうせ、鉄蔵は町に降りていないのだ。寒さに耐えかね、燃える物を探していた。そうとでも言えば許してくれるだろう、と思った焔は家を出た。

 外は薄っすら雪が積もっていた。なるべく雪の少ないところを歩きながら小屋へ向かう。
「とりあえず……」
 小屋の軒下をぐるりと回った。確かに鉄蔵の言う通り、倉庫に見えなくもない。それにしては少し大きいか。焔は小屋の戸に手をかけた。砂埃が指に付かない所を見ると、放置されていたというわけでもないらしい。半ば高揚感を覚えながら中へ入った。
「これは」
 中は思いの外、整っていた。大きな炉があり、壁には様々な道具が吊り下げられている。多彩な長さの棒や槌、何かを挟む器具。そして、多くの傷が付いた金属の台。焔はそれを本で読んだことがあった。
「……刀の鍛冶?」
 そう呟く声に、遠くから別の声が混じった。焔は急いで外へ出て戸を閉めた。小屋の陰に隠れ、様子を窺った。

「刀は作らない」
 鉄蔵の声だった。坂の下で誰かと話しているようだが、焔からは見えない。声が聞こえるばかりである。
「……すまない。世の為とは思うのだが、腕が、どうもな」
 もう一人の声は低く、聞き取れない。だからといって身体を出すわけにはいかない。もどかしいが、仕方ない。どうしようものか思案していると、鉄蔵が坂から頭を出した。彼は家の戸に手をかけた。
「鉄爺!!」
「おお、焔か。何故外におる?」
「あ、う、薪が無い!!寒くて拾いに行ったが、燃えそうなのは全部雪の下にあって」
 焔は咄嗟に嘘を付いた。鉄蔵は焔の両肩に手を伸ばした。
「それは済まなかった。今、拾って来てやろう。布団にくるまっているが良い」
 鉄蔵は家に入らず、そのまま森へと入って行った。一人残された焔の頭には、ほんのり雪が積もっていた。


 その日からである。鉄蔵の雰囲気が変わったのだ。徐々に趣味に費やす時間が減っていった。何に対しても集中出来ないような、危うさを焔は側にいて感じた。そして、少し落ち着こうとする時は決まって床の間の石の前に胡座をかいた。鉄蔵は群青色の石を前にして黙って項垂れていた。そのような日々がしばらく続いた。
 ある夜のこと、眠っていた焔は物音で目が覚めた。屋根から雪が落ちたのだろう。身を攀じって隣の布団を見ると、鉄蔵の姿は無かった。焔は這いつくばるようにして身体を伸ばすと、隣の部屋を覗いた。暗闇に目が慣れてくる頃、鉄蔵の背中がぼんやり浮かび上がった。彼はいつもと同じように石の前で胡座をかいている。寝ている、とも思ったがゆっくりと肩が上下しているところを見るに起きているらしい。
「鉄爺、寝られんの?」
「ん、おお、起きたのか」
 鉄蔵は答えになっていない返答をしたまま、じっとしている。焔は口火を切った。
「その石、何?」
「これか?そうだな……とても貴重な石らしくてな」
「……それ、刀となんか関係あるの?」
 焔の言葉に、鉄蔵は勢い良くぐるりと振り返った。彼は目を丸くして、口を固く一文字に結んでいる。その表情に焔は一瞬気圧されたが、真っ直ぐ鉄蔵を見つめ返した。
「……どこで、それを」
「詳しくは聞いてない、刀がどうとか、誰かと話しているのは聞いた」
「そうか」
 鉄蔵は目を逸らし、再び群青色の石に向き直った。
「昔な、刀鍛冶の衆の一人だった。俺達の作った刀で、沢山の人が死んでいった。俺はそれに耐えられず逃げたのだ」
「それで?」
「後はない。ただここで隠居生活をしている。それだけだ」
「嘘だ、まだ続きがあるはず」
 焔は鉄蔵に喰らいついた。鉄蔵は絞り出すように言葉を紡いだ。
「旧友からな、刀を打ってくれと頼まれた。……この石を使って」
「……それがまだ出来ていないと」
「俺は、どうすれば良いのだ」
 鉄蔵の背中はより丸くなった。焔は起き上がり、鉄蔵に寄り添った。
「焔」
「鉄爺、勝手な言い草かもしれないけど。鉄爺は刀を作った方が良いと思う」
「何故、そう言える」
「鉄爺は、友達の為の刀を作りたいんだ」
「そんなわけが、あるか。俺は刀を打ちたくないんだ」
 焔は鉄蔵の手を取った。
「本当なら、本当に刀を打ちたくないなら。あんな鍛冶小屋があるわけない」
「お前、見たのか」
「黙っててごめん。……鉄爺が作るのは面でも、詩でもないんだ。きっと、鉄爺はどこかで刀を作りたがっている。その思いを誤魔化しているだけなんだ」
「勝手な事を……」
「最初に言ったでしょ。勝手な言い草だって。もっと言ってやろうか?自分の気持ちに嘘まで付いて通す道理や筋なんてない」
 一瞬の静寂が、冷たい部屋に横たわった。
「……きっと、その友達は困っている。刀を作りたくなくなった鉄爺が迷う程の事だから。その友達は大切なんでしょう?」
「ああ……」
「目の前の友達も助けられないくせに、自分の思いすら助けられないくせに。悩んでるんじゃあない。そのせいで、私までやきもきしてるんだよ」
「……」
「まぁ、好きなようにすればいい。誰も文句なんて言わない。けど、鉄爺は刀作るべきだと、私は思う」
「ずるいな。お前は」
「賢いって言って」
「ふ、賢しい娘だ。……手伝ってくれるか」
「お安い御用で」
 鉄蔵は焔の手を強く握り、焔もまた鉄蔵の手を握り返した。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

大学生カップルのイチャイチャ短編

NA
恋愛 / 完結 24h.ポイント:513pt お気に入り:6

塔の上の秘蜜 ~隣国の王子に奪われた夜~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:688pt お気に入り:604

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:674pt お気に入り:9

無力な聖女が魔王の右腕と契約する話

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:16

歪んだ男と逆らわない彼女

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:2

処理中です...