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欲望と後悔

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 ユーマは杏をじっと見つめている。
 いつもより近くまで寄って来て立ち止まったまま動かないユーマを、杏は不審に思って首を小さく傾けた。その動作もとても可愛らしいと思い、ユーマは更に杏に魅せられていく。

 迷いを捨て去るように、ユーマは大きく息を吸い込み、そして、吐き出した。
 ユーマは意を決したように杏の体を抱きしめる。
「アン、どこにもいかないでくれ。このまま私と共にここで暮らしてほしい」
 屈んでいるユーマの顔が杏の耳のところにあり、黒い布を通した少しくぐもった声が直接響く。
「ユーマ様、どうかしたのですか? 私はここにいるしか選択肢がないのだから、私こそいつまでもここへ置いてほしいと思います。追い出したりしないでください」

 ユーマに抱きしめられて恥ずかしい杏は、顔を真赤に染めている。胸が張り裂けてしまうのではないかと思うぐらいに心臓の動悸が速い。それでも、ユーマの様子がおかしいことに杏は不安を覚えていた。

 今までユーマはこのように杏に触れたことはない。いつも距離を取っていた。
 ユーマは優しかったので嫌われてはいないが、その優しさは同居人に対してのもので、杏を女として見ていないのだと諦めていた。
 ユーマから受けている熱い抱擁の意味を、杏は理解できないでいた。

「アン、私は貴女を愛しています。呪いを受けた醜い身で愛することなど許されないと思っていても、貴女のその優しさに、理不尽な目に遭ってもめげないその強さに、そして、その美しい姿に、私は惹かれてしまうのを止めることができない」
 ユーマが腕に力を入れたので、杏の顔がユーマの胸に密着した。思った以上に硬い胸からは、杏と同じぐらい速い鼓動が響いてくる。

 杏にとってこの世界に来て初めて経験する人の暖かさだった。
 自分を愛していると言ってくれるユーマの言葉が嬉しくて、杏は涙を流す。
 豊富な食材と広い部屋を与えられて、生活には全く困っていない。大好きな本も読み放題。時間もたっぷりある。杏にとっては理想的な生活のようだと思っていた。
 必死に気が付かないようにしていたけれど、こんなにも人恋しかったのだと杏は思う。
 温かいユーマの胸に抱かれて心が満たされていくように感じ、杏は涙を流し続けた。


 杏が涙を流すのは、自分に抱かれて嫌悪しているからだと思ったユーマは、それでも腕を外せずにいた。
 唇を噛んで思案していたユーマだが、おもむろに杏を横に抱き上げた。
「ユーマ様?」
 昨日に続いてのお姫様だっこに驚いた杏がユーマに意図を問おうとしたが、ユーマは返事をしないまま無言で屋敷の中に入っていく。

「荷物は片付けないで良いのですか?」
 運んできた食材を外に放置したままなので、杏はそのことが気にかかっていた。しかし、やはりユーマは答えない。
 杏を抱いたまま危なげない足取りで、ユーマは大股で階段を上がり二階の杏の部屋に着いた。

 部屋の中に入ると、ユーマは杏を天蓋付きの大きなベッドにそっと横たえた。靴を履いている足は外に出している。
「杏は元々私の性奴隷としてここに来たのだ。杏は私のものだ、誰にも渡さない」
 杏の靴を両方脱がせ終えたユーマは、杏の足をベッドの上に乗せて、自身もベッドに乗り上げた。
「ユーマ様、落ち着いてください」
 杏はユーマを嫌ってはいない。むしろ好ましいと思っている。愛していると言われてとてもうれしいい。しかし、あまりに早い展開に処女を捧げる覚悟ができないでいた。

「もう泣いても止めてやれない」
 杏は作業がしやすいように、使用人が着るような前開きの簡単なワンピースを身に付けていた。
 ボタンを外す時間ももったいないというように、ユーマがワンピースに手かけてひっぱると、ボタンが数個飛んでいった。
 興奮したユーマの息が荒い。杏は事態についていけず呆然としていると、ユーマは杏がワンピースの下につけていたゆったりとしたブラジャーをたくし上げた。

 杏の豊満な白い乳房が露わになる。ユーマは引き寄せられるように、黒い手袋をはめた手に余るほどの乳房を掴んだ。

 恥ずかしさと急に与えられた刺激に驚いた杏は、ユーマの手を止めたくて両手で掴もうとした。ユーマは杏の両手首を重ねて、片手で杏の頭の上で拘束する。杏の力ではとても拘束を解くことはできない。

 ユーマの手が杏の乳房に置かれ、その柔らかさを堪能するように揉みしだく。
「アン、とても綺麗だ。女の肌はこんなにも柔らかいものなのか」
 まるで熱にうかされたようにユーマが呟く。顔は黒い布に覆われて見えないが、声にははっきりと欲が含まれていた。

 杏はユーマに好意を抱いているが、心の準備もできないままに押し倒されて、無理やり胸を晒され強く揉まれている状態に恐怖を感じてしまう。
「ユーマ様、怖いよ」
 杏の体が震えていることは、手袋越しに触れているユーマにも感じ取れた。杏の目からは涙が流れて頬を伝う。


 ユーマの動きが止まった。しばらくして杏の手首を拘束していた手が外れ、胸に置かれていた手も退けられた。
 ユーマが方で大きく息をしている。初めて触れた女体への欲望を必死で逃そうとしていた。


「すまない。許されないことをしてしまった」
 やっと落ち着いたユーマは、頭を抱えて床に座り込んでしまった。
 杏は上半身を起こし、ブラジャーを直してワンピースの前を合わせた、ボタンが飛んでいるので手で抑えておかなければ、豊満な胸が飛び出しそうになる。

「ユーマ様、何があったのですか?」
 差し入れ物資を受け取りに行ってから、ユーマの様子が明らかにおかしかったと杏は思う。何かがあったとしか思えない。
「杏は違う世界から預かった大切な女性で、禁戒の森への不法侵入者ではないと判明した。杏はここから出ても殺されることはない。明日、陛下が杏を迎えに来るらしい。私は杏に側にいてほしかった。だから、迎えが来る前に自分のものにしてしまおうと思ってしまった。杏の意志も確かめずに」
 ユーマは幾多のものを諦めて生きてきた。だから、杏を諦めることもできると言い聞かせていた。

 しかし、杏と暮らした二ヶ月の日々は、ユーマにとってあまりにも幸せすぎた。
 森で果物を採ってくると、杏は嬉しそうに笑い、夜には美味しいデザートになっていた。
 魚は捌けるが、獣や鳥の解体は苦手な杏のために、ユーマが塊肉に切り分け熟成させておくと、絶品のシチューやステーキになって食卓に出てくる。
 このような所に押し込められるという辛い目に遭っているはずなのに、杏はいつも幸せそうに笑っていた。その笑顔を見るたびにユーマも幸せを感じていた。


 その杏の笑顔を自分の欲望のために壊そうとしたと、ユーマは後悔の念を禁じ得ない。
 それでも、ユーマの熱は冷めきらず、下半身は痛いほどに滾っている。
 こんなところを杏に見られてしまったら軽蔑されるだろうから、ゆったりとした布を全身にかぶっていて本当に良かったとユーマは思ったが、今までの行いでも十分に軽蔑されるだろうことに思い至り、再び頭を抱えてしまった。

「王様が私に何の用なのですか?」
 王だって忙しいだろうに、なぜ迎えに来るのだろうと杏は不思議に思う。
 この世界のことをあまり知らない杏だったが、為政者が暇とは考えられない。
「花嫁衣装の採寸だそうだ」
 ベッドの横に蹲ったままユーマが答える。その答えに杏は驚く。
「なぜ花嫁衣装を?」
「杏は美しいから、誰かの花嫁にしようとしているのだと思う」
 ユーマは口にするのも辛かった。杏が誰かの花嫁にされるぐらいなら、身を斬られた方がましかもしれないとユーマは思う。

「私は嫌です! 知らない人と結婚するなんて」
 知らない誰かに体を触れられると考えるだけで、杏は不快で鳥肌が立ちそうだった。そして、ユーマに触れられたことは、驚いて怖かったけれど不快ではなかった。杏ははっきりとユーマへの愛情を自覚した。

「杏は大切な預かり人だと言っていた。変な男には嫁がせないだろう。近衛騎士は見目のいい男ばかりだ。杏を不幸にするような男はいない」
『自分と違って』その言葉をユーマはどうしても続けることはできなかった。できることならば杏を自分の手で幸せにしたい。しかし、呪いを受けた身ではそれも叶わない。
 どんなに辛くても、杏をここから出してやるのが一番の愛情に違いないとユーマは思う。しかし、ユーマの体も心も杏を求めて止まない。
 再び、杏を犯してでもここに留め置こうかとの暗い思いがユーマの胸をよぎる。
 それを振り払うようにユーマは頭を振った。

「あんな人たちは嫌。私はどこにもいかない。ここにいたいの。ユーマ様のお嫁さんになりたいけれど、それが無理なら、性奴隷でもいいからここにいさせて」
 杏が会った近衛騎士は、漫画みたいな体形をしていて、剣を突きつけけてくるような乱暴な人たちばかりだった。とても結婚相手として見ることはできない。
 中には美形の近衛騎士がいるのかもしれないが、そんな人よりどれほど醜くてもユーマがいいと杏は思う。
 しかし、ユーマは王子である。庶民の杏とは結婚できないかもしれない。杏は恥ずかしさを堪えてユーマに性奴隷にしてくれと願った。

 突然見知らぬ世界に連れてこられて、殺されそうになるという理不尽な目に遭ってしまった杏は、不安で怖くてどうしようもなかった。
 ユーマが側にいたから生きていられた。
 ユーマが美味しかったと言ってくれるから、毎日食事と菓子を作ることだけを考えていれば良かった。
 


「本当に私の花嫁になってくれるのか? 私は呪いを受けて誰よりも醜い。この場所を出ていくことも叶わない。アンを幸せにはできない。それでも側にいてくれるのだろうか?」
 顔を上げたユーマの声は、期待と不安で揺れていた。
「私をお嫁さんにしてくれるのですか?」
 杏の声も期待と羞恥で震えている。
「本当に私で良いのか?」
 ユーマがためらいながらそう問うと、
「はい。ユーマ様が良いのです」
 小さな声で、しかし、はっきりと杏が答えた。


「まるで夢のようだ。確実に杏と結婚できるように、できるならば今日中に杏を抱いてしまいたい。しかし、私は醜く体や顔を杏に見られたくはない。嫌われてしまうのが怖い」
「私はユーマ様がどんな姿をしていてもお慕いしています。でも姿を見られたくないなら、これで私の目を隠してください」
 杏が差し出したのはワンピースの腰に巻いていたサッシュだった。
 杏はユーマに抱かれる覚悟ができた気がした。
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