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4.英雄の苦悩
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正式な婚約は調っていないものの、フリクセル侯爵が婚約を打診したことで、オリヴェルはエリーサをエスコートして舞踏会へ参加したり、護衛も兼ねてエリーサの王都散策に付き合ったりすることをアルヴォネン公爵から許されていた。
エリーサは出会ってから一か月で婚約の打診が来たことに驚いてはいたが、悪い気はしていない。オリヴェルと一緒にいるのは楽しいと感じていた。
本日もオリヴェルの提案で王立植物園までやって来ていた。もちろん公爵家の侍女と護衛が同行しているので二人きりではないが、声が届かないほどの距離を空けているので、気兼ねなく会話を楽しむことができる。
王立植物園は平民でも入園できるので、園内はかなり混みあっていた。うららかな春の日。色とりどりの花を楽しむには最適の日和だ。
植物園の奥には大きな温室があり、貴重な外国の植物を多数展示している。そこだけは貴族とその同行者しか立ち入ることができない。オリヴェルは温室ならばゆっくりと花を楽しみながら散策できるのではないか考え、エリーサをそちらに案内することにした。
温室内は人影もまばらだった。確かに貴重な植物ばかりだが、毒々しい赤い色の大きな花や、木に寄生している小さな花。それに、悪臭を放っている花などが植えられていて、美しい花はとても少ない。そのため、本気で植物に興味を持っている者以外はあまり訪れない場所なのだが、オリヴェルはそんなことを知らなかった。
「申し訳ない。変な植物ばかりで楽しくないですよね」
兄のアーペリから新婚の時に義姉と一緒に行ったとことがあると聞いていただけで、事前の調査を怠ったオリヴェルの失態だ。
「いいえ、不思議な植物をたくさん見ることができてとても楽しいです。ほら、あちらの植物は虫を食べてしまうのですって。この世の中にはすごい植物があるのですね。オリヴェル様、このような素敵なところへ連れてきてくださって本当にありがとうございます」
エリーサから文句を言われるのではないかと恐れていたオリヴェルは、微笑みながら礼を言う彼女に驚く。そして、その笑顔に見とれてしまっていた。
「オリヴェル様、この植物は乾いた砂地でも育つことができるのですって。あちらには寒冷地帯でも実が成る木が植えられているわ。これらを領地に導入することができると、今まで作物が採れなかった地方でも食料を確保できるかもしれませんわね」
アルヴォネン公爵領は広大である。その多くは豊かな土地だが、不毛な地も存在していた。忙しい父や兄に代わって領地の運営を行っているのは母親で、エリーサも手伝っている。領民の食糧確保の重要性は叩き込まれていた。
「王宮植物園ですので、宰相閣下ならば植物の苗を手に入れることができると思いますが」
「そうですね。一度父に相談してみます。領民が喜んでくれると嬉しいのですけれど」
エリーサは信じられないほどわがままで贅沢を好む令嬢なので、王妃にすれば国は滅亡するとアーペリは言っていたが、その情報は間違っているとオリヴェルは確信した。今までエリーサはわがままなど一度も言ったことがない。それどころか、いつも領民のことを気にかけているような優しい令嬢である。民が収めた税を使って浪費などするはずもない。
しかし、真実をアーペリに告げるとこの任務は終わってしまう。それだけは嫌だ。できれば、このままエリーサと結婚して、彼女の笑顔を独占してしまいたい。そんなことをオリヴェルは考えていた。
植物園へ行って以来、オリヴェルはエリーサとの逢瀬が任務と思うことができなくなっていた。だからこそ、彼女と出会うと緊張して顔が強張ってしまう。それまですんなりと口にできていた美辞麗句も一言も出てこない。
そして、オリヴェルは今まで任務としてエリーサに会っていたことに強い罪悪感を持ってしまっていた。エリーサと対面すると、申し訳なさと気恥ずかしさで、思わず目を逸らしてしまう。
しかし、オリヴェルはエリーサに真実を打ち明けることもできないでいた。嫌われるのが怖かったのだ。勇猛果敢で名を馳せた英雄だが、こと恋愛に関しては見習い騎士よりも劣っている。
そんな風にオリヴェルは思い悩んでいたが、兄や父、同僚にも話すことができず、追い詰められたオリヴェルが相談相手に選んだのは姪のマリアンネだった。
訓練を早めに終えて帰宅したオリヴェルは、軽々とマリアンネを抱き上げ侯爵邸の広い庭に出て散歩を始める。
出産が近づいてきた母親にあまり構ってもらえなくなり、寂しい思いをしていたマリアンネは、嫌がる様子も見せず叔父の愚痴を聞いてあげることにした。もちろん二歳児の彼女に内容が理解できるはずはないが、なぜか絶妙な相槌を打っている。
「マリアンネ。彼女が可愛すぎて、俺はどうしていいかわからない」
「おじちゃま、なんで?」
「微笑みかけられると、本当に胸が苦しくなるんだ」
「おむね、いたいの?」
「ああ。鼓動が激しすぎて張り裂けそうだ」
「だいじょうぶ?」
「あまり大丈夫じゃないかもしれない。夜もあまり眠ることができないし、訓練にも身が入らない。それに俺は本当のことを言えないでいる。不実で駄目な男なんだ」
「おじちゃま、わるいこ」
「そうだな」
これが救国の英雄だと思うとあまりに情けないが、幸いマリアンネ以外に聞いている者はいない。
エリーサは出会ってから一か月で婚約の打診が来たことに驚いてはいたが、悪い気はしていない。オリヴェルと一緒にいるのは楽しいと感じていた。
本日もオリヴェルの提案で王立植物園までやって来ていた。もちろん公爵家の侍女と護衛が同行しているので二人きりではないが、声が届かないほどの距離を空けているので、気兼ねなく会話を楽しむことができる。
王立植物園は平民でも入園できるので、園内はかなり混みあっていた。うららかな春の日。色とりどりの花を楽しむには最適の日和だ。
植物園の奥には大きな温室があり、貴重な外国の植物を多数展示している。そこだけは貴族とその同行者しか立ち入ることができない。オリヴェルは温室ならばゆっくりと花を楽しみながら散策できるのではないか考え、エリーサをそちらに案内することにした。
温室内は人影もまばらだった。確かに貴重な植物ばかりだが、毒々しい赤い色の大きな花や、木に寄生している小さな花。それに、悪臭を放っている花などが植えられていて、美しい花はとても少ない。そのため、本気で植物に興味を持っている者以外はあまり訪れない場所なのだが、オリヴェルはそんなことを知らなかった。
「申し訳ない。変な植物ばかりで楽しくないですよね」
兄のアーペリから新婚の時に義姉と一緒に行ったとことがあると聞いていただけで、事前の調査を怠ったオリヴェルの失態だ。
「いいえ、不思議な植物をたくさん見ることができてとても楽しいです。ほら、あちらの植物は虫を食べてしまうのですって。この世の中にはすごい植物があるのですね。オリヴェル様、このような素敵なところへ連れてきてくださって本当にありがとうございます」
エリーサから文句を言われるのではないかと恐れていたオリヴェルは、微笑みながら礼を言う彼女に驚く。そして、その笑顔に見とれてしまっていた。
「オリヴェル様、この植物は乾いた砂地でも育つことができるのですって。あちらには寒冷地帯でも実が成る木が植えられているわ。これらを領地に導入することができると、今まで作物が採れなかった地方でも食料を確保できるかもしれませんわね」
アルヴォネン公爵領は広大である。その多くは豊かな土地だが、不毛な地も存在していた。忙しい父や兄に代わって領地の運営を行っているのは母親で、エリーサも手伝っている。領民の食糧確保の重要性は叩き込まれていた。
「王宮植物園ですので、宰相閣下ならば植物の苗を手に入れることができると思いますが」
「そうですね。一度父に相談してみます。領民が喜んでくれると嬉しいのですけれど」
エリーサは信じられないほどわがままで贅沢を好む令嬢なので、王妃にすれば国は滅亡するとアーペリは言っていたが、その情報は間違っているとオリヴェルは確信した。今までエリーサはわがままなど一度も言ったことがない。それどころか、いつも領民のことを気にかけているような優しい令嬢である。民が収めた税を使って浪費などするはずもない。
しかし、真実をアーペリに告げるとこの任務は終わってしまう。それだけは嫌だ。できれば、このままエリーサと結婚して、彼女の笑顔を独占してしまいたい。そんなことをオリヴェルは考えていた。
植物園へ行って以来、オリヴェルはエリーサとの逢瀬が任務と思うことができなくなっていた。だからこそ、彼女と出会うと緊張して顔が強張ってしまう。それまですんなりと口にできていた美辞麗句も一言も出てこない。
そして、オリヴェルは今まで任務としてエリーサに会っていたことに強い罪悪感を持ってしまっていた。エリーサと対面すると、申し訳なさと気恥ずかしさで、思わず目を逸らしてしまう。
しかし、オリヴェルはエリーサに真実を打ち明けることもできないでいた。嫌われるのが怖かったのだ。勇猛果敢で名を馳せた英雄だが、こと恋愛に関しては見習い騎士よりも劣っている。
そんな風にオリヴェルは思い悩んでいたが、兄や父、同僚にも話すことができず、追い詰められたオリヴェルが相談相手に選んだのは姪のマリアンネだった。
訓練を早めに終えて帰宅したオリヴェルは、軽々とマリアンネを抱き上げ侯爵邸の広い庭に出て散歩を始める。
出産が近づいてきた母親にあまり構ってもらえなくなり、寂しい思いをしていたマリアンネは、嫌がる様子も見せず叔父の愚痴を聞いてあげることにした。もちろん二歳児の彼女に内容が理解できるはずはないが、なぜか絶妙な相槌を打っている。
「マリアンネ。彼女が可愛すぎて、俺はどうしていいかわからない」
「おじちゃま、なんで?」
「微笑みかけられると、本当に胸が苦しくなるんだ」
「おむね、いたいの?」
「ああ。鼓動が激しすぎて張り裂けそうだ」
「だいじょうぶ?」
「あまり大丈夫じゃないかもしれない。夜もあまり眠ることができないし、訓練にも身が入らない。それに俺は本当のことを言えないでいる。不実で駄目な男なんだ」
「おじちゃま、わるいこ」
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これが救国の英雄だと思うとあまりに情けないが、幸いマリアンネ以外に聞いている者はいない。
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