2 / 2
2.約束
しおりを挟む
伝説の魔物の胸に刺さった短剣は、思った以上に抵抗なく引き抜くことができた。やはり血は一滴も出ない。
頭の上に二つ並ぶ犬のように先が尖った耳がかすかに動く。胸が微かに上下し始めた。人より少し爪が長い指が少し動いている。
そして、ゆっくりと瞼が開かれた。
私の方を見る金色の虹彩は、引き込まれそうになるぐらい美しいと思った。
その不思議な目に見惚れていると、魔物の意識が戻ったらしく、素早く上半身を起こした。
短剣を持ったまま動けずにいた私の首に、魔物の両手がまわされた。そして、力が加えられる。
魔物は私を殺そうとしている?
息ができない。このままでは死んでしまう。
私は堪らず魔物の首輪に向かって神力を込めた。すると魔物の動きが止まり、手が私の首から外れる。
私は咳き込みながら、大きく息をした。
金色の目で睨んでくる魔物の見かけは非常に可愛らしい。大きな目、切りそろえられていない灰色の長い髪。髪と同じ色のもふもふのしっぽ。そして、毛の生えた犬のような耳。それ以外は人と差異はない。
「リディア! 俺を騙して封印したくせに、今さらなぜ封印を解く」
リディアとは、千年前にこの魔物を召喚した巫女姫の名前。私と巫女姫を混同しているの?
「私は、ニーナ。リディアではないわ。あなたが封印されて千年の時が流れたの。私はリディアの遠い子孫なのよ」
「リディアではない? 千年経っている?」
魔物はかなり混乱しているようで、首を横に傾げて考え込んでいる。その様子もかなり可愛い。
「あなたの名前を教えて」
彼のことをいつまでも魔物呼ばわりするのは可哀想。魔物というには愛嬌がありすぎる。私は彼に殺されかけたけれど、無理やり召喚されて、無理やり戦わされて、そして、騙されて封印されたなんて、殺意を抱いて当然だ。今は殺される訳にはいかないけれど、この国を救ってくれるのならば、できれば彼の気の済むようにしてあげたい。
「俺は、ウォル」
「ウォルというのね。リディアとウォルのことは、伝説として伝わっているわ。リディアは、いいえ、この国はウォルにひどいことをしたと思う。本当に申し訳ないと思うわ。でも、この国を再び救ってほしいの。身勝手だと思うけれど」
ウォルの大きなしっぽの毛が逆立つ。口角が持ち上がり、人より長い犬歯が見えた。
「俺を騙した女の子孫の頼みなど、なぜ聞かなくてはならない?」
「お願いです。ワイヤックという国が攻めてきています。残虐な王が治めていて、侵略された国の国民は奴隷として売られたり、重労働に就かされたりしてひどい目に遭うの。お願い。助けて」
「この国の奴らなんて、どうなったって知らない。指一本動かしたくない」
不機嫌そうにウォルは首を振る。
「リディアは、ウォルに何をしたの?」
「敵を全て倒した時、俺をもといた世界に返してくれるとリディアは言った。そして、ここに連れて来られた。ここは最初に召喚された場所だから俺は疑わなかった。それなのに、ここに横になれと命じられて短剣に胸を貫かれた。それが最後の記憶だ」
何て酷いことをしたのだろう。帰ることができると喜んだウォルを騙して封印するなんて、あまりにも不実な行いだ。
「何ということを。私にはウォルをもとの世界に戻すことができないの。ごめんなさい。帰りたかったよね」
リディアにも帰還させるような力はなかったに違いない。そんな力があれば、封印するより送り返しただろうから。なぜ、ウォルを騙したの?
「当たり前だろう。もとの世界には親と兄弟がいたんだ。この世界みたいに俺を化け物呼ばわりしない。もとの世界に返してくれると言ったから、俺は戦った。それなのに……、リディアは俺を騙した」
本当に酷い。召喚して、化け物呼ばわりして、帰してやると騙して戦わせた。非道すぎて言葉が出ない。
「ごめんなさい。それでもあなたを頼らなければならない。この国の人を助けたいの。私にできることならば、何でもするから、私があげられるものならば全て渡す。だからお願い。我が国を救って」
「それならば、その命、俺にくれるか。リディアの代わりになぶりながら殺してやるから。それでよければ、敵兵を皆殺しにしてやる」
私が死ねば、ウォルを止めることができる者がいなくなる。私たち王家に伝わってきた神力は徐々に弱まっていて、私以外の王族はほとんど神力を持っていない。ウォルの首に嵌められた首輪も、封印の短剣も、私以外使うことができない。
私だけ死ぬわけにはいかない。この命をウォルに渡す時、ウォルを再び封印する。
「いいわ。この命をあなたに差し上げます」
「ニーナといったな。約束を違えるなよ。おまえの命は俺のものだ」
これ以上ウォルを騙すわけにはいかない。未来に同じことがあれば、三度国を守ってくれと頼まなければならない。そのためには不実なことはできない。
だけど、ウォルを封印しないまま死ぬこともできない。
死の恐怖と痛みや苦しみに耐えながら、ウォルを封印することができるのだろうか。とても不安だけど私はやらなくてはならない。この国のため、そして罪なき国民のため。
頭の上に二つ並ぶ犬のように先が尖った耳がかすかに動く。胸が微かに上下し始めた。人より少し爪が長い指が少し動いている。
そして、ゆっくりと瞼が開かれた。
私の方を見る金色の虹彩は、引き込まれそうになるぐらい美しいと思った。
その不思議な目に見惚れていると、魔物の意識が戻ったらしく、素早く上半身を起こした。
短剣を持ったまま動けずにいた私の首に、魔物の両手がまわされた。そして、力が加えられる。
魔物は私を殺そうとしている?
息ができない。このままでは死んでしまう。
私は堪らず魔物の首輪に向かって神力を込めた。すると魔物の動きが止まり、手が私の首から外れる。
私は咳き込みながら、大きく息をした。
金色の目で睨んでくる魔物の見かけは非常に可愛らしい。大きな目、切りそろえられていない灰色の長い髪。髪と同じ色のもふもふのしっぽ。そして、毛の生えた犬のような耳。それ以外は人と差異はない。
「リディア! 俺を騙して封印したくせに、今さらなぜ封印を解く」
リディアとは、千年前にこの魔物を召喚した巫女姫の名前。私と巫女姫を混同しているの?
「私は、ニーナ。リディアではないわ。あなたが封印されて千年の時が流れたの。私はリディアの遠い子孫なのよ」
「リディアではない? 千年経っている?」
魔物はかなり混乱しているようで、首を横に傾げて考え込んでいる。その様子もかなり可愛い。
「あなたの名前を教えて」
彼のことをいつまでも魔物呼ばわりするのは可哀想。魔物というには愛嬌がありすぎる。私は彼に殺されかけたけれど、無理やり召喚されて、無理やり戦わされて、そして、騙されて封印されたなんて、殺意を抱いて当然だ。今は殺される訳にはいかないけれど、この国を救ってくれるのならば、できれば彼の気の済むようにしてあげたい。
「俺は、ウォル」
「ウォルというのね。リディアとウォルのことは、伝説として伝わっているわ。リディアは、いいえ、この国はウォルにひどいことをしたと思う。本当に申し訳ないと思うわ。でも、この国を再び救ってほしいの。身勝手だと思うけれど」
ウォルの大きなしっぽの毛が逆立つ。口角が持ち上がり、人より長い犬歯が見えた。
「俺を騙した女の子孫の頼みなど、なぜ聞かなくてはならない?」
「お願いです。ワイヤックという国が攻めてきています。残虐な王が治めていて、侵略された国の国民は奴隷として売られたり、重労働に就かされたりしてひどい目に遭うの。お願い。助けて」
「この国の奴らなんて、どうなったって知らない。指一本動かしたくない」
不機嫌そうにウォルは首を振る。
「リディアは、ウォルに何をしたの?」
「敵を全て倒した時、俺をもといた世界に返してくれるとリディアは言った。そして、ここに連れて来られた。ここは最初に召喚された場所だから俺は疑わなかった。それなのに、ここに横になれと命じられて短剣に胸を貫かれた。それが最後の記憶だ」
何て酷いことをしたのだろう。帰ることができると喜んだウォルを騙して封印するなんて、あまりにも不実な行いだ。
「何ということを。私にはウォルをもとの世界に戻すことができないの。ごめんなさい。帰りたかったよね」
リディアにも帰還させるような力はなかったに違いない。そんな力があれば、封印するより送り返しただろうから。なぜ、ウォルを騙したの?
「当たり前だろう。もとの世界には親と兄弟がいたんだ。この世界みたいに俺を化け物呼ばわりしない。もとの世界に返してくれると言ったから、俺は戦った。それなのに……、リディアは俺を騙した」
本当に酷い。召喚して、化け物呼ばわりして、帰してやると騙して戦わせた。非道すぎて言葉が出ない。
「ごめんなさい。それでもあなたを頼らなければならない。この国の人を助けたいの。私にできることならば、何でもするから、私があげられるものならば全て渡す。だからお願い。我が国を救って」
「それならば、その命、俺にくれるか。リディアの代わりになぶりながら殺してやるから。それでよければ、敵兵を皆殺しにしてやる」
私が死ねば、ウォルを止めることができる者がいなくなる。私たち王家に伝わってきた神力は徐々に弱まっていて、私以外の王族はほとんど神力を持っていない。ウォルの首に嵌められた首輪も、封印の短剣も、私以外使うことができない。
私だけ死ぬわけにはいかない。この命をウォルに渡す時、ウォルを再び封印する。
「いいわ。この命をあなたに差し上げます」
「ニーナといったな。約束を違えるなよ。おまえの命は俺のものだ」
これ以上ウォルを騙すわけにはいかない。未来に同じことがあれば、三度国を守ってくれと頼まなければならない。そのためには不実なことはできない。
だけど、ウォルを封印しないまま死ぬこともできない。
死の恐怖と痛みや苦しみに耐えながら、ウォルを封印することができるのだろうか。とても不安だけど私はやらなくてはならない。この国のため、そして罪なき国民のため。
0
お気に入りに追加
75
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】夫は王太子妃の愛人
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵家長女であるローゼミリアは、侯爵家を継ぐはずだったのに、女ったらしの幼馴染みの公爵から求婚され、急遽結婚することになった。
しかし、持参金不要、式まで1ヶ月。
これは愛人多数?など訳ありの結婚に違いないと悟る。
案の定、初夜すら屋敷に戻らず、
3ヶ月以上も放置されーー。
そんな時に、驚きの手紙が届いた。
ーー公爵は、王太子妃と毎日ベッドを共にしている、と。
ローゼは、王宮に乗り込むのだがそこで驚きの光景を目撃してしまいーー。
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
続きはもう書かれないんでしょうか?
感想ありがとうございます。
長い間未更新で申し訳ありません。
かなり前に書きかけたものですが、余裕があれば更新を目指したいと思います。