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57.キック自転車とコーフィー

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「サムがキックディテンシャのことで聞きたいことがあると申しておりました。」

昼食を食べ終わったらマルカがそう言ってサムからの伝言を伝えてくれた。

「キックディテンシャ?なんですか?それは?」
ボクが返事するよりも前にメリアが聞き返す。

「ご主人様がサムに作らせているおもちゃですよ。」

「危ないものでは無いのですか?先日の様な危ない事にはならないですか?転びかけたと聞きましたが?」

おおう?転びかけたというのはもしかしてキックボードの時の事か?
どうしてメリアが知ってるんだ?

って、メリアの後ろに澄まし顔のレーネが居る。
レーネ、チクったな~。

「危なくないよ!ちゃんとハンドルも付けたし、座って乗るんだよ。」

とりあえず、二輪車だから横に転ぶ事があるという事は黙っておこう。

「そうで御座いますね。サムにはハンドル、持ち手を付けるように言って有りますので大丈夫でしょう。」

マルカがそう言って加勢してくれたのでメリアは渋々といった感じで引き下がる。
フウ、メリアに自転車の実態が知られると二輪が三輪になったり、もしかすると四輪になってしまうかもしれない。

……。
でも、四輪の足漕ぎバギーみたいな感じなら面白そうかもしれない。
今度考えてみよう。

ボクが新たな構想を思いついてニヤけているとマルカが、
「サムですが、ご主人様の絵の通りに作ると壊れやすいのでなんとか出来ないかと申しております。いかがいたしましょう?」
と、再び聞いて来た。

ああ、そうか、サムのお願いだったね。

「壊れるの?なんで?」

「詳しくはわかりませんが、棒が折れるとか申しておりました。」

「棒?なんの棒?」

「椅子とハンドゥォ……。持ち手の間の棒と申しておりましたね。」

ハンドヴォー……、なんだか美味しそうな感じが……。

いやいや、そんなことよりも、ハンドルと椅子の間の棒というとハンドルの付け根の事かな?
ああ、あの辺、テキトーに描いたからなぁ。

「これから行ってみよう。大丈夫?」

「これから……ですか?、外は暑いですわよ?」
ボクはサムの予定が大丈夫かなと思ったんだけど、黙って聞いていたメリアが非難するような声を上げた。

だが、マルカが、
「大丈夫ですわ。サムの小屋までは馬車でまいりますし、先日ご主人様がおつくりになられたカァサもありますので。」
と言ってメリアをなだめてくれたのでなんとか外出許可が降りた。

早速、ボクとマルカ、テレサとレーネの四人は階下へ降りて館の外に出る。

馬車はもう馬車寄せに来ていたので、その馬車に乗ってサムの小屋へと向かう。
馬車に乗る前に外の様子を眺めると、太陽の日差しが強くて陰影がクッキリとしている。
確かにこれは暑そうだ。

サムの小屋に到着し小屋に入ると何やら焦げ臭いような、でも良い匂いがしていた。

「何の匂い?」

「ああっと、こりゃいけねえ。まさかいらっしゃるとは思わなかったもんで。へへへ。」

サムはそう言ってばつが悪そうに笑う。

「なに?どうしたの?」

「この匂い……。コーギーを飲んでいたのですね。私も時々飲みたくなって頂いたコーギーを飲んでおりますわ。」

コーギーを、飲む……?
一瞬、可愛らしいワンコの姿と、それをつまんで口に運ぶ姿が頭をよぎる。

いやいや、サムは巨人じゃないし、『飲む』と言っているんだから『コーギー』というのも飲み物なんだろう。

「コーギーを飲むの?……。」

もし美味しい飲み物ならボクも飲みたいが、なぜかさっきの想像が頭をちらつく。

「ええ、大変美味し……。いいえっ!コーギーではございませんわ!」

「え!?マルカ様?」

一瞬、サムがすごく驚いたような戸惑ったような顔をするが、

「コ、コ、コーフィ……、そう!コーフィーですわ!ファ、フィ、フューのフィーですわ!」
と、マルカが力説する。

というか、そもそも『コーギー』じゃなくて『コーフィー』だったらしい。
なんだ、ボクの聞き間違いだったのか。

そういえば、この匂いは先日、ボクがドングリでコーヒーを作った時と同じ匂いだ。
あの時もサムとマルカの二人は美味しいって言ってたっけ。

なるほど、もしかしてマルカみたいな西洋系の人には『コーヒー』じゃなくて『コーフィー』って発音の方が言いやすいのか?
あの時、ボクは苦いと思ったけどなんだか美味しくなったらしい。

「ボクも飲む。」

「へ?お飲み……に、なるのですか?」

「うん。飲む。」

飲みたいといった僕の言葉にマルカは戸惑った、というか、彼女にしては珍しく動揺した様子で、
「本当に、お飲みになるのですか?」
と、再度聞いてきた。

前回飲んだ時は苦くて文句言っちゃったからなあ。

あの時は焙煎しすぎたのか、サムも失敗したって言ってたが、今はサムやマルカも美味しいって言ってるんだからサムの焙煎のウデが上がって美味しくなったのかもしれない。

「ま、マルカ様……?」
だが、なぜかサムがマルカを気遣うような感じに声をかけている。

どうしたんだろう?

「大丈夫だよ?マルカ。」

いや、今度は覚悟みたいなのしてるから前回みたいに怒ったりしないよ?

「そ、それでは……淹れさせていただきます……。」

「マルカ様……。」

気落ちした様な自信がない様な感じのマルカ。
その姿をなんだかサムが心配そうに見ている。

「大丈夫だよ?」
いや、もう苦いって怒ったりしないよ。

「大丈夫だよ?」
もう一度念を押す。

「へ、へえ、あ、そうだ。マルカ様、ミルクを入れれば良いんじゃねえですかい?」

ああ、そうかブラックで苦いならミルク入りコーヒーにすれば良いのか。
ナイスだねサム。

「マルカ。ミルク入れて。」

「は、はい。すぐにご用意いたしますわ?」
マルカはそう言って急いで小屋から出て行った。

「さて、サム、困ってるの?」
マルカを見送ってからボクはサムに向き合う。

「へえ、これでごぜえますが、作ったんでごぜえますがすぐに壊れちまうんでさあ。」

サムはそう言って小屋の奥に立てかけてあった二輪の乗り物をボクの前に持ってきた。

「できてるよ?」

サムがもってきた二輪の乗り物、前と後ろに車輪がついたそれはもう『自転車』って感じの形まで出来上がっていた。

「へい。頂いた絵の通りには作ってみたんでごぜえますが……。試しにあっしが乗ってみたら、ほれ此処。此処の部分が壊れちまうんでさ。」

サムはそう言って後輪から伸びたフレームとハンドルから伸びたフレームが交わっている場所。
すなわち、座るための椅子から伸びた棒が繋がっている場所を指さした。

え?折れるって、本体のメインフレームの事なの?

というか、サムが見せてくれた『自転車』はとても『ヒョロッ』としているというか、見るからに貧弱そうな形をしていて、とてもじゃないが跨って走れるようには見えない。

「ええっと、どんな絵を描いたんだっけ?」

なんだか、あの時は慌ててテキトーな絵図面を描いたような気がする。

「これでさあ。」

サムがもってきてくれた絵図面を見てダメな点、というか、その絵図面自体が図面の役を果たしていないので、まるでダメダメな絵だった。
これじゃあ絵図面というよりも線を引っ張っただけの落書きだ。

なんだか『現生人類の絵』とか原始人が描いたどこかの『洞窟の絵』みたいだ。

絵では後ろの車輪から横にまっすぐ伸びた棒が座る場所を支える棒とと名がっている。
そして、その場所から前に棒が伸びていてハンドルに繋がっている。
それらの棒は一本の棒が伸びているだけで補強や支柱などは全くない。

そして、その絵図面を元に忠実に作られているサムの二輪車は見るからに貧弱そうで、サムが『すぐ壊れる』というのも納得できる造りになっていた。

「あちゃあ。ダメだね。コレ。」

「どこか間違ってやすかい?」

「ううん。サムは間違ってないよ。ボクの絵がだめなんだ。いいかい。ココ、ココはもっと、もっと……、何だろう?『強い』様にしないとダメなんだ。」

「へえ。強い、で、ごぜえますか?」

「そうだよ。例えば、ココはこのままじゃ弱いからここからこういう風に棒を追加するんだ。そうするとトラス構造っていう強い形になる。基本は三角……トライアングル……、こういう強い形を合わせることなんだ。」

ボクはサムにフレームの補強について説明をしたが、例によって三角形という単語が分からなくてしどろもどろになる。

こういう時に言葉の助けになるマルカは今居ないので、テレサは……ダメだ。あの顔は何もわかってない感じだ。

レーネは……、なんだかわからないが怪訝そうな顔をしていて分かっているようには見えない。

ボクがヌ~ンと唸っているとサムは、
「だいじょうぶでごぜえますよ。やってみまさあ。やってみて考えればいいでごぜえますよ。」
と言って笑った。

こういう時、サムは心強いなあ。

「ミルクを、とって参りましたわ。」

ボクとサムが笑いあっているとミルクの入ったヤカン……水差し?のようなものをもってマルカが小屋に入ってきた。

「あの……、ご主人様……。あの、その……。」

しかし、小屋に入ってきたマルカはなんだか思いつめたような様子で、ヤカン……水差し?を見つめている。

どうしたんだろう?

「あの、実は、コーフィーではなく、コーギー、なんです。ですので……、その……、ご主人様は……。」
マルカは意を決したような覚悟を決めたようにマルカは、そう言った。

『コーフィー』ではなく『コーギー』?
?、なにを言っているんだろう?

マルカが何を言いたいのか、さっぱり……。
ハッ!もしかして!これは『コーヒー』じゃない飲み物だから怖くないよって言いたいのか?

「フッ、マルカ、大丈夫だよ。コーフィーで大丈夫だよ。」

フ、ボクはもうコーヒーが苦いってことは知っている。
つまりボクは『違いがわかるオトナ』なんだ。
そしてあとはそんな苦いコーヒーを飲む試練を乗り越えて、ボクはもっと大人になるってことなんだよ。

「ご、ご主人様……。」
ボクが優しく答えると安心したのか、マルカは感動したような顔をした。

「ご主人様。ありがとうございます。」
マルカはそう言って跪いてお辞儀をする。

そして、
「ミルクは入れますか?」

と、聞いてきたので、
「ミルクは入れて。あ、そうだ。砂糖も入れてね。」
と、伝えておいた。
いや、いくらオトナの苦みだとしても、やっぱり苦いのはつらいからねえ。

そうして、マルカが淹れてくれた乳白色のコーヒーはとても甘くておいしかった。
そうか、あの苦いコーヒーもこうやってミルクをたっぷりと入れれば美味しくなるんだねぇ。
酸いも甘いも、苦みも分かるようになって、ボクも大人に近づいたということかな。

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