16 / 52
16.
しおりを挟む
「マリオン! 何を言うんだ」
ディルクは可愛がっていた末の弟の暴挙に戸惑っていた。慕われていると思っていただけに驚きは大きい。
リーナは目を伏せる。マリオンの澄んだ青い目がリーナの嘘を暴いているように感じていた。
「マリオンはドレスを着る覚悟ができたのか? リーナ嬢が着ているドレスはもう小さすぎるから、新たに作らなければならないな」
三男のヴァルターは馬鹿にしたように弟のマリオンを見た。
「誰がっ! ドレスなんか着るか!」
真っすぐの金髪をなびかせながらヴァルターの方を見たマリオンは、天使のような可愛い顔に憤怒の表情を浮かべた。
「しかし、リーナ嬢は母上好みの可愛い女性だぞ。あのドレスも似合っているだろう? そのリーナ嬢を追い出せば、母はどうすると思う。兄上も怒るだろうから、今回は助けてくれないぞ」
ヴァルターの言葉にマリオンの顔が一気に青くなった。
可愛い女の子が欲しいという母親の願いを半分だけ叶えてマリオンは産まれてきた。まるで天使のように可愛い容姿だったのだ。しかし、残念なことに男の子である。
諦めきれない母親は可愛いマリオンにドレスを着せようとした。それを止めてくれたのが長男のディルクだった。
マリオンはそんな優しいディルクが大好きで、見知らぬ女に取られてしまうのが我慢できなかったのだ。
しかし、慕っている兄に嫌われるのも嫌だった。何より、母が笑いながら自分を見ている。これ以上反対すると身の危険すらあるとマリオンは震え上がった。
マリオンは諦めて大きな音を立てて椅子に座っる。
「僕だってすぐに大きくなって、ツェーザル兄様のように厳つい男になってみせる。ドレスなど金輪際着ないからな!」
「あ、あの」
事態が飲み込めず戸惑うリーナ。
「マリオンのことは気にしないでね。反抗期だから」
母がにっこりと笑った。
それからは何事もなく晩餐が進んでいく。
リーナの優雅な振る舞いは侯爵家の花嫁として十分な作法を身に着けていると、使用人も含めたハルフォーフ家の面々は認めていた。
「無理して食べなくていいから。ゆっくりとね」
「これはこのようにして食べるんだ」
甲斐甲斐しくリーナの面倒を見るディルクのことは、皆少し呆れながらも微笑ましいと思っていた。
リーナはディルクの優しさが心苦しかった。
「リーナ、食後に私の部屋に来てもらえるかしら。見せたいものがあるのよ」
母がリーナを誘うと、
「それなら、僕も一緒に行きます」
すかさずディルクが同行を申し出た。
「いいえ、リーナと二人きりで話したいから、ついてこないでね」
母は即座に断った。
「しかし……」
可愛いリーナを母が虐めるとは思えないが、やはりディルクは不安だった。
「私一人で大丈夫ですから」
リーナが長身の母にエスコートされるようにして食事室を後にするのを、ディルクは心配そうに見送っていた。
「ところで、マリオンは僕のことが嫌いなのか?」
慕われていると思っていたマリオンが結婚を反対したことに動揺を隠せないディルクだった。
「僕はディルク兄様のことが大好きだよ」
天使の微笑みをディルクに向けるマリオン。
「それならば、なぜリーナにあんなことを」
「それは、リーナが兄様との結婚が辛くて泣いていたと侍女が言っていたから。ディルク兄様ほど素晴らしい人はいないのに、兄様との結婚が辛いと言う女なんて認めないから。僕がドレスの似合わない容姿になったら追い出してやる」
マリオンの後半の言葉をディルクは聞いていなかった。リーナが結婚が辛くて泣いていたと言う言葉だけが耳に残る。
マリオンの言葉は正確ではなかった。侍女は母に『リーナ様は辛そうに泣いていた』と報告しただけだ。
「まさか、リーナ嬢の同意なしに連れてきたのですか?」
ヴァルターが呆れたようにディルクにそう聞いた。
「いや、同意はもらっている」
ディルクの声は自信なさげに小さい。
「助け出したことを恩に着せ、断れないようにして無理やり連れてきたのではないでしょうね」
強面のツェーザルは父とよく似て不正なことが大嫌いだった。そう問われたディルクは否定できない。あの状況でリーナに拒否できたか疑問だった。
「おのれ。それではまるっきりの悪役ではないか。兄上とは言え、そんなやつは私が成敗してやる。そして、リーナ嬢は私の花嫁になるのだ」
ツェーザルは既に剣の柄に手をかけている。ディルクとツェーザルは度々母の襲撃を受けていたので、家の中でも剣を常に身に付けていた。
「ツェーザルこそ、どさくさに紛れてリーナと結婚しようとは、何という姑息なやつ。返り討ちにしてやるわ」
ディルクも剣を抜こうとしている。一発触発の雰囲気だ。
「馬鹿な真似は止めてくださいね。剣を持って兄弟喧嘩するような物騒な人たちは、必ず女性に嫌われますからね。そうなれば、僕がリーナを娶ってもいいですが。兄上たちと違って僕は女性になれていますから、嫌われるようなことはしないですしね」
無骨な兄二人に代わって社交をこなしているヴァルターは、社交界で評判の貴公子だった。
ディルクとツェーザルは歯ぎしりをしながら睨み合っていた。
***
二千十八年四月二十二日 鈴元 香奈 著
ディルクは可愛がっていた末の弟の暴挙に戸惑っていた。慕われていると思っていただけに驚きは大きい。
リーナは目を伏せる。マリオンの澄んだ青い目がリーナの嘘を暴いているように感じていた。
「マリオンはドレスを着る覚悟ができたのか? リーナ嬢が着ているドレスはもう小さすぎるから、新たに作らなければならないな」
三男のヴァルターは馬鹿にしたように弟のマリオンを見た。
「誰がっ! ドレスなんか着るか!」
真っすぐの金髪をなびかせながらヴァルターの方を見たマリオンは、天使のような可愛い顔に憤怒の表情を浮かべた。
「しかし、リーナ嬢は母上好みの可愛い女性だぞ。あのドレスも似合っているだろう? そのリーナ嬢を追い出せば、母はどうすると思う。兄上も怒るだろうから、今回は助けてくれないぞ」
ヴァルターの言葉にマリオンの顔が一気に青くなった。
可愛い女の子が欲しいという母親の願いを半分だけ叶えてマリオンは産まれてきた。まるで天使のように可愛い容姿だったのだ。しかし、残念なことに男の子である。
諦めきれない母親は可愛いマリオンにドレスを着せようとした。それを止めてくれたのが長男のディルクだった。
マリオンはそんな優しいディルクが大好きで、見知らぬ女に取られてしまうのが我慢できなかったのだ。
しかし、慕っている兄に嫌われるのも嫌だった。何より、母が笑いながら自分を見ている。これ以上反対すると身の危険すらあるとマリオンは震え上がった。
マリオンは諦めて大きな音を立てて椅子に座っる。
「僕だってすぐに大きくなって、ツェーザル兄様のように厳つい男になってみせる。ドレスなど金輪際着ないからな!」
「あ、あの」
事態が飲み込めず戸惑うリーナ。
「マリオンのことは気にしないでね。反抗期だから」
母がにっこりと笑った。
それからは何事もなく晩餐が進んでいく。
リーナの優雅な振る舞いは侯爵家の花嫁として十分な作法を身に着けていると、使用人も含めたハルフォーフ家の面々は認めていた。
「無理して食べなくていいから。ゆっくりとね」
「これはこのようにして食べるんだ」
甲斐甲斐しくリーナの面倒を見るディルクのことは、皆少し呆れながらも微笑ましいと思っていた。
リーナはディルクの優しさが心苦しかった。
「リーナ、食後に私の部屋に来てもらえるかしら。見せたいものがあるのよ」
母がリーナを誘うと、
「それなら、僕も一緒に行きます」
すかさずディルクが同行を申し出た。
「いいえ、リーナと二人きりで話したいから、ついてこないでね」
母は即座に断った。
「しかし……」
可愛いリーナを母が虐めるとは思えないが、やはりディルクは不安だった。
「私一人で大丈夫ですから」
リーナが長身の母にエスコートされるようにして食事室を後にするのを、ディルクは心配そうに見送っていた。
「ところで、マリオンは僕のことが嫌いなのか?」
慕われていると思っていたマリオンが結婚を反対したことに動揺を隠せないディルクだった。
「僕はディルク兄様のことが大好きだよ」
天使の微笑みをディルクに向けるマリオン。
「それならば、なぜリーナにあんなことを」
「それは、リーナが兄様との結婚が辛くて泣いていたと侍女が言っていたから。ディルク兄様ほど素晴らしい人はいないのに、兄様との結婚が辛いと言う女なんて認めないから。僕がドレスの似合わない容姿になったら追い出してやる」
マリオンの後半の言葉をディルクは聞いていなかった。リーナが結婚が辛くて泣いていたと言う言葉だけが耳に残る。
マリオンの言葉は正確ではなかった。侍女は母に『リーナ様は辛そうに泣いていた』と報告しただけだ。
「まさか、リーナ嬢の同意なしに連れてきたのですか?」
ヴァルターが呆れたようにディルクにそう聞いた。
「いや、同意はもらっている」
ディルクの声は自信なさげに小さい。
「助け出したことを恩に着せ、断れないようにして無理やり連れてきたのではないでしょうね」
強面のツェーザルは父とよく似て不正なことが大嫌いだった。そう問われたディルクは否定できない。あの状況でリーナに拒否できたか疑問だった。
「おのれ。それではまるっきりの悪役ではないか。兄上とは言え、そんなやつは私が成敗してやる。そして、リーナ嬢は私の花嫁になるのだ」
ツェーザルは既に剣の柄に手をかけている。ディルクとツェーザルは度々母の襲撃を受けていたので、家の中でも剣を常に身に付けていた。
「ツェーザルこそ、どさくさに紛れてリーナと結婚しようとは、何という姑息なやつ。返り討ちにしてやるわ」
ディルクも剣を抜こうとしている。一発触発の雰囲気だ。
「馬鹿な真似は止めてくださいね。剣を持って兄弟喧嘩するような物騒な人たちは、必ず女性に嫌われますからね。そうなれば、僕がリーナを娶ってもいいですが。兄上たちと違って僕は女性になれていますから、嫌われるようなことはしないですしね」
無骨な兄二人に代わって社交をこなしているヴァルターは、社交界で評判の貴公子だった。
ディルクとツェーザルは歯ぎしりをしながら睨み合っていた。
***
二千十八年四月二十二日 鈴元 香奈 著
49
お気に入りに追加
3,231
あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています

デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまで~痩せたら死ぬと刷り込まれてました~
バナナマヨネーズ
恋愛
伯爵令嬢のアンリエットは、死なないために必死だった。
幼い頃、姉のジェシカに言われたのだ。
「アンリエット、よく聞いて。あなたは、普通の人よりも体の中のマナが少ないの。このままでは、すぐマナが枯渇して……。死んでしまうわ」
その言葉を信じたアンリエットは、日々死なないために努力を重ねた。
そんなある日のことだった。アンリエットは、とあるパーティーで国の英雄である将軍の気を引く行動を取ったのだ。
これは、デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまでの物語。
全14話
※小説家になろう様にも掲載しています。
完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。
王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。
貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。
だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
【完結】ふざけるのもいい加減にしてください。お金に困った婚約者が私を賭け事のチップの担保にしてました。
西東友一
恋愛
目が覚めると、私は椅子の上で縛られており、目の前には婚約者のカイジンがポーカーをしていた。
なんと、金に困った彼は私を賭けのチップにしていた。
相手はなんと…王子であるウィン王子だった。
※※
5/5に完成予定でしたが、5/8になりました。
ご容赦ください。

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。
屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。)
私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。
婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。
レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。
一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。
話が弾み、つい地がでそうになるが…。
そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。
朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。
そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。
レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。
第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる