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41.雨の日の館探索とラジオ体操とコンソメスープ
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翌日、またサムの小屋に行こうかと思ったけど、天気は雨だった。
結構強く降っているのか、昼間なのに薄暗い。
お昼を食べてみんなでリバーシをして過ごしていたけれど、やっぱり部屋の中でダラダラしているのは退屈だ。
とはいえ、外には出れないので館の中を探索することにする。
この館はすごく広い。
今までも結構歩き回っているけど、隠し部屋や通路なんかもあるので探索にはもう少し時間がかかるだろう。
ということで、今日は館の探索だ。
まずは大広間のレグノー神像に挨拶をして……。
「なにをなさっているのですか?」
ボクがレグノー神像に向かって柏手を打っていると、テレサが聞いてくる。
「レグノー神様に挨拶してるんだ。」
「……はい?」
ボクの説明にテレサは『え?』と言う風な驚いたような、不思議そうな顔をする。
まあ、柏手は前世流の祈り方だからテレサには奇妙な行為に見えるんだろう。
そう思ったんだけど、テレサは『この子はナニ言ってるんだ?』ってものすごく怪訝そうな顔をしている。
普段無表情なのにどうしてそんな顔を……。
ハッ!もしかしてこの神様は『レグノー』って名前じゃないのか?
『ラグナ』の方が名前だったとか?
いや、その後に『レンニュグルス』とか言ってたから、そっちの方か!?
テレサはこの神様の信者みたいだから、神様の名前を間違えるのはマズイ。
非っ常にマズイ!?
「そんなことより!準備運動しよう!準備運動!」
ボクはそう言って、オイッチニーオイッチニーと屈伸をする。
「ジュ、ジュムブンドー?ですか?」
今度はテレサの表情が戸惑いに変わる。
しまった!
『準備運動』は前世語だ!?
マズイ!
「そんなことは良いじゃない!テレサも一緒にボクと同じに!ほら!チャンチャラチャチャチャチャ、チャンチャラチャチャチャチャ、てをのばしてせのびのうんどぉ~。」
ボクが身体を動かして体操を始めると、テレサも『?』な状態ながらもボクの動きの真似をする。
お?テレサにとってはよくわからない動きのハズだが、テレサはほとんどタイムラグ無しにボクの動きに付いてくる。
大したもんだ。
それから約五分、準備体操を終えてイイ感じに身体の筋肉が解れた。
フウ、なんだかんだ焦ったけど、身体を動かすと清々しくて焦っていたことがどうでも良いような気持ちになった。
ボクの言動を訝しんでいたテレサも、そんなことはどうでも良くなったのか、気持ち良さそうに側屈をしている。
「ご主人様、ご主人様。」
と、どこからか声をかけられた。
見回すと、というかテレサが見ている方を見ると、広間の端っこの壁が横にずれてポッカリと開いており、そこからコルネロが顔を出してこちらを見ていた。
あんなところに通路があったのか!
そんな驚きはおくびにも出さずに、落ち着いて答える。
「どうしたの?」
「新しいスープ作ったんでやすが、味見しやせんか?」
コルネロは広間に入らず、コソコソという感じで通路の中からそう言った。
「食べる~。」
返事をしてからテレサと目が合った。
『探検はしないのですか?』
テレサの目は暗にそう言っているような気がしてハッとしたが、
「そいじゃあ、お茶も淹れやすよ。」
コルネロはそう言って通路の奥へ引っ込んだので、やっぱり探検に行くとは言えなくなってしまった。
仕方ないのでコルネロについて行こうとしたらテレサに止められた。
「ご主人様はあちらからどうぞ。」
そう言って壁に開いた通路ではなく、少し遠回りになる飾りが付いたちゃんとした扉を促される。
「え~、良いじゃ……。」
『別に良いじゃん』と言いかけたが、テレサの横目の視線の先、階段の上にレーネが居た。
レーネが居るのを見てテレサが止めたということは、この通路は『ボクが入らない方が良い』通路なんだろう。
いつぞやの水場の様にテレサが叱られることになってはいけない。
ここは自重しておこう。
ということで、金色の細工で装飾された扉を通って厨房へと入る。
と、コルネロが焚き火の前で鍋をかき混ぜているところだった。
鍋は焚き火の上に据えた五徳上に置かれている。
スープはまだ温まっていないのか湯気は出ていない。
「ご主人様がこの前言ってた様に鶏肉とか赤長芋とか筒菜の根とか煮込んだんでやすが、濁っちまうんでやんすよ。」
この前言ってた?どれの事だろう?
赤長芋ってニンジンのことだったよね。
筒菜の根っていうのは確かタマネギだったっけ?
「昨日から煮込んでたんでやすが、材料が溶けちまいやして。」
おお確かに、コルネロが掬ったおたまには煮崩れてドロドロになったと思われる具が掬われていた。
「コレ、なに?」
ボクの問いにコルネロは妙に卑屈な媚びる様な笑みを浮かべながら、
「ほらぁ、この前メンツクァッツ作った時、メショシューとかいうスープがなんとかって言ってたじゃないでやすかあ。」
と、もみ手をしながら答える。
メンツクァッツ……?
多分メンチカツの事だと思うけど、なんか変な風に訛ってるな。
だとすると『メショシュー』っていうのは『味噌汁』の事かな。
「いや、だからアレは醤油とか味噌が無いから出来ないって言ったじゃないか。」
「いや、でも代わりにコンショレ使えば出来るって言ってたでやんしょ?だからコンショレを作ろうかと思いやして。」
コンショレ……、どうしてだろう?甘いお菓子のようなものを連想してしまった。
「ショコレ、じゃない。コンソメはすごい煮込んだり濾過したりするから難しいよ?」
「だから煮込んだんでやんすが……、って、布でギューする?もしかして具を濾過するんでやんすか?それを言って欲しかったでやんすう。」
「だから、また今度って言ったじゃん。」
ボクが呆れた様に言うと、
「でも、ご主人様、あれから全然来てくれなかったじゃないでやんすかぁ~。早く作りたくて作りたくて、アッシは~。」
と言ってコルネロは地団駄を踏むようにしている。
子供かっ!
「コルネロ?……」
「「はっ!」」
ボクの後ろから突然発せられたテレサの冷たい声色にボクとコルネロがビクッとする。
テレサはボクの後ろに居るので表情は見えないが、サーっと血の気が引いたコルネロの顔を見れば、どういう状況かは想像できる。
ヤバイ、コルネロが消される!
「わ、わかったよ!それじゃあ!作り方を書き出していこう!テレサ、手伝ってよ。」
ボクがそう言って手を叩くと、後ろからフウと溜息が聞こえ、
「コルネロ、書くものは有りますか?」
というテレサの声が聞こえた。
とりあえず誤魔化せた、かな?
そう思ってボクがオズオズとテレサの顔を伺うと、テレサは意外にもいつも通りの表情で『どうしましたか?』という表情でボクを見ていた。
あれ?怒って無かったのかな?
「紙は無いんで、この板にお願いするでやんす。」
コルネロがインクと木の板を持ってきたので、そこに材料と作り方をテレサに書き出してもらう。
始めはコルネロが書いていたが、ボクがわからない単語を言う度に一つ一つ事細かに聞いて来て、ボクがウンザリしているのを見て、
「自分で考えなさい。」
と言ってテレサが代わってくれたのだ。
レシピを書き出し終わった頃、火にかけていたスープが煮立ってきた。
と、同時に厨房にスープのとても良い匂いが立ち込めてきて、ボクのおなかが『クウ』と鳴った。
お昼ご飯、結構ガッツリ食べたんだけどな。
「へへへ、食べてみやすか?」
「……食べる。」
お腹の音からのこの問いは少し恥ずかしい。
ボクが作業台のスツールに座ると、テレサが木の器に入れた熱々のスープを持ってきてくれた。
金色のスプーンを手に取りスープ皿からスープを掬おうとした際、木の器に触れてしまった。
お?スープは熱々なのに木の器って熱くないんだな。
いや、いつもの金色のスープ皿も熱くはなかったんだけど、いつものスープ皿とは熱さが違うというか……。
「どうでやんすか?」
余計なことを考えているとコルネロがソワソワとしながら聞いてくる。
おっといけない。集中、集中。
まずは香り。
色々な食材の香りが混じっているけど、美味しそうな良い香りだ。
色味は?
ボクはスープを一匙掬って眺めてみる。
濁るというほどではないが、煮崩れた具材が漂っていて、前世の記憶で見た『コンソメスープ』とは違った見た目をしている。
それでは味は?
掬ったスープを口に入れると、色々な味が混ざり合った複雑な味が口の中に拡がる。
「んん~、デェリ~シャス。美味しいねえ。」
「ありがとうございやす。でも、でも……、透明じゃないんでやすよ~。」
「え?豚骨スープとかも濁ってるし、美味しいから良いんじゃないの?」
まあ、溶けたというか、煮崩れてほぐれた具材が出涸らし風に混じってて、ちょっと食べにくい感じはあるけど、いつものイモのスープよりは透明だしね。
「なんでやんすか、ソレ?というかショーユっていうのは透明なんでやんしょ?濁ってたらダメでやんしょ?」
ああそうか、コンソメスープを煮詰めて醤油の代わりが出来ないだろうかって話だったっけ。
「うーん、でも味噌汁はお醤油で作るんじゃないからなあ。」
「えっ?それじゃ、このコンショレは無駄なんでやんすか?」
「いやいや、無駄じゃないよ。濾過して透明にしたら、そのスープでお芋とか煮たら美味しいよ。多分。」
「え?多分?」
ボクの曖昧な言葉に反応して疑う様な顔をするコルネロ。
「いやいや、美味しいよ。美味しい美味しい。」
いけない。
コルネロはこういう料理の話の時は細かいところまで突っ込んで聞いてくるんだ。
「まあ良いでやんす。美味く作るでやんすから。それで『トンクォックゥップ』ってのは何でやんすか?」
トンコップ……なんだって?
「え?トンコップ?ナニ、ソレ?」
コルネロの言葉が訛りすぎていて何が何やらわからない。
「さっき『濁ってる』って言ってたじゃないでやんすかぁ。」
『いやですよ~、もう!』って感じでいやにオバさんくさい仕草で答えるコルネロ。
背後にはゲンコツを握りしめているテレサ。
なんだか既視感が……。
「ああ!豚骨スープの事か!?アレは豚の骨を壊して煮るんだよ!」
と言いながら、すかさずボクはコルネロとテレサの間に移動する。
「そう!んで、そのトンコックゥプってのはなんでやんすか?ブトゥアってのは、フォネってってのはなんでやんすか?教えて欲しいでやんすう……。って、……ヘイ。すいやせん……。」
コルネロはブリッ子の女の子の様に上目遣いの仕草でおねだりしてきたが、ボクの背後を見てハッとして引き下がる。
何を見たのか?
いや、ボクは振り返らなくてもなんとなくわかる。
コルネロ!お前はもっと周りの危険に気をつけるべきだ!
「豚っていうのは『ブヒブヒ』鳴く、獣?ケモノってどんな単語だっけ?」
「『キェモー』ってのも気になりやすが、まずは『ブトゥア』でやんす。ブトゥアってなんでやんすか?フォネってのは?」
「ええっと、だから豚っていうのは『ブヒブヒ』って鳴く『羊』?みたいなヤツ。鼻がこんな感じなんだ。」
『豚』って単語と『獣』って単語が分からずにボクが困っていると、
「もしかしてアプルーの事ですか?鼻が長いです。」
と、テレサが助言をくれるが、
「ええ?アプルーでやんすか?でも、アレはブヒブヒなんて鳴かないでやんすよ?もっとこう……『ウォィーイ』とか『ンォォーイ』とか鳴くでやんしょう?」
と、異論を述べる。
いや、鳴き声全然違うじゃん。
それは豚じゃない様な気がするなあ。
「ユグレスではその様に鳴くのですか?エストリアでは『クウィーク』と鳴きますよ?」
「え?確かにそれはアプルーでやんすが、そんな鳴き方しないでやんすよ?」
う~ん?二人とも『ブヒブヒ』とは全然違う鳴き方じゃない?
それにテレサの言っているケモノをコルネロは『確かにアプルーだ』って言うけど、なんで鳴き方が違うのにアプルーだって思うんだ?
テレサとコルネロの言っている動物は本当に同じ種類の動物なのだろうか?
「豚は『ブヒブヒ』とか『ブヒー』って鳴くんだよ?」
ボクがそう言うとテレサは、
「頭が大きいです。前足から前は全て頭。顔は鼻がまっすぐで牙があって鼻が前向きになっています。その鼻で土を掘ったりします。そういう物ではないですか?」
テレサが細かく説明をしてくれると、なんだか細かいイメージがよく伝わってきた。
「ああ、それは『猪』だね。なるほど、猪かあ。でも、猪も豚の仲間だし猪でも大丈夫なんじゃない?」
「ウィノスシ?なんですかい?そりゃあ?」
「ウィノスシじゃなくてイノシシね。豚の親戚だよ。いや、お父さんとかお母さんかな?」
「ブトゥアはアプルーじゃ無いんでやんすか?」
「違うよ。豚はハンバーグの時に混ぜ……。あー!?豚って『豚肉』だよ!」
そうだった!
ハンバーグとの時に『豚肉』って単語は聞いたことあったんだった!
「いや、『豚肉』は肉でやんすよ。アプルーはビィエステでやんすよ。アプルーはまだ『豚肉』じゃ無いでやんすよ~。はっはっは。」
コルネロはそう言って笑う。
おそらく、ボクが『豚肉』って動物が居ると勘違いしてるとか思ったんだろう。
ニヨニヨと笑いながら揶揄うように笑っている。
「コルネロ……?」
と同時に怒気をはらんだテレサの声が。
テレサはコルネロに見えるようにゲンコツを掌にグリグリしている。
いや、そのジェスチャーは女の子としてはどうなの?
「ひぃっ!すいやせん。」
「とにかく!トンコツっていうのは、『豚肉』のホネ……根本とか真ん中の棒とかを煮込んで作るスープなんだ。」
「いや、芋とか棒とかって言われても……って、もしかして『オス』でやんすか?」
うん?雄?
いや、雌でも良いと思うけど……。
「骨っていうのは豚肉の棒だよ?」
一応確認してみたが、
「ああ、それなら『オス』でやんすね。なるほど!『オス』を砕いて煮込むのか。確かに美味いかもしれないでやんすね。ウェヘヘへへへへ。」
と、ヨダレを拭きながら笑った。
『オスを砕く』
……なぜか寒気がする言葉だな。
しかし、うーん、大丈夫なんだろうか?
それにしてもコルネロって、料理の話する時は真剣な様子なんだけど、なんか気持ち悪いよなあ。
テレサも『気持ち悪い』って感じの顔してる。
澄ました『デキる男』風にしてればちょっとカッコいいんだからもっと気をつければ良いのになあ。
結構強く降っているのか、昼間なのに薄暗い。
お昼を食べてみんなでリバーシをして過ごしていたけれど、やっぱり部屋の中でダラダラしているのは退屈だ。
とはいえ、外には出れないので館の中を探索することにする。
この館はすごく広い。
今までも結構歩き回っているけど、隠し部屋や通路なんかもあるので探索にはもう少し時間がかかるだろう。
ということで、今日は館の探索だ。
まずは大広間のレグノー神像に挨拶をして……。
「なにをなさっているのですか?」
ボクがレグノー神像に向かって柏手を打っていると、テレサが聞いてくる。
「レグノー神様に挨拶してるんだ。」
「……はい?」
ボクの説明にテレサは『え?』と言う風な驚いたような、不思議そうな顔をする。
まあ、柏手は前世流の祈り方だからテレサには奇妙な行為に見えるんだろう。
そう思ったんだけど、テレサは『この子はナニ言ってるんだ?』ってものすごく怪訝そうな顔をしている。
普段無表情なのにどうしてそんな顔を……。
ハッ!もしかしてこの神様は『レグノー』って名前じゃないのか?
『ラグナ』の方が名前だったとか?
いや、その後に『レンニュグルス』とか言ってたから、そっちの方か!?
テレサはこの神様の信者みたいだから、神様の名前を間違えるのはマズイ。
非っ常にマズイ!?
「そんなことより!準備運動しよう!準備運動!」
ボクはそう言って、オイッチニーオイッチニーと屈伸をする。
「ジュ、ジュムブンドー?ですか?」
今度はテレサの表情が戸惑いに変わる。
しまった!
『準備運動』は前世語だ!?
マズイ!
「そんなことは良いじゃない!テレサも一緒にボクと同じに!ほら!チャンチャラチャチャチャチャ、チャンチャラチャチャチャチャ、てをのばしてせのびのうんどぉ~。」
ボクが身体を動かして体操を始めると、テレサも『?』な状態ながらもボクの動きの真似をする。
お?テレサにとってはよくわからない動きのハズだが、テレサはほとんどタイムラグ無しにボクの動きに付いてくる。
大したもんだ。
それから約五分、準備体操を終えてイイ感じに身体の筋肉が解れた。
フウ、なんだかんだ焦ったけど、身体を動かすと清々しくて焦っていたことがどうでも良いような気持ちになった。
ボクの言動を訝しんでいたテレサも、そんなことはどうでも良くなったのか、気持ち良さそうに側屈をしている。
「ご主人様、ご主人様。」
と、どこからか声をかけられた。
見回すと、というかテレサが見ている方を見ると、広間の端っこの壁が横にずれてポッカリと開いており、そこからコルネロが顔を出してこちらを見ていた。
あんなところに通路があったのか!
そんな驚きはおくびにも出さずに、落ち着いて答える。
「どうしたの?」
「新しいスープ作ったんでやすが、味見しやせんか?」
コルネロは広間に入らず、コソコソという感じで通路の中からそう言った。
「食べる~。」
返事をしてからテレサと目が合った。
『探検はしないのですか?』
テレサの目は暗にそう言っているような気がしてハッとしたが、
「そいじゃあ、お茶も淹れやすよ。」
コルネロはそう言って通路の奥へ引っ込んだので、やっぱり探検に行くとは言えなくなってしまった。
仕方ないのでコルネロについて行こうとしたらテレサに止められた。
「ご主人様はあちらからどうぞ。」
そう言って壁に開いた通路ではなく、少し遠回りになる飾りが付いたちゃんとした扉を促される。
「え~、良いじゃ……。」
『別に良いじゃん』と言いかけたが、テレサの横目の視線の先、階段の上にレーネが居た。
レーネが居るのを見てテレサが止めたということは、この通路は『ボクが入らない方が良い』通路なんだろう。
いつぞやの水場の様にテレサが叱られることになってはいけない。
ここは自重しておこう。
ということで、金色の細工で装飾された扉を通って厨房へと入る。
と、コルネロが焚き火の前で鍋をかき混ぜているところだった。
鍋は焚き火の上に据えた五徳上に置かれている。
スープはまだ温まっていないのか湯気は出ていない。
「ご主人様がこの前言ってた様に鶏肉とか赤長芋とか筒菜の根とか煮込んだんでやすが、濁っちまうんでやんすよ。」
この前言ってた?どれの事だろう?
赤長芋ってニンジンのことだったよね。
筒菜の根っていうのは確かタマネギだったっけ?
「昨日から煮込んでたんでやすが、材料が溶けちまいやして。」
おお確かに、コルネロが掬ったおたまには煮崩れてドロドロになったと思われる具が掬われていた。
「コレ、なに?」
ボクの問いにコルネロは妙に卑屈な媚びる様な笑みを浮かべながら、
「ほらぁ、この前メンツクァッツ作った時、メショシューとかいうスープがなんとかって言ってたじゃないでやすかあ。」
と、もみ手をしながら答える。
メンツクァッツ……?
多分メンチカツの事だと思うけど、なんか変な風に訛ってるな。
だとすると『メショシュー』っていうのは『味噌汁』の事かな。
「いや、だからアレは醤油とか味噌が無いから出来ないって言ったじゃないか。」
「いや、でも代わりにコンショレ使えば出来るって言ってたでやんしょ?だからコンショレを作ろうかと思いやして。」
コンショレ……、どうしてだろう?甘いお菓子のようなものを連想してしまった。
「ショコレ、じゃない。コンソメはすごい煮込んだり濾過したりするから難しいよ?」
「だから煮込んだんでやんすが……、って、布でギューする?もしかして具を濾過するんでやんすか?それを言って欲しかったでやんすう。」
「だから、また今度って言ったじゃん。」
ボクが呆れた様に言うと、
「でも、ご主人様、あれから全然来てくれなかったじゃないでやんすかぁ~。早く作りたくて作りたくて、アッシは~。」
と言ってコルネロは地団駄を踏むようにしている。
子供かっ!
「コルネロ?……」
「「はっ!」」
ボクの後ろから突然発せられたテレサの冷たい声色にボクとコルネロがビクッとする。
テレサはボクの後ろに居るので表情は見えないが、サーっと血の気が引いたコルネロの顔を見れば、どういう状況かは想像できる。
ヤバイ、コルネロが消される!
「わ、わかったよ!それじゃあ!作り方を書き出していこう!テレサ、手伝ってよ。」
ボクがそう言って手を叩くと、後ろからフウと溜息が聞こえ、
「コルネロ、書くものは有りますか?」
というテレサの声が聞こえた。
とりあえず誤魔化せた、かな?
そう思ってボクがオズオズとテレサの顔を伺うと、テレサは意外にもいつも通りの表情で『どうしましたか?』という表情でボクを見ていた。
あれ?怒って無かったのかな?
「紙は無いんで、この板にお願いするでやんす。」
コルネロがインクと木の板を持ってきたので、そこに材料と作り方をテレサに書き出してもらう。
始めはコルネロが書いていたが、ボクがわからない単語を言う度に一つ一つ事細かに聞いて来て、ボクがウンザリしているのを見て、
「自分で考えなさい。」
と言ってテレサが代わってくれたのだ。
レシピを書き出し終わった頃、火にかけていたスープが煮立ってきた。
と、同時に厨房にスープのとても良い匂いが立ち込めてきて、ボクのおなかが『クウ』と鳴った。
お昼ご飯、結構ガッツリ食べたんだけどな。
「へへへ、食べてみやすか?」
「……食べる。」
お腹の音からのこの問いは少し恥ずかしい。
ボクが作業台のスツールに座ると、テレサが木の器に入れた熱々のスープを持ってきてくれた。
金色のスプーンを手に取りスープ皿からスープを掬おうとした際、木の器に触れてしまった。
お?スープは熱々なのに木の器って熱くないんだな。
いや、いつもの金色のスープ皿も熱くはなかったんだけど、いつものスープ皿とは熱さが違うというか……。
「どうでやんすか?」
余計なことを考えているとコルネロがソワソワとしながら聞いてくる。
おっといけない。集中、集中。
まずは香り。
色々な食材の香りが混じっているけど、美味しそうな良い香りだ。
色味は?
ボクはスープを一匙掬って眺めてみる。
濁るというほどではないが、煮崩れた具材が漂っていて、前世の記憶で見た『コンソメスープ』とは違った見た目をしている。
それでは味は?
掬ったスープを口に入れると、色々な味が混ざり合った複雑な味が口の中に拡がる。
「んん~、デェリ~シャス。美味しいねえ。」
「ありがとうございやす。でも、でも……、透明じゃないんでやすよ~。」
「え?豚骨スープとかも濁ってるし、美味しいから良いんじゃないの?」
まあ、溶けたというか、煮崩れてほぐれた具材が出涸らし風に混じってて、ちょっと食べにくい感じはあるけど、いつものイモのスープよりは透明だしね。
「なんでやんすか、ソレ?というかショーユっていうのは透明なんでやんしょ?濁ってたらダメでやんしょ?」
ああそうか、コンソメスープを煮詰めて醤油の代わりが出来ないだろうかって話だったっけ。
「うーん、でも味噌汁はお醤油で作るんじゃないからなあ。」
「えっ?それじゃ、このコンショレは無駄なんでやんすか?」
「いやいや、無駄じゃないよ。濾過して透明にしたら、そのスープでお芋とか煮たら美味しいよ。多分。」
「え?多分?」
ボクの曖昧な言葉に反応して疑う様な顔をするコルネロ。
「いやいや、美味しいよ。美味しい美味しい。」
いけない。
コルネロはこういう料理の話の時は細かいところまで突っ込んで聞いてくるんだ。
「まあ良いでやんす。美味く作るでやんすから。それで『トンクォックゥップ』ってのは何でやんすか?」
トンコップ……なんだって?
「え?トンコップ?ナニ、ソレ?」
コルネロの言葉が訛りすぎていて何が何やらわからない。
「さっき『濁ってる』って言ってたじゃないでやんすかぁ。」
『いやですよ~、もう!』って感じでいやにオバさんくさい仕草で答えるコルネロ。
背後にはゲンコツを握りしめているテレサ。
なんだか既視感が……。
「ああ!豚骨スープの事か!?アレは豚の骨を壊して煮るんだよ!」
と言いながら、すかさずボクはコルネロとテレサの間に移動する。
「そう!んで、そのトンコックゥプってのはなんでやんすか?ブトゥアってのは、フォネってってのはなんでやんすか?教えて欲しいでやんすう……。って、……ヘイ。すいやせん……。」
コルネロはブリッ子の女の子の様に上目遣いの仕草でおねだりしてきたが、ボクの背後を見てハッとして引き下がる。
何を見たのか?
いや、ボクは振り返らなくてもなんとなくわかる。
コルネロ!お前はもっと周りの危険に気をつけるべきだ!
「豚っていうのは『ブヒブヒ』鳴く、獣?ケモノってどんな単語だっけ?」
「『キェモー』ってのも気になりやすが、まずは『ブトゥア』でやんす。ブトゥアってなんでやんすか?フォネってのは?」
「ええっと、だから豚っていうのは『ブヒブヒ』って鳴く『羊』?みたいなヤツ。鼻がこんな感じなんだ。」
『豚』って単語と『獣』って単語が分からずにボクが困っていると、
「もしかしてアプルーの事ですか?鼻が長いです。」
と、テレサが助言をくれるが、
「ええ?アプルーでやんすか?でも、アレはブヒブヒなんて鳴かないでやんすよ?もっとこう……『ウォィーイ』とか『ンォォーイ』とか鳴くでやんしょう?」
と、異論を述べる。
いや、鳴き声全然違うじゃん。
それは豚じゃない様な気がするなあ。
「ユグレスではその様に鳴くのですか?エストリアでは『クウィーク』と鳴きますよ?」
「え?確かにそれはアプルーでやんすが、そんな鳴き方しないでやんすよ?」
う~ん?二人とも『ブヒブヒ』とは全然違う鳴き方じゃない?
それにテレサの言っているケモノをコルネロは『確かにアプルーだ』って言うけど、なんで鳴き方が違うのにアプルーだって思うんだ?
テレサとコルネロの言っている動物は本当に同じ種類の動物なのだろうか?
「豚は『ブヒブヒ』とか『ブヒー』って鳴くんだよ?」
ボクがそう言うとテレサは、
「頭が大きいです。前足から前は全て頭。顔は鼻がまっすぐで牙があって鼻が前向きになっています。その鼻で土を掘ったりします。そういう物ではないですか?」
テレサが細かく説明をしてくれると、なんだか細かいイメージがよく伝わってきた。
「ああ、それは『猪』だね。なるほど、猪かあ。でも、猪も豚の仲間だし猪でも大丈夫なんじゃない?」
「ウィノスシ?なんですかい?そりゃあ?」
「ウィノスシじゃなくてイノシシね。豚の親戚だよ。いや、お父さんとかお母さんかな?」
「ブトゥアはアプルーじゃ無いんでやんすか?」
「違うよ。豚はハンバーグの時に混ぜ……。あー!?豚って『豚肉』だよ!」
そうだった!
ハンバーグとの時に『豚肉』って単語は聞いたことあったんだった!
「いや、『豚肉』は肉でやんすよ。アプルーはビィエステでやんすよ。アプルーはまだ『豚肉』じゃ無いでやんすよ~。はっはっは。」
コルネロはそう言って笑う。
おそらく、ボクが『豚肉』って動物が居ると勘違いしてるとか思ったんだろう。
ニヨニヨと笑いながら揶揄うように笑っている。
「コルネロ……?」
と同時に怒気をはらんだテレサの声が。
テレサはコルネロに見えるようにゲンコツを掌にグリグリしている。
いや、そのジェスチャーは女の子としてはどうなの?
「ひぃっ!すいやせん。」
「とにかく!トンコツっていうのは、『豚肉』のホネ……根本とか真ん中の棒とかを煮込んで作るスープなんだ。」
「いや、芋とか棒とかって言われても……って、もしかして『オス』でやんすか?」
うん?雄?
いや、雌でも良いと思うけど……。
「骨っていうのは豚肉の棒だよ?」
一応確認してみたが、
「ああ、それなら『オス』でやんすね。なるほど!『オス』を砕いて煮込むのか。確かに美味いかもしれないでやんすね。ウェヘヘへへへへ。」
と、ヨダレを拭きながら笑った。
『オスを砕く』
……なぜか寒気がする言葉だな。
しかし、うーん、大丈夫なんだろうか?
それにしてもコルネロって、料理の話する時は真剣な様子なんだけど、なんか気持ち悪いよなあ。
テレサも『気持ち悪い』って感じの顔してる。
澄ました『デキる男』風にしてればちょっとカッコいいんだからもっと気をつければ良いのになあ。
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