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2.約束

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 伝説の魔物の胸に刺さった短剣は、思った以上に抵抗なく引き抜くことができた。やはり血は一滴も出ない。
 頭の上に二つ並ぶ犬のように先が尖った耳がかすかに動く。胸が微かに上下し始めた。人より少し爪が長い指が少し動いている。
 そして、ゆっくりと瞼が開かれた。

 私の方を見る金色の虹彩は、引き込まれそうになるぐらい美しいと思った。
 その不思議な目に見惚れていると、魔物の意識が戻ったらしく、素早く上半身を起こした。
 短剣を持ったまま動けずにいた私の首に、魔物の両手がまわされた。そして、力が加えられる。

 魔物は私を殺そうとしている? 
 息ができない。このままでは死んでしまう。
 私は堪らず魔物の首輪に向かって神力を込めた。すると魔物の動きが止まり、手が私の首から外れる。
 私は咳き込みながら、大きく息をした。

 金色の目で睨んでくる魔物の見かけは非常に可愛らしい。大きな目、切りそろえられていない灰色の長い髪。髪と同じ色のもふもふのしっぽ。そして、毛の生えた犬のような耳。それ以外は人と差異はない。
「リディア! 俺を騙して封印したくせに、今さらなぜ封印を解く」
 リディアとは、千年前にこの魔物を召喚した巫女姫の名前。私と巫女姫を混同しているの?
「私は、ニーナ。リディアではないわ。あなたが封印されて千年の時が流れたの。私はリディアの遠い子孫なのよ」
「リディアではない? 千年経っている?」
 魔物はかなり混乱しているようで、首を横に傾げて考え込んでいる。その様子もかなり可愛い。

「あなたの名前を教えて」
 彼のことをいつまでも魔物呼ばわりするのは可哀想。魔物というには愛嬌がありすぎる。私は彼に殺されかけたけれど、無理やり召喚されて、無理やり戦わされて、そして、騙されて封印されたなんて、殺意を抱いて当然だ。今は殺される訳にはいかないけれど、この国を救ってくれるのならば、できれば彼の気の済むようにしてあげたい。

「俺は、ウォル」
「ウォルというのね。リディアとウォルのことは、伝説として伝わっているわ。リディアは、いいえ、この国はウォルにひどいことをしたと思う。本当に申し訳ないと思うわ。でも、この国を再び救ってほしいの。身勝手だと思うけれど」
 ウォルの大きなしっぽの毛が逆立つ。口角が持ち上がり、人より長い犬歯が見えた。
「俺を騙した女の子孫の頼みなど、なぜ聞かなくてはならない?」
「お願いです。ワイヤックという国が攻めてきています。残虐な王が治めていて、侵略された国の国民は奴隷として売られたり、重労働に就かされたりしてひどい目に遭うの。お願い。助けて」
「この国の奴らなんて、どうなったって知らない。指一本動かしたくない」
 不機嫌そうにウォルは首を振る。

「リディアは、ウォルに何をしたの?」
「敵を全て倒した時、俺をもといた世界に返してくれるとリディアは言った。そして、ここに連れて来られた。ここは最初に召喚された場所だから俺は疑わなかった。それなのに、ここに横になれと命じられて短剣に胸を貫かれた。それが最後の記憶だ」
 何て酷いことをしたのだろう。帰ることができると喜んだウォルを騙して封印するなんて、あまりにも不実な行いだ。
「何ということを。私にはウォルをもとの世界に戻すことができないの。ごめんなさい。帰りたかったよね」
 リディアにも帰還させるような力はなかったに違いない。そんな力があれば、封印するより送り返しただろうから。なぜ、ウォルを騙したの?

「当たり前だろう。もとの世界には親と兄弟がいたんだ。この世界みたいに俺を化け物呼ばわりしない。もとの世界に返してくれると言ったから、俺は戦った。それなのに……、リディアは俺を騙した」
 本当に酷い。召喚して、化け物呼ばわりして、帰してやると騙して戦わせた。非道すぎて言葉が出ない。
「ごめんなさい。それでもあなたを頼らなければならない。この国の人を助けたいの。私にできることならば、何でもするから、私があげられるものならば全て渡す。だからお願い。我が国を救って」
「それならば、その命、俺にくれるか。リディアの代わりになぶりながら殺してやるから。それでよければ、敵兵を皆殺しにしてやる」
 私が死ねば、ウォルを止めることができる者がいなくなる。私たち王家に伝わってきた神力は徐々に弱まっていて、私以外の王族はほとんど神力を持っていない。ウォルの首に嵌められた首輪も、封印の短剣も、私以外使うことができない。

 私だけ死ぬわけにはいかない。この命をウォルに渡す時、ウォルを再び封印する。
「いいわ。この命をあなたに差し上げます」
「ニーナといったな。約束を違えるなよ。おまえの命は俺のものだ」
 これ以上ウォルを騙すわけにはいかない。未来に同じことがあれば、三度国を守ってくれと頼まなければならない。そのためには不実なことはできない。
 だけど、ウォルを封印しないまま死ぬこともできない。
 死の恐怖と痛みや苦しみに耐えながら、ウォルを封印することができるのだろうか。とても不安だけど私はやらなくてはならない。この国のため、そして罪なき国民のため。 
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みんなの感想(1件)

あさ
2018.02.19 あさ

続きはもう書かれないんでしょうか?

鈴元 香奈
2018.02.19 鈴元 香奈

感想ありがとうございます。

長い間未更新で申し訳ありません。
かなり前に書きかけたものですが、余裕があれば更新を目指したいと思います。

解除

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