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5.次男は楽しい旅に出る

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「兄上、母上。職業を持っている女性をどう思いますか?」
 久しぶりに家族が揃った夕食時に、突然ツェーザルがディルクと母にそんなことを訊いてきた。
「いいと思うわよ。私も職を持つ女だしね」
 母は笑顔で頷く。
 婚前の母は女性騎士として騎士団に所属し、結婚後も夫や息子たちと共に戦場で戦った。戦争終結後は常勤ではないものの、女性の王族や貴族が公務として他国や地方へ行く際に、女性騎士として一番近くで護衛を務めている。

「ソルヴェーグ子爵家のリタ嬢のことだろう? あのお店の店長の。彼女との結婚なら僕は賛成だよ。あの店はとても楽しいから、結婚後も続けてもらえばいい。またリーナと一緒に行きたいからね」
「真珠から剣まで置いてあったお店ですよね。本当に楽しかったわ。私もディルクと一緒にまた行きたいです」
 ディルクとリーナは微笑み合いながら二人の世界に入ってしまっていた。

「あの可愛いエプロンドレスを着ていたリタさんよね。とても楽しみだわ。彼女に似合うドレスを仕立てなければ。結婚式はいつなの?」
 母はリタのことを覚えていて、とても気に入っているらしい。もう嫁に来る予定にしている。
「ま、待ってください。二人とも急ぎすぎです。私は好ましい女性だと思っていますが、リタ嬢の気持ちはまだ確かめていません。将来結婚できればいいと願ってはいますが、全然そのような話になっていませんので」
 ツェーザルは兄と母に相談したことをとても後悔していた。恋心の機微など理解できる人たちではない。しかし、二人の許可を得ない限り結婚は不可能だ。ディルクはハルフォーフ家の当主であり、偉大な国の英雄なのだ。そして、母には頭が上がらない。

「じれったいわね。男なら一気に決めてしまいなさい。ツェーザルが本気で結婚を迫ったら、断ることができる令嬢は少ないわよ」
 これでも母は二十一歳になっても婚約者のいないツェーザルを心配している。ただ、うじうじ悩むのが嫌いな性格なだけだ。
「母上、そんなことをすればツェーザル兄上を脅迫罪で捕まえなければならない事態になりますよ。それより、ディルク兄上からソルヴェーグ子爵家へ打診してもらえばいいのではないですか?」
 女性に慣れていないツェーザルが母の言葉を真に受けては困ると思い、ヴァルターは止めに入った。
「兄上、婚約の打診などは必要ありません。リタ嬢には怖がられないようにゆっくりと私のことを知ってもらいたいと思っていますから」
 片手を顔の前で振りながら、赤い顔をしたツェーザルがディルクを止めようとしたが、リーナと見つめ合っているディルクはそもそも母の言葉を聞いていなかった。

「そんなに楽しいお店なんだ。僕もエルゼさんと一緒に行こうかな。ねぇヴァルター兄様、どうやってエルゼさんを誘ったらいいと思う?」
 マリオンは一番女性の扱いに慣れていそうなヴァルターに訊いた。偉大な上の兄二人は役に立ちそうにもない。
「婚約者になるのだから、普通に誘ったらいいだろう」
 この暑苦しい雰囲気は何だと、ヴァルターのこめかみはヒクヒクと動いていた。とても居心地が悪い。
「そうだよね。エルゼさん喜んでくれるかな」
 マリオンはエルゼの笑顔を想像して幸せそうにしている。

「調べたいものがありますので、先に下がらせてもらいますね」
 あまりにもいたたまれない雰囲気に、ヴァルターは思わず席を立った。女性に興味がないわけではないが、面倒なことの方が多いような気がして、兄弟たちのように、素直に恋に溺れることができそうにもない。そんなことを思いながら、ヴァルターは大きなため息をつく。


 その後、ディルクが預かっている複数の爵位のうちゲイラー伯爵位を正式に引き継いだツェーザルは、副将軍となることが決まった。
 騎士団の剣技訓練場で行われた就任式を終えたツェーザルは、将軍の執務室でディルクから任命状を受け取っている。
「ゲイラー伯爵、今までは将軍代理であったが、これからは正式に副将軍となる。これからも我が騎士団を支えてくれ」
 ディルクの結婚に伴い、次期将軍の座はディルクの息子か娘の婿が継ぐことになる。そして、ツェーザルは副将軍として将軍を補佐することになった。もちろん、ディルクに子ができなかったり、子が成長する前にディルクに何かあったりした場合はツェーザルが将軍とハルフォーフ侯爵を継ぐことになる。
「謹んでお受けいたします」
 ツェーザルは両手で任命状を受け取り、ディルクに軽く頭を下げた、


「ところで兄上、あの湾曲した細身の剣を造っている領地へ行ってみたいのですが。王都警備のような甲冑を着用していない者を相手する場合、軽くて切れ味の良いあの剣が最適です。また、あの剣ならば女性騎士にも扱いやすいのではないでしょうか?」
 今のところまともに戦える女性騎士は母くらいだが、いつまでも母に頼っていることはできない。戦後の平和な時代になり女性の社会進出が進むことも予想されているので、今後は女性の護衛が複数必要になってくるはずだ。

「副将軍が自ら剣を仕入れに行くのか?」
 ディルクは武器仕入れが副将軍の仕事かと疑問に思う。
「直接私が行ってこちらの要望を伝えたいと思います。できれば、あの剣の研ぎに馴れた者が仕上げた剣も手に入れたい。それに、リタさんも何振りか仕入れたいらしいのですが、武器に関しては全くの素人なので、私がお力になれたらと」
「なるほど。そういう訳なら気をつけて行って来い」
 ディルクが剣の仕入れに行くことを許可すると、副将軍と常に行動を共にする裏最強部隊と呼ばれる者たち二十名を引き連れ、ツェーザルは細身剣の生産地へと旅立つことが決まった。もちろんリタも一緒だ。


 そうこうしているうちに、マリオンとエルゼの婚約が調った。十八歳で婚約を解消されてしまったエルゼにとって、五侯爵家であるハルフォーフ家の四男で、自身も爵位と領地を持つマリオンは婚約相手として申し分なく、ソルヴェーグ子爵夫妻はすんなりとディルクの申し入れを受け入れた。
 マリオンは新たに賜ったペーターゼン子爵位を継ぎ、敵国と通じて取り潰しになった侯爵領の一部を与えられた。
新しくペーターゼン子爵領となった土地は広大な前侯爵領の辺境にあり、統治が行き届いておらず、夜盗などに身を落とした敗戦国の残兵が多数入り込んでいた。

「そんな訳ですので、ツェーザルは半月ほど家を開けますから」
 夕食時にディルクがそう説明すると、
「わかりました。それではツェーザルが帰還している一ヶ月後にマリオンの婚約のお披露目を行い、その半月後にペーターゼン子爵地へ行くことでいいかしら?」
 まだ十三歳のマリオンを荒れた領地へ行かせるのは、母にとっても辛いことではあるが、マリオンの成長のため母はあえて厳しい試練を与えようとしていた。

「わかりました。母上、僕は必ずや領地に平和をもたらします」
 四兄弟の中で唯一戦争に行かなかったマリオンは、そのことにずっと負い目を感じていた。だからこそ、領地の統治は自らの手で頑張りたいと思っている。
「マリオンとエルゼさんの護衛も兼ねて、僕も一ヶ月ほど滞在するけれど、その後はマリオンがエルゼさんと一緒に頑張るのだぞ」
 ディルクは妊娠の兆候があるリーナを王都へ残していくので、離れているのは一ヶ月が限度だった。それ以上離れていると寂しくて死んでしまうかもしれない。ディルクは本気でそんなことを考えていた。
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