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SS:偉大な将軍の初恋
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きらびやかなダンスホールに着飾った若い男女が集っている。
四年に渡るカラタユートとの戦争が完全勝利で終結して、王都にも華やぎが戻ってきた。そして、それまで自粛されていた婚約者探しを兼ねた夜会が王宮で開催されているのだ。
楽しそうにダンスを踊ったり談笑する若者たちを眺めて、将軍であるディルクはこれが望んだ結果だと満足していた。
前将軍が謀殺された時にはカラタユートに攻め込まれたが、ディルクの活躍もあり王都には近づけさせなかった。
地方に領地を持つ貴族たちは、縁続きの女性や少年を王都の屋敷に住まわせ血を守ろうとしたので、この夜会の参加者の多くは、戦争があったことは知っていても、実際の戦争というものを知らない。だから、このように屈託もなく楽しそうの笑っていられる。彼らの笑顔を守ることができてディルクは誇りに思う。
しかし、目の前の令嬢は明らかにディルクを侮蔑の目で見ていた。長き時を戦場で過ごしてきた若き将軍は、社交界での流行の話題も知らず、令嬢が気に入る気の利いた褒め言葉も言えない。彼は夜会の雰囲気に乗り切れずただ佇んでいるだけだった。
これほど大柄でなければ目立たなかったのかもしれないが、ディルクの身長は参加者の中でも群を抜いて高い。筋肉質の立派な体躯と優しそうな柔和な顔との落差とも相まって、どうしても注目を浴びてしまう。
ディルクは盛大にため息をついた。国を救った英雄だと感謝して欲しかったわけではない。褒めて欲しいとも思わない。
ブランデスを守り戦いうことは、ハルフォーフ家当主であるディルクにとっては使命に他ならない。ただ粛々と任務をこなしただけだ。社交界に疎くなったことにも後悔はない。
貴族である限り血をつなげなくてはならないことは重々承知しているディルクであるが、せめて、結婚相手は顔に侮蔑の色を浮かべない令嬢がいいと思っていた。
ディルクは両親のことを想う。二人は戦場で共に戦い抜き、前将軍が死んだ時には亡骸に縋って涙を見せた母親。それは、ディルクが始めて見た母の涙だった。
ディルクは自分が死んだ時は妻に悲しんで欲しいと思う。それが、彼のただ一つの望みだった。
ある日王に呼ばれたディルクは、遠くの小国より第二王子と婚約者の公爵令嬢が使節として訪れると知らされた。
戦争に完全勝利したブランデスへ忠誠心を見せるため、祝いと称して周辺諸国から度々使節が訪れていた。その度、青碧の甲冑をまとったディルクとそれぞれの色の甲冑を身に着けた精鋭部隊五十名が、国境まで迎えに行くのが慣例となっていた。それは、大国ブランデスの守護神と呼ばれるディルクを見せつけ、国の威信を高めるとともに、賓客相手に鎧を脱がないような不敬な態度をとることで国の上下関係を知らしめるためだった。
国境近くの町で待機していた第二王子と公爵令嬢リーゼを迎えに行ったディルクは、リーゼの美しさに心奪われた。
「ハルフォーフ将軍閣下。サンティニ公爵が娘リーゼにこざいます。この度は憎きカラタユートに勝利されたことをお祝い申し上げます。そして、我が国をも守っていただいたことを感謝いたします。我が国が戦禍に遭わなかったのは偏に閣下のお陰にございます」
リーゼの美しい声で紡がれる言葉に、ディルクの心が躍った。
褒められたかったわけではない。感謝されることを求めてもいなかった。それでも、リーゼの言葉は心を殺して戦い続けた彼の心を再生していくようだった。
リーゼは国のために職業訓練所を視察したいと求めてきた。ディルクは自ら案内役を買って出た。その度に丁寧に礼を言われるのがディルクは嬉しかった。自然とまなじりが下がる。しかし、第二王子に憎しみの込もった目で見つめられ、ディルクはリーゼが彼の婚約者であることを思い出すのだ。
ディルクはこうして初めての恋を経験した。しかし、自覚した途端に破れる恋でもあった。リーゼや第二王子はおろか国王や家族にさえも悟られるわけにはいかない。大国の英雄であるディルクが望めば、リーゼの意思を無視して差し出されてしまうだろうから。
リーゼの笑顔を見たいと思いながら、これ以上彼女と触れあえば忘れられなくなってしまうのではないかと恐れるディルク。
そんな悶々とした日々が二十日間ほど過ぎ、リーゼが帰国する時が来た。
いつものように青碧の甲冑をまとったディルクに国境の町まで送られたリーゼは、最後の挨拶をする。
「私たちのような小国の使節にも、これほど親切にしていただいて、本当にありがとうございました。このご恩は忘れません。御国で教わった制度を必ずや我が国で活かしてみせます」
リーゼは右手を差し出した。ディルクは籠手を付けた己の右手を見て躊躇う。籠手を取り去り直にリーゼの手に触れたいと狂おしいまでに願ってしまうが、もしリーゼの手の温もりを感じてしまうと、もう諦めることができないのではないかと恐れた。
結局ディルクは籠手を付けたままリーゼの手に軽く触れ、目だけを出した甲をかぶった顔を近付けて口づけを落とす真似をする。ディルクはリーゼの顔に不快の色がないことに安心した。
「気をつけて帰られよ」
ディルクはそう言うのが精一杯であった。気が利いた別れの言葉も言えない己の不甲斐なさに情けなくなる。
「お気遣いありがとうございます。再び会えることを楽しみにしております」
リーゼは笑顔でディルクに挨拶をして、第二王子にエスコートされて馬車へと消えていった。
もしリーゼと再開することがあるのならば、彼女は人妻になっているとディルクは切なそうな眼差しでその馬車を見送った。
四年に渡るカラタユートとの戦争が完全勝利で終結して、王都にも華やぎが戻ってきた。そして、それまで自粛されていた婚約者探しを兼ねた夜会が王宮で開催されているのだ。
楽しそうにダンスを踊ったり談笑する若者たちを眺めて、将軍であるディルクはこれが望んだ結果だと満足していた。
前将軍が謀殺された時にはカラタユートに攻め込まれたが、ディルクの活躍もあり王都には近づけさせなかった。
地方に領地を持つ貴族たちは、縁続きの女性や少年を王都の屋敷に住まわせ血を守ろうとしたので、この夜会の参加者の多くは、戦争があったことは知っていても、実際の戦争というものを知らない。だから、このように屈託もなく楽しそうの笑っていられる。彼らの笑顔を守ることができてディルクは誇りに思う。
しかし、目の前の令嬢は明らかにディルクを侮蔑の目で見ていた。長き時を戦場で過ごしてきた若き将軍は、社交界での流行の話題も知らず、令嬢が気に入る気の利いた褒め言葉も言えない。彼は夜会の雰囲気に乗り切れずただ佇んでいるだけだった。
これほど大柄でなければ目立たなかったのかもしれないが、ディルクの身長は参加者の中でも群を抜いて高い。筋肉質の立派な体躯と優しそうな柔和な顔との落差とも相まって、どうしても注目を浴びてしまう。
ディルクは盛大にため息をついた。国を救った英雄だと感謝して欲しかったわけではない。褒めて欲しいとも思わない。
ブランデスを守り戦いうことは、ハルフォーフ家当主であるディルクにとっては使命に他ならない。ただ粛々と任務をこなしただけだ。社交界に疎くなったことにも後悔はない。
貴族である限り血をつなげなくてはならないことは重々承知しているディルクであるが、せめて、結婚相手は顔に侮蔑の色を浮かべない令嬢がいいと思っていた。
ディルクは両親のことを想う。二人は戦場で共に戦い抜き、前将軍が死んだ時には亡骸に縋って涙を見せた母親。それは、ディルクが始めて見た母の涙だった。
ディルクは自分が死んだ時は妻に悲しんで欲しいと思う。それが、彼のただ一つの望みだった。
ある日王に呼ばれたディルクは、遠くの小国より第二王子と婚約者の公爵令嬢が使節として訪れると知らされた。
戦争に完全勝利したブランデスへ忠誠心を見せるため、祝いと称して周辺諸国から度々使節が訪れていた。その度、青碧の甲冑をまとったディルクとそれぞれの色の甲冑を身に着けた精鋭部隊五十名が、国境まで迎えに行くのが慣例となっていた。それは、大国ブランデスの守護神と呼ばれるディルクを見せつけ、国の威信を高めるとともに、賓客相手に鎧を脱がないような不敬な態度をとることで国の上下関係を知らしめるためだった。
国境近くの町で待機していた第二王子と公爵令嬢リーゼを迎えに行ったディルクは、リーゼの美しさに心奪われた。
「ハルフォーフ将軍閣下。サンティニ公爵が娘リーゼにこざいます。この度は憎きカラタユートに勝利されたことをお祝い申し上げます。そして、我が国をも守っていただいたことを感謝いたします。我が国が戦禍に遭わなかったのは偏に閣下のお陰にございます」
リーゼの美しい声で紡がれる言葉に、ディルクの心が躍った。
褒められたかったわけではない。感謝されることを求めてもいなかった。それでも、リーゼの言葉は心を殺して戦い続けた彼の心を再生していくようだった。
リーゼは国のために職業訓練所を視察したいと求めてきた。ディルクは自ら案内役を買って出た。その度に丁寧に礼を言われるのがディルクは嬉しかった。自然とまなじりが下がる。しかし、第二王子に憎しみの込もった目で見つめられ、ディルクはリーゼが彼の婚約者であることを思い出すのだ。
ディルクはこうして初めての恋を経験した。しかし、自覚した途端に破れる恋でもあった。リーゼや第二王子はおろか国王や家族にさえも悟られるわけにはいかない。大国の英雄であるディルクが望めば、リーゼの意思を無視して差し出されてしまうだろうから。
リーゼの笑顔を見たいと思いながら、これ以上彼女と触れあえば忘れられなくなってしまうのではないかと恐れるディルク。
そんな悶々とした日々が二十日間ほど過ぎ、リーゼが帰国する時が来た。
いつものように青碧の甲冑をまとったディルクに国境の町まで送られたリーゼは、最後の挨拶をする。
「私たちのような小国の使節にも、これほど親切にしていただいて、本当にありがとうございました。このご恩は忘れません。御国で教わった制度を必ずや我が国で活かしてみせます」
リーゼは右手を差し出した。ディルクは籠手を付けた己の右手を見て躊躇う。籠手を取り去り直にリーゼの手に触れたいと狂おしいまでに願ってしまうが、もしリーゼの手の温もりを感じてしまうと、もう諦めることができないのではないかと恐れた。
結局ディルクは籠手を付けたままリーゼの手に軽く触れ、目だけを出した甲をかぶった顔を近付けて口づけを落とす真似をする。ディルクはリーゼの顔に不快の色がないことに安心した。
「気をつけて帰られよ」
ディルクはそう言うのが精一杯であった。気が利いた別れの言葉も言えない己の不甲斐なさに情けなくなる。
「お気遣いありがとうございます。再び会えることを楽しみにしております」
リーゼは笑顔でディルクに挨拶をして、第二王子にエスコートされて馬車へと消えていった。
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