牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈

文字の大きさ
上 下
34 / 52

34.

しおりを挟む
「本当に青碧の闘神、ハルフォーフ将軍様ですか?」
 平時のディルクは穏やかな青年である。そんなディルクをアリーセは不思議そうに見ている。
「それ、ちょっと恥ずかしいから」
 顔を赤くして俯くディルクを見て、救国の武神、大陸最強の生ける伝説、数千の敵兵をたった一人で葬った破壊神、リーナの頭の中にあったそんな英雄像が飛んでいってしまった。

「本当に申し訳ありません。バルコニーで抱き合ったいるリーナお嬢様とディルク様を見て、お二人は秘密の恋人だと思ってしまったものですから」
 そんなアリーセの告白を聞いて、アルノルトの眉が上がる。
「ディルク! リーナは私の大切な義妹なんだ。まだ婚約もしていないうちから気安く触れないでもらいたい」
 アルノルトが不機嫌そうにディルクを睨むと、ディルクは不服そうに睨み返えすが、正式にリーナの養父と認められたエックハルトに報告されると、婚約を反対される可能性があり抗議できないでいた。

「私は抱き合うお二人を二回見ました」
 微妙な空気を破りアリーセが嬉しそうにアルノルトに報告すると、
「アリーセ、もうそれぐらいで勘弁してもらえないかしら」
 真っ赤になったリーナが恥ずかしそうにアリーセを止めている。その様子も可愛らしいとディルクは見惚れていた。
「アリーセ、主人の秘密は軽々しく喋ってはいけないよ。これから侍女としてリーナの側に仕えるのだから、肝に命じておくんだ。リーナは友達でも姉でもなく、主人だからね」
 アルノルトは妹のように思っているアリーセに言い聞かせた。
「申し訳ありません」
 アルノルトに叱られて顔を青くしてリーナに謝るアリーセ。

「でもね、婚約するまではディルクとリーナが二人きりで逢っていたら僕に報告するんだ。できれば阻止してほしい」
 結婚するまではリーナはハルフォーフ家の客人であり、アリーセはリーナの実家になるウェイランド伯爵家の侍女なのだ。アルノルトの命令に従うのは当然だ。
「お任せください、アルノルト様。たとえ相手が青碧の闘神であったとしても、絶対にリーナお嬢様には近寄らせません!」
 アリーセが拳を掲げてそう言うと、ディルクは困ったように眉を寄せた。


「リーナ、僕は前シュニッツラー侯爵捕縛のためシュニッツラー領へと赴かなければならない。しばらく留守にするけれど、残党が王都へ侵入する恐れがあるから、ここに滞在して欲しい。王都で一番安全な場所だと思うから」
 リーナと離れるのは心残りだが、前シュニッツラー侯爵の問題を片付けなければ、途中でシュニッツラー領を通らなければならないエックハルトが王都へ出てこられない。エックハルトが王都に来なければリーナとの婚約が整わないので、将軍自ら前シュニッツラー侯爵捕縛に行くことを決めたのだ。
「あの…… シュニッツラー侯爵の令息はどうなるのでしょう?」
 国を売る行為が重罪であることをリーナは理解していた。それを知りながら婿に収まり、発覚しそうになると部下を長期に渡って監禁し、あまっさえ、親を脅して養女を愛人に寄越せと言うような男に情けをかけるつもりもない。
 しかし、まだ十歳の一人息子のことは哀れだとリーナは思う。

「大丈夫だよ。僕が命をかけて守ったこの国は、罪なき幼子の命を奪うようなことはしない。でも、彼が侯爵位を継ぐことは永遠にないだろう」
 ディルクもできることならば穏便に済ませたいと思うが、国の治安を担う将軍として見過ごすわけにはいかなかった。

「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「すぐに済ませて帰ってくるから待っていて。義兄のアルノルトさんや僕の弟たちにも不用意に近付いてはいけないよ」
 リーナは笑ってディルクの言葉を聞いていたが、
「お任せください、ディルク様。リーナお嬢様には伝説の武神といえども近寄らせませんので、ご安心ください」
 再びアリーセが拳を掲げた。父親のエドガーが護衛術を教え込んでいたので、彼女はアルノルトぐらいならば撃退できる自信はある。
「それ、僕のことだから……」
 リーナとの間に立ちはだかるおさげ姿のアリーセを見て、ディルクはため息をついていた。


 こうしてディルクはシュニッツラー領へ出立することになった。
 使用人部屋で過ごしていたエドガーは、ディルクが呼んでいると馬丁に伝えられたので庭に向かった。
「少々用事を済ませてから、大叔父上を迎えに上がるので、先に領地に戻って欲しい。アリーセはリーナの侍女として我が屋敷に滞在してもらうこととなった」
 エドガーは馬上のディルクからそう命じられる。
 青碧の鎧を身にまとったディルクと後ろに控える精鋭部隊数十人を見て、エドガーが腰を抜かしそうになったのは無理もないことである。

 
 シュニッツラー領では警備隊の抵抗に遭うと思ったが、青碧の鎧の効果は絶大であった。国を救った伝説の闘神に抵抗する者はなく、前シュニッツラー侯爵の住まう屋敷にはすぐにたどり着いた。
 その屋敷は思った以上に荒れており、ルドルフに軟禁状態にされていた前シュニッツラー侯爵はあっさりとディルクの縄についた。
 前シュニッツラー侯爵とルドルフの陰謀は白日の下にさらされ、王都で裁かれた後死刑となった。
 ルドルフの妻と子は身分を剥奪されて修道院へと入れられた。まだ十歳の息子は十五歳になれば平民として独り立ちする予定である。

 
 財務局の新しい局長となるのはウェイランド伯爵。侯爵位に格上げになり五侯爵家に含まれる予定である。次弟が婿に行っているので、アルノルトが子爵位を賜り補佐官になることも決まった。
 とても栄誉なことであるが、アルノルトはさぼることができなくなるので、それを聞いた途端に顔をしかめていたが、リーナに怠けることを責められたこともあり、真面目に勤めようと心を入れ替えていた。
 シュニッツラー侯爵領は分割され侯爵五家に与えられることになった。一番大きいのはウェイランド侯爵領、次いでハルフォーフ侯爵領となったのは言うまでもない。


 こうして全ては終わった。ウェイランド邸では、侯爵となった祝いとリーナのお披露目のための舞踏会が大々的に開催されることになった。
しおりを挟む
感想 120

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまで~痩せたら死ぬと刷り込まれてました~

バナナマヨネーズ
恋愛
伯爵令嬢のアンリエットは、死なないために必死だった。 幼い頃、姉のジェシカに言われたのだ。 「アンリエット、よく聞いて。あなたは、普通の人よりも体の中のマナが少ないの。このままでは、すぐマナが枯渇して……。死んでしまうわ」 その言葉を信じたアンリエットは、日々死なないために努力を重ねた。 そんなある日のことだった。アンリエットは、とあるパーティーで国の英雄である将軍の気を引く行動を取ったのだ。 これは、デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまでの物語。 全14話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【完結】ふざけるのもいい加減にしてください。お金に困った婚約者が私を賭け事のチップの担保にしてました。

西東友一
恋愛
目が覚めると、私は椅子の上で縛られており、目の前には婚約者のカイジンがポーカーをしていた。 なんと、金に困った彼は私を賭けのチップにしていた。 相手はなんと…王子であるウィン王子だった。 ※※ 5/5に完成予定でしたが、5/8になりました。 ご容赦ください。

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

処理中です...