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第六話 不穏な招待
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「わざわざ夜会の日にユスティーナ嬢を脱出させたのは、騎士団も一枚岩ではないということか?」
ユスティーナ斬首刑の狂言を仕組んだのは騎士団長らしいが、騎士全員が味方ならば、もっと有効な手があったはずだ。そこが気になって私はターヴィに訊いてみた。
「そうだ。王太子殿下についたというより、ライラの信奉者になった近衛騎士が何人もいる。殿下が夜会に出席される時は、奴らも会場に行き、殿下やライラの近くで侍っているから、見咎められる危険性が少ない。夜間に王宮から出て行っても不審に思われない。妹には大きな襟とパニエで膨らませた派手なドレスを着せて、隣を歩く男を目立たせないようにしたのだが……」
ターヴィはかなり悔しそうにしていた。それはライラに寝返った近衛騎士が多数いるためか、それとも、ティーアとユスティーナが想定外に抱き合うことになってしまい、妹に目撃されたことだろうか。
庭を歩いているだけならば、ティーアとターヴィだと妹も思っただろう。ティーアの派手なドレスを不快に思ったとしても、妹がわざわざ私に報告したとは思えない。
「それで、ユスティーナ嬢はなぜ毒を呷った?」
せっかく助け出されて匿われているのに、なぜ自ら死を選んでしまったのだろうか?
そうティーアに問うと、彼女の目から再び涙がこぼれ落ちた。
「私が悪いの。私はオリヴェル様に好かれていないとわかっていたし、我が家の事情もあるから、オリヴェル様との婚約解消も仕方がない。貴方を諦めなければならないと思っていたの。でも、新たな婚約が決まって、やっぱり怖くなって、オリヴェル様の屋敷へ会いに行ってしまった。私は本当に馬鹿よね。それで、家に帰って泣いていると、ユスティーナ様がオリヴェル様のことを責めたので、つい、あの夜会で私たちのことを見られたから、私に恋人がいると誤解しても仕方がないと言い訳をしてしまった」
「私を庇うためにユスティーナ嬢を責めたかたちになってしまった。それで、彼女は死を選んだのか?」
ティーアは涙を流しながら頷いた。せっかく飲んだスープが涙として彼女の体から全て出て行ってしまうのではないかと心配になる。
「ユスティーナを牢から連れ出す時、もし捕らえられ尊厳を踏みにじられるような事態になれば使うようにと、俺が毒を彼女に渡した。俺が悪いんだ」
ライラ信奉者の騎士に捕まってしまうと、ユスティーナがどんな目に遭うかわからない。確かに毒を渡したターヴィの気持ちはわかる。
「違うわ。私が悪いの。私のせいなのよ」
私がこの部屋に来た時のように、ティーアは首を振り続けていた。
「済まない。辛いことを聞いてしまった。しかし、なぜ私に好かれていないなどと思ったのか? 確かに父が死んで半年間も君のことを放っておいたのは悪かったが。私の方こそ、そのため嫌われてしまい、君が他に恋人を作ったのだと思ってしまった」
ティーアは凄い美人ではない。しかし、本当に可愛らしい女性だと思う。少なくとも私は好意を持っていたし、それを伝えていたつもりだった。それが全く伝わっていないことに私は衝撃を受けていた。
「だって、オリヴェル様はとても素敵だから。そんな貴方に平凡な私が好かれていると思う程、私は勘違いしていないわ。私に求められているのは子爵夫人としての役目。でも、オリヴェル様は一人で全部抱え込んで、私を頼ってもくれないから、私はその役目さえ十分に務めることができないのではないかと不安だったの」
何という誤解だろうか。私は決して子爵夫人の役目だけを求めていたわけではないのに。ティーアと温かい家庭を築きたいと思っただけだ。
「ティーアは十分可愛いと思うよ。私は父を突然亡くして、領地を何とかしなければと余裕を失くしてしまっていた。もっとティーアを頼れば良かったのだな。本当に済まなかった」
そして、ティーアにもっと好きだと伝えていれば良かった。政略的な婚約だったので、やはり遠慮があったのだ。
「私は、可愛くなんてないもの。ユスティーナ様やマリッカさんに比べると、私なんて平凡にもほどがあるわ」
彼女は本当にそんなことを気にしていたのだろうか。それにしてもなぜ妹の名が出るのだろうか。
「美貌で有名なユスティーナ嬢はともかく、妹と婚約者を比べる男はいないだろう。なあ、ターヴィ殿。貴方だって、恋人とティーアを比べたりしないよな」
私はターヴィに同意を求めた。
「ターヴィお兄様は駄目よ。参考にならないわ。だって、お兄様の思い人はとても綺麗な人だもの。あの人と比べられると私が辛いわよ」
「いや、俺は、別に」
ターヴィはたじたじになっていた。王妃が放ったライラへの暗殺者を返り討ちにしたほどの凄腕だとはとても思えない。
「だって、『自分の失態のせいでこんなことになったのに、責めずに笑ってくれる』とか、『いつまでもこの屋敷にいてくれると嬉しい』とか『一生自分が守る』とか、言っていたじゃないの」
「そ、それは、俺は任務で、そんな下心など」
なるほどね。ターヴィはユスティーナに惚れたらしい。
「それで、ユスティーナ嬢の状況は」
彼女がこのままでは、ティーアが立ち直れないような気がする。それは私が困る。
「毒を飲んですぐに気がついたので、指を彼女の口に突っ込んで無理やり吐かせた。騎士団の軍医にも診せ、解毒薬を処方してもらった。息はしているし、少しずつ水を飲むこともできる。しかし、あと二、三日のうちに意識が戻らないようだと命の危険があるとのことだ」
ターヴィによると、かなり予断を許さない状況らしい。
まるで命を持たない人形にように眠り続けるユスティーナ。ティーアのために目覚めて欲しいと私は思う。
とにかく夜も更けて来たので、後日ナルヴァネン子爵と会う約束をして私は帰ることにした。
帰りもターヴィの馬で送ってもらったが、人のいない深夜の大通りを疾走する馬はかなり危なっかしかったので、それは少し後悔した。
「お兄様、ユスティーナ様の髪がライラの命令で燃やされてしまったの。本当に悔しいわ。こうなったら王太子殿下を誘惑してライラを捨てさせてしまおうかしら」
翌日、朝食の席へ着くと、真っ赤な目をした妹が憤慨していた。王宮前広場に晒されていたユスティーナの髪が、昨日十字架ごと燃やされてしまったようだ。
ユスティーナは平民街の教会まで赴いて奉仕活動をしていたらしい。彼女の美しさも相まって、将来の王妃として国民の支持を得ていたユスティーナは、国を救おうとして命を散らした悲劇の女性で、ライラは王太子を誑かした毒婦と王都で噂されていた。そんな風評を気にして、ライラは晒していたユスティーナの髪を消してしまいたかったのだろう。もちろん、威圧の意味もあるのだろうが。
「マリッカ、危険なことをしてはいけない。子どもの遊びではないのだから」
この騒動が妹の誘惑で終わるようならば、そんな楽なことはない。確かに王太子がライラに誘惑されたのがことの始まりだが。そう思うと本当に情けなくなる。
「でも、悔しいじゃない。お兄様もライラを誘惑すればいいのに」
「王太子殿下に喧嘩を売れとでも言うのか? それこそ、不敬で処刑さてしまう」
婚約者がいる王太子を誘惑しようとしても、妹を正式には罪に問えないだろう。そんなことをすれば、ユスティーナという婚約者がいた王太子を誘惑したライラを罪に問わなければならなくなる。
しかし、王太子の婚約者を誘惑すれば、それは罪になるだろう。もちろん、そんなことをするつもりはないし、できるとも思わないが。
「ねえ、お兄様が社交界でどう呼ばれているか、知っているの?」
「さあ。でも碌でもなさそうだな」
半年も婚約者を放っておいた男とか、無能な子爵とかだろうか。
「違うわよ。『銀の貴公子』って呼ばれているわ」
「ちょっと待て。妹が兄をそんな恥ずかしい名で呼んでいるなんて、物笑いの種だぞ。絶対に止めてくれ」
冗談にもほどがある。恥ずかしくて、もう二度と夜会などには行けないじゃないか。兄をそんな呼び方をしている女を妻にしようと思う男もそうそういない。だから、妹の婚約が中々調わないのか。
「お兄様こそ止めて。私だってそんな恥ずかしい名を口にしたりしないわよ。『銀の貴公子』と呼んでいるのはお兄様に憧れている令嬢たちなの」
「私に憧れている令嬢なんてどこにいるんだ? 何度かマリッカと一緒に夜会に出たが、女性が寄ってきたこともないぞ」
それどころか、私から逃げているような気さえした。
「お兄様が婚約を解消してから、彼女たちはお互い牽制し合って大変なのよ。抜け駆けでもしようものなら、血を見る騒ぎになるかもね」
「そんな馬鹿な」
妹の笑えない冗談に付き合って食事を終えると、客が来たと家令が告げた。会ってみると王宮からの使者で、妹を王妃主催の茶会に招待したいとのことだった。
あの王妃の茶会だ。私は言い知れぬ胸騒ぎを覚えていた。
ユスティーナ斬首刑の狂言を仕組んだのは騎士団長らしいが、騎士全員が味方ならば、もっと有効な手があったはずだ。そこが気になって私はターヴィに訊いてみた。
「そうだ。王太子殿下についたというより、ライラの信奉者になった近衛騎士が何人もいる。殿下が夜会に出席される時は、奴らも会場に行き、殿下やライラの近くで侍っているから、見咎められる危険性が少ない。夜間に王宮から出て行っても不審に思われない。妹には大きな襟とパニエで膨らませた派手なドレスを着せて、隣を歩く男を目立たせないようにしたのだが……」
ターヴィはかなり悔しそうにしていた。それはライラに寝返った近衛騎士が多数いるためか、それとも、ティーアとユスティーナが想定外に抱き合うことになってしまい、妹に目撃されたことだろうか。
庭を歩いているだけならば、ティーアとターヴィだと妹も思っただろう。ティーアの派手なドレスを不快に思ったとしても、妹がわざわざ私に報告したとは思えない。
「それで、ユスティーナ嬢はなぜ毒を呷った?」
せっかく助け出されて匿われているのに、なぜ自ら死を選んでしまったのだろうか?
そうティーアに問うと、彼女の目から再び涙がこぼれ落ちた。
「私が悪いの。私はオリヴェル様に好かれていないとわかっていたし、我が家の事情もあるから、オリヴェル様との婚約解消も仕方がない。貴方を諦めなければならないと思っていたの。でも、新たな婚約が決まって、やっぱり怖くなって、オリヴェル様の屋敷へ会いに行ってしまった。私は本当に馬鹿よね。それで、家に帰って泣いていると、ユスティーナ様がオリヴェル様のことを責めたので、つい、あの夜会で私たちのことを見られたから、私に恋人がいると誤解しても仕方がないと言い訳をしてしまった」
「私を庇うためにユスティーナ嬢を責めたかたちになってしまった。それで、彼女は死を選んだのか?」
ティーアは涙を流しながら頷いた。せっかく飲んだスープが涙として彼女の体から全て出て行ってしまうのではないかと心配になる。
「ユスティーナを牢から連れ出す時、もし捕らえられ尊厳を踏みにじられるような事態になれば使うようにと、俺が毒を彼女に渡した。俺が悪いんだ」
ライラ信奉者の騎士に捕まってしまうと、ユスティーナがどんな目に遭うかわからない。確かに毒を渡したターヴィの気持ちはわかる。
「違うわ。私が悪いの。私のせいなのよ」
私がこの部屋に来た時のように、ティーアは首を振り続けていた。
「済まない。辛いことを聞いてしまった。しかし、なぜ私に好かれていないなどと思ったのか? 確かに父が死んで半年間も君のことを放っておいたのは悪かったが。私の方こそ、そのため嫌われてしまい、君が他に恋人を作ったのだと思ってしまった」
ティーアは凄い美人ではない。しかし、本当に可愛らしい女性だと思う。少なくとも私は好意を持っていたし、それを伝えていたつもりだった。それが全く伝わっていないことに私は衝撃を受けていた。
「だって、オリヴェル様はとても素敵だから。そんな貴方に平凡な私が好かれていると思う程、私は勘違いしていないわ。私に求められているのは子爵夫人としての役目。でも、オリヴェル様は一人で全部抱え込んで、私を頼ってもくれないから、私はその役目さえ十分に務めることができないのではないかと不安だったの」
何という誤解だろうか。私は決して子爵夫人の役目だけを求めていたわけではないのに。ティーアと温かい家庭を築きたいと思っただけだ。
「ティーアは十分可愛いと思うよ。私は父を突然亡くして、領地を何とかしなければと余裕を失くしてしまっていた。もっとティーアを頼れば良かったのだな。本当に済まなかった」
そして、ティーアにもっと好きだと伝えていれば良かった。政略的な婚約だったので、やはり遠慮があったのだ。
「私は、可愛くなんてないもの。ユスティーナ様やマリッカさんに比べると、私なんて平凡にもほどがあるわ」
彼女は本当にそんなことを気にしていたのだろうか。それにしてもなぜ妹の名が出るのだろうか。
「美貌で有名なユスティーナ嬢はともかく、妹と婚約者を比べる男はいないだろう。なあ、ターヴィ殿。貴方だって、恋人とティーアを比べたりしないよな」
私はターヴィに同意を求めた。
「ターヴィお兄様は駄目よ。参考にならないわ。だって、お兄様の思い人はとても綺麗な人だもの。あの人と比べられると私が辛いわよ」
「いや、俺は、別に」
ターヴィはたじたじになっていた。王妃が放ったライラへの暗殺者を返り討ちにしたほどの凄腕だとはとても思えない。
「だって、『自分の失態のせいでこんなことになったのに、責めずに笑ってくれる』とか、『いつまでもこの屋敷にいてくれると嬉しい』とか『一生自分が守る』とか、言っていたじゃないの」
「そ、それは、俺は任務で、そんな下心など」
なるほどね。ターヴィはユスティーナに惚れたらしい。
「それで、ユスティーナ嬢の状況は」
彼女がこのままでは、ティーアが立ち直れないような気がする。それは私が困る。
「毒を飲んですぐに気がついたので、指を彼女の口に突っ込んで無理やり吐かせた。騎士団の軍医にも診せ、解毒薬を処方してもらった。息はしているし、少しずつ水を飲むこともできる。しかし、あと二、三日のうちに意識が戻らないようだと命の危険があるとのことだ」
ターヴィによると、かなり予断を許さない状況らしい。
まるで命を持たない人形にように眠り続けるユスティーナ。ティーアのために目覚めて欲しいと私は思う。
とにかく夜も更けて来たので、後日ナルヴァネン子爵と会う約束をして私は帰ることにした。
帰りもターヴィの馬で送ってもらったが、人のいない深夜の大通りを疾走する馬はかなり危なっかしかったので、それは少し後悔した。
「お兄様、ユスティーナ様の髪がライラの命令で燃やされてしまったの。本当に悔しいわ。こうなったら王太子殿下を誘惑してライラを捨てさせてしまおうかしら」
翌日、朝食の席へ着くと、真っ赤な目をした妹が憤慨していた。王宮前広場に晒されていたユスティーナの髪が、昨日十字架ごと燃やされてしまったようだ。
ユスティーナは平民街の教会まで赴いて奉仕活動をしていたらしい。彼女の美しさも相まって、将来の王妃として国民の支持を得ていたユスティーナは、国を救おうとして命を散らした悲劇の女性で、ライラは王太子を誑かした毒婦と王都で噂されていた。そんな風評を気にして、ライラは晒していたユスティーナの髪を消してしまいたかったのだろう。もちろん、威圧の意味もあるのだろうが。
「マリッカ、危険なことをしてはいけない。子どもの遊びではないのだから」
この騒動が妹の誘惑で終わるようならば、そんな楽なことはない。確かに王太子がライラに誘惑されたのがことの始まりだが。そう思うと本当に情けなくなる。
「でも、悔しいじゃない。お兄様もライラを誘惑すればいいのに」
「王太子殿下に喧嘩を売れとでも言うのか? それこそ、不敬で処刑さてしまう」
婚約者がいる王太子を誘惑しようとしても、妹を正式には罪に問えないだろう。そんなことをすれば、ユスティーナという婚約者がいた王太子を誘惑したライラを罪に問わなければならなくなる。
しかし、王太子の婚約者を誘惑すれば、それは罪になるだろう。もちろん、そんなことをするつもりはないし、できるとも思わないが。
「ねえ、お兄様が社交界でどう呼ばれているか、知っているの?」
「さあ。でも碌でもなさそうだな」
半年も婚約者を放っておいた男とか、無能な子爵とかだろうか。
「違うわよ。『銀の貴公子』って呼ばれているわ」
「ちょっと待て。妹が兄をそんな恥ずかしい名で呼んでいるなんて、物笑いの種だぞ。絶対に止めてくれ」
冗談にもほどがある。恥ずかしくて、もう二度と夜会などには行けないじゃないか。兄をそんな呼び方をしている女を妻にしようと思う男もそうそういない。だから、妹の婚約が中々調わないのか。
「お兄様こそ止めて。私だってそんな恥ずかしい名を口にしたりしないわよ。『銀の貴公子』と呼んでいるのはお兄様に憧れている令嬢たちなの」
「私に憧れている令嬢なんてどこにいるんだ? 何度かマリッカと一緒に夜会に出たが、女性が寄ってきたこともないぞ」
それどころか、私から逃げているような気さえした。
「お兄様が婚約を解消してから、彼女たちはお互い牽制し合って大変なのよ。抜け駆けでもしようものなら、血を見る騒ぎになるかもね」
「そんな馬鹿な」
妹の笑えない冗談に付き合って食事を終えると、客が来たと家令が告げた。会ってみると王宮からの使者で、妹を王妃主催の茶会に招待したいとのことだった。
あの王妃の茶会だ。私は言い知れぬ胸騒ぎを覚えていた。
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