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「これは一般論だけどね。貴族女性が愛のない政略結婚をするのはそれほど珍しいことではない。家のためというのもあるが、何より、令嬢は庶民の生活など経験したことがないので、愛だけでは乗り越えられないことが多いからね。リーナも貴族令嬢。恋人と結ばれたからっといって幸せになるとは限らない」
年若いアリーセには納得できないのではないかと思いながら、アルノルトは妹のように思っている彼女に言い聞かせた。
「でも……」
アリーセが唇を噛んで俯く。リーナとディルクの抱擁を二度も見てしまったアリーセは、幸せそうな二人は結ばれるべきだと思ってしまった。身分差なんて愛があれば乗り越えられると考えている。
「しかし、彼は他の男を想っている女性と結婚するのには向いていない」
心優しいディルクはリーナに恋人がいるとわかったら、結婚を躊躇うだろうとアルノルトは感じていた。もし結婚後に知ってしまったら随分と苦しむのではないかとも思う。
「アリーセ、リーナに直接会って気持ちを確かめたい。部屋で会うのはまずいから、図書室に来てもらえるように伝えて。アリーセも一緒だぞ。二人きりで会っているとハルフォーフ将軍に誤解されたら命が危ないから」
普段は穏やかなディルクだからこそ言える冗談だったのだが、アリーセは強面のツェーザルがハルフォーフ将軍だと思っているので、やはりハルフォーフ将軍はそんなに怖い人物かと顔を青くした。
「アルノルトお義兄様がお話があるって? わかりました。図書室へ参りましょう」
リーナの部屋に戻ったアリーセがアルノルトの言葉を伝えると、リーナはにこやかに頷いた。
「場所を知っていますのでご案内します」
アリーセはリーナの結婚後はハルフォーフ邸に侍女として勤務する予定であったので、屋敷内は既に把握済みだった。
「ハルフォーフ家の図書室、アルノルトお義兄様が入り浸っていると聞いたので、小説も多数取り揃えているのでしょうね。とても楽しみだわ」
本当に嬉しそうなリーナは悲恋に悩んでいるようにはとても見えなかった。アリーセは不思議そうに横を歩いているリーナの横顔を見つめていた。
「アルノルトお義兄様、お話ってどのようなことでしょうか?」
屈託なく笑うリーナを見て、アルノルトもまたアリーセの言うことが真実であるのか疑問に思った。
「結婚のことだが、リーナは納得しているのだろうか? もし、リーナが助けられたからだとか、ウェイランド伯爵家のためなんて思っているのならば、結婚を取り止めもいいからね。そんなことで結婚を決めたりしたら、かえって彼を傷付けてしまううよ」
アルノルトの言葉にリーナは目を見開いた。
「私はハルフォーフ将軍の妻として相応しくないでしょうか?」
リーナの声は震えている。母国では公爵家の娘であったが、死んだことになっている今は身分など何もない。伝統ある大国ブランデスの侯爵の妻として相応しくないとリーナは感じている。従叔父としてアルノルトはリーナとディルクの結婚に反対しているのかと思ってしまった。
「そういう意味ではない」
落ち込んだ様子のリーナを見て、やはり何か誤解があるとアルノルトは感じていた。
「少しは動かないと歩けなくなってしまうとおっしゃって、アルノルト様は図書室へ行かれました」
十日以上も監禁されていたアルノルトを心配して部屋へ行ってみると留守だったので、ディルクはリーナの部屋を訪ねることにした。前シュニッツラー侯爵を捕縛するため、しばらく屋敷を留守にすることをリーナに伝えたいと思ったのだ。
「リーナ様はアリーセと共に図書室に行かれました」
リーナの部屋の前にいた侍女にそう言われて、ディルクの顔色が変わった。ヴァルターからリーナがアルノルトの残した暗号を解読したと聞いたディルクは、二人が同じ趣味を持っていて惹かれ合うのではないかと心配していたところだ。
「リーナ!」
大きな音がして図書室のドアが開き、叫びながらディルクが走ってきてリーナの前に跪いた。
「ディルク?」
リーナは壊れんばかりに開け放たれたドアといきなり現れたディルクにとても驚いていた。
「リーナ。僕はアルノルトさんのように文学の素養もない」
跪いたままリーナの手をとったディルクがそう言う。
「ディルクは国のために戦っていたのでしょう? 貴いことだと思うわ。少なくとも、国が戦争状態にあるのに本を読んでいて仕事を怠けるような人よりはとても立派よ」
ディルクはリーナにアルノルトより立派だと言われてとても嬉しい。アルノルトは居心地が悪そうに俯いた。
「僕はツェーザルのように威厳もない」
「ディルクに威厳は必要ないと思うわ」
ツェーザルはいい人だとは感じるが、やはり少し怖いとリーナは思ってしまう。体は大きいのに優しそうな雰囲気のディルクがリーナは大好きだった。暖かくて癒やされる感じがする。
「僕はリーナを愛する気持ちは誰にも負けない。一生大切にする。だから、僕を捨てないで」
椅子に座ったリーナより跪いたディルクの視線は少し低い。切なそうに見上げるディルクがとても愛しいとリーナは思う。
「私もディルクを愛する気持ちは誰にも負けないわ」
嬉しそうに見つめ合うディルクとリーナ。アルノルトは嫌そうに舌打ちをして、アリーセはうっとりとした目で二人を見ていた。
「司法局から前シュニッツラー侯爵の捕縛許可が下りました。シュニッツラー領へ出発の用意を!」
開け放たれた図書室でディルクの姿を見かけたツェーザルは、そう言いながら図書室の中に入り、見つめ合うリーナとディルクを見て落ち着かない様子で目を逸らした。
「お願いです。リーナお嬢様との結婚を諦めてください」
ツェーザルの前に手を広げて立ち塞がったアリーセは、頭を下げながらそう言った。
「はぁ?」
ツェーザルは意味がわからない。
「ツェーザル! どういうことだ」
いつの間にか立上がり剣を抜いたディルクは、ツェーザルの首筋に剣を当てていた。
「早すぎる!」
剣を抜く間もなく首を落とされそうになり焦るツェーザル。
「まさか、リーナに求婚をしたのか?」
「そ、そんなことはしていない!」
ディルクの問にツェーザルは首を振ろうとしたが、剣が当てられているので不動のまま答えた。
「ディルク、冗談でも弟に剣を突きつけるなんてよくないと思うわ」
リーナはディルクと母が度々剣を交えている場面に遭遇していたので、剣での勝負は家族団らんだと思っていた。
「だって、ツェーザルがリーナに求婚したって」
リーナによくないと言われたので、そそくさと剣を鞘に収めるディルク。
「そんな事実はないわ。アリーセの誤解ではないかしら」
リーナは首を傾げている。
「あの、ハルフォーフ将軍様ではないのでしょうか?」
事態についていけないアリーセだったが、リーナへの求婚を否定したツェーザルはハルフォーフ将軍ではないのではないかと気が付いた。
「ハルフォーフ将軍はこの男だ」
ツェーザルは射殺さんばかりに睨んでいるディルクを指さした。
「えー?」
アリーセが信じられないと言うようにディルクを見たが、その鋭い眼差しに恐れをなして一歩下がる。
「なるほど、全部アリーセの勘違いだったのか。アリーセの失態は私の責任だ。許してくれ」
体が弱かったアルノルトは十五歳まで領地に住んでいた。アリーセの母親はアルノルト付きの侍女であり、彼が十歳の時にアリーセを出産したものだから、可愛くて妹にように甘やかしてしまった。そのため、アリーセは主人との距離感がわからず出過ぎた真似をし、ディルクとツェーザルにもとても失礼な言動をとってしまった。彼女はリーナの侍女になる予定だったが、領地へ連れて帰った方がいいのかもしれないとアルノルトは思っていた。
年若いアリーセには納得できないのではないかと思いながら、アルノルトは妹のように思っている彼女に言い聞かせた。
「でも……」
アリーセが唇を噛んで俯く。リーナとディルクの抱擁を二度も見てしまったアリーセは、幸せそうな二人は結ばれるべきだと思ってしまった。身分差なんて愛があれば乗り越えられると考えている。
「しかし、彼は他の男を想っている女性と結婚するのには向いていない」
心優しいディルクはリーナに恋人がいるとわかったら、結婚を躊躇うだろうとアルノルトは感じていた。もし結婚後に知ってしまったら随分と苦しむのではないかとも思う。
「アリーセ、リーナに直接会って気持ちを確かめたい。部屋で会うのはまずいから、図書室に来てもらえるように伝えて。アリーセも一緒だぞ。二人きりで会っているとハルフォーフ将軍に誤解されたら命が危ないから」
普段は穏やかなディルクだからこそ言える冗談だったのだが、アリーセは強面のツェーザルがハルフォーフ将軍だと思っているので、やはりハルフォーフ将軍はそんなに怖い人物かと顔を青くした。
「アルノルトお義兄様がお話があるって? わかりました。図書室へ参りましょう」
リーナの部屋に戻ったアリーセがアルノルトの言葉を伝えると、リーナはにこやかに頷いた。
「場所を知っていますのでご案内します」
アリーセはリーナの結婚後はハルフォーフ邸に侍女として勤務する予定であったので、屋敷内は既に把握済みだった。
「ハルフォーフ家の図書室、アルノルトお義兄様が入り浸っていると聞いたので、小説も多数取り揃えているのでしょうね。とても楽しみだわ」
本当に嬉しそうなリーナは悲恋に悩んでいるようにはとても見えなかった。アリーセは不思議そうに横を歩いているリーナの横顔を見つめていた。
「アルノルトお義兄様、お話ってどのようなことでしょうか?」
屈託なく笑うリーナを見て、アルノルトもまたアリーセの言うことが真実であるのか疑問に思った。
「結婚のことだが、リーナは納得しているのだろうか? もし、リーナが助けられたからだとか、ウェイランド伯爵家のためなんて思っているのならば、結婚を取り止めもいいからね。そんなことで結婚を決めたりしたら、かえって彼を傷付けてしまううよ」
アルノルトの言葉にリーナは目を見開いた。
「私はハルフォーフ将軍の妻として相応しくないでしょうか?」
リーナの声は震えている。母国では公爵家の娘であったが、死んだことになっている今は身分など何もない。伝統ある大国ブランデスの侯爵の妻として相応しくないとリーナは感じている。従叔父としてアルノルトはリーナとディルクの結婚に反対しているのかと思ってしまった。
「そういう意味ではない」
落ち込んだ様子のリーナを見て、やはり何か誤解があるとアルノルトは感じていた。
「少しは動かないと歩けなくなってしまうとおっしゃって、アルノルト様は図書室へ行かれました」
十日以上も監禁されていたアルノルトを心配して部屋へ行ってみると留守だったので、ディルクはリーナの部屋を訪ねることにした。前シュニッツラー侯爵を捕縛するため、しばらく屋敷を留守にすることをリーナに伝えたいと思ったのだ。
「リーナ様はアリーセと共に図書室に行かれました」
リーナの部屋の前にいた侍女にそう言われて、ディルクの顔色が変わった。ヴァルターからリーナがアルノルトの残した暗号を解読したと聞いたディルクは、二人が同じ趣味を持っていて惹かれ合うのではないかと心配していたところだ。
「リーナ!」
大きな音がして図書室のドアが開き、叫びながらディルクが走ってきてリーナの前に跪いた。
「ディルク?」
リーナは壊れんばかりに開け放たれたドアといきなり現れたディルクにとても驚いていた。
「リーナ。僕はアルノルトさんのように文学の素養もない」
跪いたままリーナの手をとったディルクがそう言う。
「ディルクは国のために戦っていたのでしょう? 貴いことだと思うわ。少なくとも、国が戦争状態にあるのに本を読んでいて仕事を怠けるような人よりはとても立派よ」
ディルクはリーナにアルノルトより立派だと言われてとても嬉しい。アルノルトは居心地が悪そうに俯いた。
「僕はツェーザルのように威厳もない」
「ディルクに威厳は必要ないと思うわ」
ツェーザルはいい人だとは感じるが、やはり少し怖いとリーナは思ってしまう。体は大きいのに優しそうな雰囲気のディルクがリーナは大好きだった。暖かくて癒やされる感じがする。
「僕はリーナを愛する気持ちは誰にも負けない。一生大切にする。だから、僕を捨てないで」
椅子に座ったリーナより跪いたディルクの視線は少し低い。切なそうに見上げるディルクがとても愛しいとリーナは思う。
「私もディルクを愛する気持ちは誰にも負けないわ」
嬉しそうに見つめ合うディルクとリーナ。アルノルトは嫌そうに舌打ちをして、アリーセはうっとりとした目で二人を見ていた。
「司法局から前シュニッツラー侯爵の捕縛許可が下りました。シュニッツラー領へ出発の用意を!」
開け放たれた図書室でディルクの姿を見かけたツェーザルは、そう言いながら図書室の中に入り、見つめ合うリーナとディルクを見て落ち着かない様子で目を逸らした。
「お願いです。リーナお嬢様との結婚を諦めてください」
ツェーザルの前に手を広げて立ち塞がったアリーセは、頭を下げながらそう言った。
「はぁ?」
ツェーザルは意味がわからない。
「ツェーザル! どういうことだ」
いつの間にか立上がり剣を抜いたディルクは、ツェーザルの首筋に剣を当てていた。
「早すぎる!」
剣を抜く間もなく首を落とされそうになり焦るツェーザル。
「まさか、リーナに求婚をしたのか?」
「そ、そんなことはしていない!」
ディルクの問にツェーザルは首を振ろうとしたが、剣が当てられているので不動のまま答えた。
「ディルク、冗談でも弟に剣を突きつけるなんてよくないと思うわ」
リーナはディルクと母が度々剣を交えている場面に遭遇していたので、剣での勝負は家族団らんだと思っていた。
「だって、ツェーザルがリーナに求婚したって」
リーナによくないと言われたので、そそくさと剣を鞘に収めるディルク。
「そんな事実はないわ。アリーセの誤解ではないかしら」
リーナは首を傾げている。
「あの、ハルフォーフ将軍様ではないのでしょうか?」
事態についていけないアリーセだったが、リーナへの求婚を否定したツェーザルはハルフォーフ将軍ではないのではないかと気が付いた。
「ハルフォーフ将軍はこの男だ」
ツェーザルは射殺さんばかりに睨んでいるディルクを指さした。
「えー?」
アリーセが信じられないと言うようにディルクを見たが、その鋭い眼差しに恐れをなして一歩下がる。
「なるほど、全部アリーセの勘違いだったのか。アリーセの失態は私の責任だ。許してくれ」
体が弱かったアルノルトは十五歳まで領地に住んでいた。アリーセの母親はアルノルト付きの侍女であり、彼が十歳の時にアリーセを出産したものだから、可愛くて妹にように甘やかしてしまった。そのため、アリーセは主人との距離感がわからず出過ぎた真似をし、ディルクとツェーザルにもとても失礼な言動をとってしまった。彼女はリーナの侍女になる予定だったが、領地へ連れて帰った方がいいのかもしれないとアルノルトは思っていた。
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