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SS:凪の父と家族
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「菜月の結婚資金だが、一千万円ほど使わせてもらえないだろうか?」
夕食後、凪の父である金子は自宅の居間で妻の雅代に頭を下げていた。娘の菜月は留学中で日本にいない。高校生の奏汰は塾からまだ帰っていなかった。
「馬鹿なことを言わないでください。あれは菜月のお金でしょう?」
雅代の声はかなりきつい。娘のために貯めた結婚資金を使いたいと言い出した金子のことを、雅代は信じられない思いで見ていた。
「凪が、前の妻との娘が結婚することになったんだ。今まで養育費も教育費も全く払っていなかったので、せめて結婚の時ぐらいは、恥ずかしくない支度をしてやりたい」
「お金をいらないと言ったのは向こうさんでしょう? 今更お金を要求してきたの?」
雅代の機嫌は段々と悪くなっていく。
「違うんだ。あの子はそんなことを言ってこない。俺が放置していたせいで凪は大学進学さえできず、十八歳から働いてとても苦労した。彼女が当然受け取るべき金を渡したいだけだ。菜月には十分金をかけたやっただろう。できれば留学を早めに切り上げてもらいたいんだが。奏汰もなるべく金のかからない大学を選んで欲しい」
菜月のたった半年間の留学のために、学費に加えて旅費と生活費で二百万円近い金額がかかった。五年前にその金を凪に渡すことができれば、凪は大学に進学できたのではないかと金子は残念に思う。
「何てことを言うのよ。菜月のお金に手を付けることは絶対に許さないわ。私は奏汰を連れて実家へ帰らせてもらいますから。子どもの教育費をケチるなんて最低! ちょっとは反省したら良いのよ」
「ま、待て」
大股で部屋を出ていこうとした雅代を引き止めようとした金子だが、雅代は振り向きもしない。
「あんな姑と今まで同居してあげたのに、この仕打なの! 姑と上手くいかず逃げ帰った前の妻との子の方が可愛いなんて信じられない」
「ち、違う。俺はは父親としての当然のことをしたいだけだ」
「もういい!」
雅代は居間を出ていき、思い切りドアを締めた。その音は夜の静けさの中思った以上に響き渡っていた。
しばらくしてドアの反対側のふすまが開く。そして、金子の母親である靖子が現れた。居間の隣は靖子の部屋になっていて、今のやり取りを全て聞いていた。
「相変わらずがさつな嫁だこと。しばらく頭を冷やしてもらった方がいいわね」
「母さん、そんなことを言うから上手いこといかないんだ。前の時だって」
凪の母親と靖子は全く気が合わず、金子が家に帰るといつも喧嘩をしていた。金子がそれが嫌で年若い部下の雅代に逃げていた。もし二人が仲良くしていたら凪の母親は出ていかなかったのではないかと金子は思う。
「前の嫁は、学歴もなく礼儀作法一つ教えられていなかったからね。私はあの嫁を追い出したことは後悔していないよ。でもね、孫に同じような思いをさせるつもりはなかった。なぜ教育費ぐらい出してやらなかったんだ。金がなかったのなら仕方がないが、菜月には湯水のように使っていたのに。高卒で就職する率は二十パーセントを切っているとテレビで言っていたよ。凪は婚家で辛い思いをするのではないか?」
「そうだな」
あの甲斐田の家で凪は幸せになれるのだろうか。金子はとても不安になる。
「これを凪に渡しなさい。逃げ出せる資金があるというだけで、随分と気が楽になると思うから」
靖子が差し出したのは預金通帳と印鑑だった。金子が中身を開けてみると一千万円ほどの残高がある。
「これは母さんの老後の資金じゃ?」
最近雅代ともめることが多くなってきた靖子は、貯めていた金で少し豪華な介護施設に入る算段をしていた。
「そのうち私の年金だけで入れる介護施設に行くよ。そうなれば金は必要ないから」
贅沢を言わなければ年金だけで入所できる施設はある。追い出した孫がこれから先辛い思いをするぐらいなら、死が近い自分が我慢した方がいいと靖子は思っている。
「母さん、ありがとう。凪に渡すことができるように連絡をとってみる」
内緒で凪に会えば甲斐田を怒らせることになるかもしれない。まずは甲斐田に連絡をしなければと思うと、金子は少し憂鬱になった。
夕食後、凪の父である金子は自宅の居間で妻の雅代に頭を下げていた。娘の菜月は留学中で日本にいない。高校生の奏汰は塾からまだ帰っていなかった。
「馬鹿なことを言わないでください。あれは菜月のお金でしょう?」
雅代の声はかなりきつい。娘のために貯めた結婚資金を使いたいと言い出した金子のことを、雅代は信じられない思いで見ていた。
「凪が、前の妻との娘が結婚することになったんだ。今まで養育費も教育費も全く払っていなかったので、せめて結婚の時ぐらいは、恥ずかしくない支度をしてやりたい」
「お金をいらないと言ったのは向こうさんでしょう? 今更お金を要求してきたの?」
雅代の機嫌は段々と悪くなっていく。
「違うんだ。あの子はそんなことを言ってこない。俺が放置していたせいで凪は大学進学さえできず、十八歳から働いてとても苦労した。彼女が当然受け取るべき金を渡したいだけだ。菜月には十分金をかけたやっただろう。できれば留学を早めに切り上げてもらいたいんだが。奏汰もなるべく金のかからない大学を選んで欲しい」
菜月のたった半年間の留学のために、学費に加えて旅費と生活費で二百万円近い金額がかかった。五年前にその金を凪に渡すことができれば、凪は大学に進学できたのではないかと金子は残念に思う。
「何てことを言うのよ。菜月のお金に手を付けることは絶対に許さないわ。私は奏汰を連れて実家へ帰らせてもらいますから。子どもの教育費をケチるなんて最低! ちょっとは反省したら良いのよ」
「ま、待て」
大股で部屋を出ていこうとした雅代を引き止めようとした金子だが、雅代は振り向きもしない。
「あんな姑と今まで同居してあげたのに、この仕打なの! 姑と上手くいかず逃げ帰った前の妻との子の方が可愛いなんて信じられない」
「ち、違う。俺はは父親としての当然のことをしたいだけだ」
「もういい!」
雅代は居間を出ていき、思い切りドアを締めた。その音は夜の静けさの中思った以上に響き渡っていた。
しばらくしてドアの反対側のふすまが開く。そして、金子の母親である靖子が現れた。居間の隣は靖子の部屋になっていて、今のやり取りを全て聞いていた。
「相変わらずがさつな嫁だこと。しばらく頭を冷やしてもらった方がいいわね」
「母さん、そんなことを言うから上手いこといかないんだ。前の時だって」
凪の母親と靖子は全く気が合わず、金子が家に帰るといつも喧嘩をしていた。金子がそれが嫌で年若い部下の雅代に逃げていた。もし二人が仲良くしていたら凪の母親は出ていかなかったのではないかと金子は思う。
「前の嫁は、学歴もなく礼儀作法一つ教えられていなかったからね。私はあの嫁を追い出したことは後悔していないよ。でもね、孫に同じような思いをさせるつもりはなかった。なぜ教育費ぐらい出してやらなかったんだ。金がなかったのなら仕方がないが、菜月には湯水のように使っていたのに。高卒で就職する率は二十パーセントを切っているとテレビで言っていたよ。凪は婚家で辛い思いをするのではないか?」
「そうだな」
あの甲斐田の家で凪は幸せになれるのだろうか。金子はとても不安になる。
「これを凪に渡しなさい。逃げ出せる資金があるというだけで、随分と気が楽になると思うから」
靖子が差し出したのは預金通帳と印鑑だった。金子が中身を開けてみると一千万円ほどの残高がある。
「これは母さんの老後の資金じゃ?」
最近雅代ともめることが多くなってきた靖子は、貯めていた金で少し豪華な介護施設に入る算段をしていた。
「そのうち私の年金だけで入れる介護施設に行くよ。そうなれば金は必要ないから」
贅沢を言わなければ年金だけで入所できる施設はある。追い出した孫がこれから先辛い思いをするぐらいなら、死が近い自分が我慢した方がいいと靖子は思っている。
「母さん、ありがとう。凪に渡すことができるように連絡をとってみる」
内緒で凪に会えば甲斐田を怒らせることになるかもしれない。まずは甲斐田に連絡をしなければと思うと、金子は少し憂鬱になった。
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