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合間の話2

3.クレイヴン侯爵家の愉快な面々(ライザ)

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「今日はアントンソン子爵家の令嬢に加えて、騎士団のベルトルド殿が来られるのだろう? 私も同席させてもらうぞ」
 朝食の席でそう言って嬉しそうに笑うのは、私の兄であるディマス。次期侯爵であり容姿も優れているのだけど、ゲームの攻略対象ではない。私にとっては優しい兄だし、性格だってヤンデレ医師や腹黒の宰相令息より遥かにまともなのに、やはりこのゲームは謎仕様である。
 まぁ、医師としてキャラがかぶるヤンデレのロベールに比べると、容姿も聖魔法も二流かもしれないけれど。

「お兄様はお忙しいでしょう? 私のお友達が来るのだから同席していただかなくても大丈夫ですから」
 兄は私に優しいが、少しシスコン気味である。
「ベルトルド殿にはライザの命を二回も救ってもらったのだ。兄としてお礼を言わなければならないだろう」
「そうね。それなら私も同席しましょう」
 嬉しそうに兄の言葉に乗っかってきたのは、クレイヴン侯爵夫人である母だった。名をマルゴットという。
 母は騎士団長の妹であり、宮廷医師団薬師長をしていて女傑と名高い。家では私たちが恥ずかしくなるほど父と仲が良く、ちょっと抜けたところがある可愛らしい母でもある。

 ちなみに父であるクレイヴン侯爵は領地に行って不在だった。これで父まで同席したいと言い出したら大変なので本当に助かった。一家総出のお茶会になってしまったら、アンナリーナは二度と我が家へ来てくれなくなりそうだから。
「お母様もお忙しいでしょうから、同席は必要ありません。アンナリーナさんだって、アントンソンさんだって、母親や兄が同席していたら、緊張されるでしょうし」
 何とか同席を拒否できないかと頑張ってみる。

「しかし、向こうだって兄妹でやってくるのだろう。ライザだって兄同伴でも問題はないと思うが?」
 兄がそう言うと母も頷いた。
「そうね、四人もいるのなら、私一人が増えても気にするほどのことでもないわ。それにね、私の興味はアンナリーナさんなの。彼女とぜひお話してみたいわ」
 母は薬師長である。アンナリーナの育てた魔力草から魔力ポージョンを作り、山で採れる野生の魔力草との違いを調べていたはずなので、アンナリーナに興味を持ったのだろう。

「お母様が増えると、とても気になると思いますけど」
 お友達にお呼ばれして、いきなり母親が出てきたら誰でも気にすると思う。ましてや、あれでも侯爵夫人だし。
「ふふ、ライザの想い人にちょっかいかけたりしないから、安心して」
 人差し指を立てて顔の横で振りながら母はそう言うが、今の発言のどこに安心しろと言うのだろうか?

「お、想い人って、だ、誰のことかしら?」
 誤魔化すようににっこりと笑ってみる。
「気づかれていないとでも思っているのか? ライザを見ていると誰でもわかるだろう」
 兄が呆れたようにそう言った。まさか気づかれていたとは、なんという不覚だ。
「ライザ、誤魔化しても無駄よ。ねえ、ミア」
 私付きの侍女のミアは慌てて頭を下げた。まさか侍女にまで知られているの?

「私はベルトルド殿を見極めたいと思っている。彼がライザを託すに値する男ならば、結婚に反対はしない」
 次期侯爵の兄が賛成してくれるのは心強いけれど、ベルトルドとの仲は全く進展していないのに、そんなことを言われても困ってしまう。
「私も見極めたいわね。彼には兄も興味を持っているから」
 伯父である騎士団長には実子がおらず、騎士の中から有能な者を選出し、血のつながった令嬢と結婚させて侯爵位を継がせようとしていた。
 ちなみに、騎士団長夫人は才媛フランシスカの叔母であり、騎士団長の母親は妖精と呼ばれている宮廷楽団の歌姫の祖母である。そして、男装の女性騎士は騎士団長の歳の離れた従兄妹に当たる。更に、騎士団長の祖母は王家から降嫁した王女であった。
 高位貴族家は多くはないとはいえ、本当に狭い世界だ。

 ゲームではベルトルドがどの令嬢や王女と結ばれることになっても、騎士団長がベルトルドを養子に迎え、彼が団長職と侯爵位を継ぐことになっている。
 そのため、ベルトルドの現状は子爵家の養子だけれど、未来は侯爵の養子となるので、王女とだって結婚できるのだ。
 騎士団長がベルトルドを気に入ることは間違いないと思うけれど、彼が誰を相手に選ぶか私にもわからない。

「アントンソンさんとはそんな仲ではありませんから!」
「まあ、残念だわ。でも、今日は楽しみよね」
 母が優雅に微笑んでいる。これでは説得は無理だと諦めた。ため息をつきたかったけれど、これでも貴族の令嬢なので、小さく息をするだけで我慢した。


 広い応接室には色とりどりの花が飾られている。猫脚の丸テーブルとビロードの張られた椅子が五脚用意されていた。もちろんお茶の用意も調っている。
 椅子に座って待っていると、家令に先導されてベルトルドとアンナリーナがやってきた。アンナリーナはピンクのドレスを着ていて、とても可愛い。本当に可愛い。
 そして、ベルトルドはいつもの騎士服ではなかった。黒いズボンに白いブラウス、銀色のベストの上に紺色のジュストコールという貴族のスタイルだ。騎士服もよく似合っているが、今日の服装もとても素敵。

「ようこそ、おいでくださいました」
 私がベルトルドに見惚れていると、母は優雅に椅子から立ち上がった。そして、左足を後ろに引き右足を少し曲げ挨拶をして、ベルトルドに手を差し出す。
「クレイヴン侯爵夫人、本日はお招きいただき、光栄でございます」
 ベルトルドは母の手に口づけの真似をする。さすが騎士である。彼の動作はとても美しくさまになっている。
 アンナリーナも母のように膝を曲げた。それは初々しくて可愛らしい挨拶である。兄がその手をとってやはり口づけの真似をした。

 次は私の番だ。
 こんなに間近でベルトルドに手を取られ、口づけの真似をされるって心臓に悪すぎる。
 どきどきする。でも、優雅に笑わなければ。
 ドレスは変ではないかしら。髪はミアに結ってもらったから大丈夫のはず。
 私はゆっくりと手を差し出した。
 
 ベルトルドは母の時と違って動きが鈍い。中々こちらを向いてくれない。
 曲げた右足が震えそうになったが、どうにか耐えた。普段は日本風の挨拶をする世界観なのに、なぜ正式の挨拶だけヨーロッパ風なのか理解出来ない。
 
 ベルトルドがようやく近づいてきて、顔は背け気味のまま私の手を取った。
 一瞬ベルトルドは私の顔を見たがすぐに俯いてしまう。そして、かなりの時間をかけて彼の唇が私の手の甲に迫ってくる。

「挨拶が済んだのなら、お座りになって」
 母がそう言うと、ベルトルドは慌てて私の手を離して、家令が引いた椅子に座った。アンナリーナはその隣である。
 挨拶はまだ済んでいないと思うけれど、今更なので私も椅子に座る。少し残念。


「ベルトルドさん、娘のライザを二度も救っていただいたとか。本当にありがとうございます」
 猫を被っている母は、一応侯爵夫人らしく見える。
「いいえ、お礼を言わなければならないのは私の方です。命を救っていただいたのは私の方ですから。ライザ様とディマス殿がおられなければ、私はこの場に来ることなど叶わなかったでしょう。本当に感謝しております」
「義兄を助けていただいてありがとうございます」
 ベルトルドとアンナリーナが揃って頭を下げた。

「ベルトルド殿が怪我をしたのはライザのせいだから、礼を言うには私どもの方だ。私からも礼を言おう」
 最後に兄も礼を口にしたので、この場はお礼合戦のようになってしまっていた。私は出遅れた感じになってしまい、口が出せずに黙っているしかなかった。


「ところで、アンナリーナさんの魔力草は凄かったわよ。野生のものより効果が高いくらいだもの。今まで誰も成功していないのに、どうして育てることができたのかしら?」
 母はかなり興味津々のようだ。魔力ポーションが量産できるとなれば、宮廷医師団が変わる事態になるから、当然といえば当然である。
「私一人の力ではありません。ガイオ副所長に助言をいただいたからこそ、成功することができました。副所長には本当に感謝しかありません」
 副所長の話になると、アンナリーナは頬を染めて嬉しそうにしている。本当に恋する乙女のようだ。

「王立植物研究所の副所長って、変わり者と評判のガイオ伯爵ですよね?」
 母は薬師長として一緒に仕事をすることもあるので、ガイオ副所長のことは良く知っていると思う。
「いいえ、副所長は変わり者ではありません。少し身なりを気にしないところはありますが、とても優しくて有能な方です。そして、私のことをちゃんと所員として扱ってくれるのです」
 本当に嬉しそうなアンナリーナ。
「私も彼のことは有能だと思うわよ。でも、やはり変人よね」
 そう母が言うと、ちょっと悲しそうにアンナリーナは首を傾げた。

 
「ベルトルド殿はどのような女性が好みだろうか?」
 話が途切れたところで、いきなり兄がそんなことをベルトルドに訊く。心の準備ができていない私は彼の答えが聞くのが怖い。
「う、美しい方が、いいと思います」
 ベルトルドはかなり動揺しているようだ。顔を赤く染めて俯いている。
「ふーん。我が妹のライザはかなり美人だろう?」
「そ、それは、はい」
「お兄様! お止めになって」
 こんなところでいきなり褒めたりしないでほしい。ベルトルドに呆れられたらどうするつもりよ。

「あら、ベルトルドさんは見かけさえ良ければいいのかしら?」
 兄を黙らせたと思ったら、母がこの話題を引き継いでしまった。やはり母と兄の同席は断固拒否すべきだった。
「いえ、心の美しい方が、素敵だと、思います」
「あら、容姿が美しい女はお嫌いかしら。じゃあ、ライザは好みではないのね」
「ラ、ライザ様は、女神のように身も心も美しく、こ、好みなどと、身の程知らずなことは、思ってもいません」
 真っ赤な顔のベルトルドの声は震えていた。
 どう見ても母と兄が虐めているようにしか見えない。
「義兄は美しいものが大好きなのですよ。ねえ」
 アンナリーナはちょっとベルトルドを睨んでるような気がする。
「申し訳ありません」
 ベルトルドは何に対してかわからない謝罪を口にした。
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