牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈

文字の大きさ
上 下
21 / 52

21.

しおりを挟む
「旦那様、奥様、お嬢様。少し異変がありましたので、ディルクが確認に行っております。安全だと確認できるまで、念の為身を伏せていてくださいますか?」
 御者が後ろを振り向き馬車の小窓を開けて、不安を与えないよう穏やかに声をかけた。
「ディルクが? 大丈夫でしょうか?」
 ディルクが確認に行っているという御者の言葉に、リーナは不安を覚える。ディルクは武官なのでそれほど弱くはないだろうが、青碧の闘神の伝説は作られたものだと聞いていたので、強くもないだろうと思っていた。

「詳しいことはわかりませんが、とりあえず身を伏せていてください。ゆっくり走らせますが、一気に加速する場合もあると思いますので、そのお心づもりで」
 御者はそう言うと小窓を閉めた。御者の言葉に従い、前ウェイランド伯爵夫妻とリーナは頭を抱えて座席に下にうずくまった。

 エドガーは後ろを警戒していた。ディルクの聞いた蹄の音が本当ならば、囮の可能性もあり、後ろから襲撃される可能性があるからだ。
 幸か不幸か、かなり広い道は谷になっていて両脇はゆるやかな崖なので、横に逃げることはできないが横から襲われる心配もない。
 馬車はゆっくりと緩い坂道を登っていく。ディルクの乗った馬はかなり前に見えなくなっていた。

 エドガーの耳に剣戟の音が聞こえてきた。車輪近くに腰掛けている御者にはまだ届いていない。
 焦るエドガーだが、馬車を離れる訳にはいかない。あの柔和な青年が複数の襲撃者を相手にできるのか心配だったが、今は信じる他ないと馬車の後ろを守りながら進んでいく。

 急に剣戟の音が消えた。

 エドガーは片手で手綱を握り、ディルクが何人かは倒していることを祈りながらもう一方の手で剣を抜き放った。
 ディルクの死を無駄にしないと、エドガーは気合を入れる。前伯爵一家を守り切ることがディルクへの手向けだと誓う。

 しかし、角を曲がったエドガーの目に飛び込んできたのは、一人佇んでいるディルクだった。道端には五人の男たちが倒れている。
 信じられないものを見たように、目を見開くエドガー。御者も驚いている。

「殺してはいない。リーナ様の行く手をこのような男たちの血で汚したくはないから。しばらく起きないだろうけど」
 柔らかい表情で何事もなかったようにディルクは言った。
「五人の男を相手して、殺さずに全て倒したのか?」
 エドガーは大きく息を呑みこんだ。倒れている男たちは筋肉質の体をしており、それなりに剣を使い慣れているようだ。それを、短時間で全滅させた。殺そうと思えば容易かったはずだ。
「僕、結構強いんだ」
 全く強そうには見えないが、人は見かけによらないとエドガーは驚いた。

「ディルク! 無事なの?」
 馬車の外からディルクの声が聞こえてきたので、無事を祈り続けていたリーナが窓から顔を出した。
「僕は大丈夫だよ。心配かけてごめん」
 リーナが心配してくれたことが嬉しく、ディルクは微笑みながら頷いていた。

 
「リーナ、伏せて。後ろから馬が近づいて来ている。今度は十騎を超えている」
 緩んだ顔でリーナを見つめていたディルクが、再び険しい顔になり叫んだ。
「ディルク、迎え撃つぞ」
 エドガーにも馬が駆ける音が届いた。
 ディルクは馬に飛び乗り、馬車を守るようにエルガーの横に並んだ。

「安心しろ。あれはシュニッツラー侯爵領の警備兵だ。盗賊が出没するとの噂を聞きつけてやって来たんだろう」 
 騎馬の集団が見えてきた時、エドガーが叫んだ。

「無事ですか!」
 騎馬集団の先頭を走っていた隊長らしき男も叫んでいる。
「おお、俺たちは皆無事だ。盗賊は全てやっつけた。殺していないから捕まえてくれ」
 エドガーが近寄ってきた警備兵の隊長に経緯を説明してた。

 馬車からエックハルトが降りてくる。
「前ウェイランド伯爵ご夫妻とお嬢様でしたか。我々の警備が行き届かずご迷惑をおかいたしました」
 隊長は深々と頭を下げた。それをエックハルトは手で制する。
「こちらこそ、助けに来ていただいて感謝する」
 それを聞いて隊長が微笑んだ。
「それでは、こいつらのことは任せてください。旅のご無事を祈っております」
 エックハルトたちは警備兵に見送られて、再び谷の道を進みだした。
 その後ろを隊長は苦々しく顔を歪ませて見送っていた。



 警備兵の一人が気絶している盗賊の頭目を起こして、頬を何度も殴りつけて覚醒させた。
「護衛が二人しかいないのなら、襲撃は楽勝だったのではないのか?」
 隊長が冷たく言い放す。
「あんな化物がいるなんて聞いていない」
 襲撃の時のことを思い出したのか、恐怖に顔を青ざめた頭目はガタガタと歯を打ち鳴らしていた。

「殺れ」
 隊長は感情一つ動かすこともなく、部下にそう命じた。



「シュニッツラー侯爵閣下、作戦は失敗しました。あやつらは既にウェイランド伯爵領に入ったと思われます」
 馬を早駆けをして、シュニッツラー侯爵邸に戻った警備兵の隊長は、ルドルフに作戦失敗を報告していた。
 
 前シュニッツラー侯爵の娘であるルドルフの妻は気位が高く、子爵令息だったルドルフのことを下に見ていた。現在十歳になる息子を産むと、彼女はルドルフとの同衾を拒否。領地で気ままで贅沢な暮らしを満喫していた。
 いつもは財務局の局長として王都で暮らしているルドルフだが、元上司のエックハルトがシュニッツラー侯爵領へやって来るというので、領地へ戻ってきていたのだ。そこで、エックハルトの養女となったリーナを見てしまった。
『欲しい』
 細やかな気遣いができ、話題は豊富で立ち振舞も上品だった。何より美しいとルドルフは思った。

 策士の彼が考えた作戦は、盗賊に一行を襲わせ、護衛と前伯爵夫妻を殺害。そこを警備兵がやってきてリーナだけを助け出す。再び身寄りのなくなったリーナに恩を売り、王都で愛人にしようとしたのだ。
 ルドルフは口うるさく頑固なエックハルトが嫌いだった。シュニッツラー侯爵となり彼を部下にして溜飲を下げようと思っていたが、ルドルフが局長になる時にはエックハルトは引退していた。

『あの娘を遺してくれるのなら、手厚く弔ってやろうと思っていたのに』
 ルドルフはリーナを諦めてはいなかった。


***  
 二千十八年四月二十七日 鈴元 香奈 著
しおりを挟む
感想 120

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまで~痩せたら死ぬと刷り込まれてました~

バナナマヨネーズ
恋愛
伯爵令嬢のアンリエットは、死なないために必死だった。 幼い頃、姉のジェシカに言われたのだ。 「アンリエット、よく聞いて。あなたは、普通の人よりも体の中のマナが少ないの。このままでは、すぐマナが枯渇して……。死んでしまうわ」 その言葉を信じたアンリエットは、日々死なないために努力を重ねた。 そんなある日のことだった。アンリエットは、とあるパーティーで国の英雄である将軍の気を引く行動を取ったのだ。 これは、デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまでの物語。 全14話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【完結】ふざけるのもいい加減にしてください。お金に困った婚約者が私を賭け事のチップの担保にしてました。

西東友一
恋愛
目が覚めると、私は椅子の上で縛られており、目の前には婚約者のカイジンがポーカーをしていた。 なんと、金に困った彼は私を賭けのチップにしていた。 相手はなんと…王子であるウィン王子だった。 ※※ 5/5に完成予定でしたが、5/8になりました。 ご容赦ください。

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

処理中です...