健康で文化的な異世界生活

三郎吉央

文字の大きさ
上 下
34 / 58

34.S字トラップとサイフォンの原理

しおりを挟む
森番の小屋から戻った翌日、再び森番の小屋へ行くことにした。

メリアは
「どうして今日も森番の小屋に向かうのですか?」
と、明らかに躊躇っていたが、帰ってから夜に思いついたことがあったのだ。

「今日はテレサだけでも良いよ。」
と言ったが、結局、マルカも付いてくることになった。

ボクとしてはついてくるなら一番扱いやすいテレサか、ちょっと抜けているレーネが良かったんだけど、しっかり者っぽいマルカがついてくるのはお目付役ってことだろうか。

馬車に乗って森番の小屋へと着くと、今日はサムとターナーが表で待っていた。先に連絡が行っていたらしい。

「ええと、ご主人様、ようこそおいで下さいました。今日はいい日です。」

うん?緊張しているのか、ターナーが変な言葉使いになってる。
こっちも言葉は覚えたてなので、変な言葉使いされると理解できなくて困る。

なので、
「楽にしてよ。ボクよくわかんないんだから。」
と言って楽にしてもらう。

とは言ったものの、テレサとマルカには2人ともビビってる感が強い。
特にマルカは地味だけどスゴい美人なので黙って立っているだけで圧がすごい。

「マルカ、テレサ、怖い顔したらダメだよ?」
ここは先に釘を刺しておこう。

「はっ、仰せのままに。」

「仰せの、ままに……。」

相変わらずテレサは返事は良いな。
対してマルカはちょっと歯切れが悪い。
うーん、マルカはちょっと真面目すぎるとこがあるからなぁ、仕方ないかな。

「今日なんだけど、ちょっと頼みたいことがあって来たんだ。昨日焼いてた配管は出来上がったの?」

昨日は陶器製の排水菅を作ってるって言ってたはずだ。

「へい、昨日素焼きが終わったんで、これから泥を塗ってもう一回焼くんでさ。今日はまだ熱いまんまだから冷ましているところでさあ。」

なんだ、まだ実物は見れないのか。

「うまく行くと良いね。ところで、頼みたいモノなんだけど、テレサ、絵を見せてあげて。」

実は今日、朝から簡単な絵を描いておいたのだ。

テレサが絵図面を広げてくれると、そこには三面図で描いた設計図が描いてある。
もちろん手書きなので、直線は曲がっていたりするけれど、簡単なモノなので、大体伝わればいけるはずだ。

「こ、これは!?……何ですか?」
サムとターナーが驚いている。

と、いうよりはなんだかさっぱりわからない様子だ。
まあ、図面を見ただけじゃなんだかわからないよね。
マルカに図面の横に説明書きを書いて貰ってあるんだけど、説明は必要かな?

「これは水場のゴミ受けタライの設計図なんだ。このタライの部分にゴミを捨てるのは変わらないけど、捨てたら水で洗い流すようになってる。」

水場とはボクが入ってニオイが臭すぎて倒れてしまった因縁の場所である。

今は、下水に直管で繋がっており下水のニオイが素通りしてしまっている。
そこにはS字トラップ、簡単に言えば水洗トイレの便器の構造をしたタライを設置することでニオイを防ぐのだ。

「ここに説明を書いてもらったからわからないときは読んでね。」
と言うと、サムとターナーは書かれた字を見て、
「すいやせん。あっしらこういう字は読めねえんでさ。」
と言って首を振った。

うん?こういう字?
図面を見ると、とても流麗なというかキレイな筆記体のような文字が書かれている。
実は何が書いてあるのか、ボクも読めない。

ボクがマルカを見ると、みんな一斉にマルカを見る。

「申し訳ございません。まさか読めないとは思わず……。書き直します。」
マルカはそう言って流麗な文字の下にカクカクした字を書きはじめる。

「すみません。失念いたしておりました。『真の文字』はあまり下の者に通じないことを忘れておりました。申し訳ございませんでした。」

どうやらこの流麗な文字は『真の文字』と言うらしい。
何が『真』なんだろう?
もしかして『母国語』とかいう意味だろうか?

「まあ、仕方ないよ。」

そんなことを言っていると、図面を見ていたサムがオズオズと手を上げる。

「この配管ですが、途中で曲がっとりやす。これじゃあ水は流れんと思うんですが、本当にこれでよろしいんでごぜえますか?」

サムが指差しているのはS字トラップのパイプが下から上に曲がっている部分だった。

「こっちのタライの方が高い位置まで水を入れられるから流れるよ?あとはサイフォンの原理で一気に流れてくれるんだよ。」
と説明すると、テレサは無表情、マルカ、サムは少し困惑した表情、ターナーはあからさまに『そんなバカな』的な顔をしている。

あれ?サムとターナーはともかく、マルカまでなんでそんな顔してんの?

次の瞬間、テレサがターナーの方を睨むと、ターナーは泣きそうな表情になる。

「あれ?サイフォンの原理、知らない?」

テレサ以外はお互いの顔を見合わせる。
どうやらテレサ以外の人は理科は苦手らしい。

「はいテレサ、説明してあげて。」

「はい。わかりません。」

……おい。
わかってるから平気な顔をしてたんじゃなかったのか?

仕方がない。
説明するか。

「簡単に言うなら、密閉された管の水の吐き出し口を片方の水面より下にしている限り水は流れ続けるってこと。」

「「「?」」」

説明したボクの言葉にテレサを含めた全員の顔が『?』になっている。
言葉だけじゃわかんないかな。

「なにか曲がった管があれば見せてあげられるんだけどねぇ。」

ボクの言葉にサムが、
「曲がった管が有れば良いんででございやすか?」
そう言って奥へと行くと奥から壊れたラッパを持ってきた。
銅製なのか青黒く錆びており、へんな形に曲がっているが元々は真っ直ぐのラッパだったようだ。

「昔拾ったもんですが、これではどうでやしょうか?」

曲がってはいるが、見たところ穴などは空いて無さそうだ。

「やってみる?タライか桶はある?」

今度はターナーが表へ走っていくと、人が入れるくらいのタライを運んできた。

折角持ってきてくれたが、小屋の中では水が使えないので井戸の近くへ移動する。
そして水を張って貰う。

そしてボクが見本を見せようと腕まくりをしようとすると、マルカが、
「ターナー、あなたがやりなさい。ご主人様、ご指示をお願いします。」
と言った。

ボクが直接やるのはダメらしい。

「それじゃあ、ラッパ全部を水のなかに沈めて。そのラッパの吹き口を指でふさいで持ち上げて、タライの外へ向けて。ああ、ラッパの先を水から出さないように気をつけてね。」

ターナーは失敗しないようにすごく丁寧にラッパを扱っている。
原因は多分、明らかに威圧しているマルカのせいだろう。

無言の『失敗したらどうなるか、わかっていますね?』って圧力がスゴい。

いや、失敗してももう一度やり直せば良いだけだから。
ターナーがすごい汗かいているからやめてあげて欲しいものだ。

この時点でラッパは先っぽの方が水の中、吹き口の方がタライの縁を越えてタライの外に出ている状態になっている。

ターナーはタライの外へ引っ張り出したラッパの吹き口を塞いでいた指を離す。
と、ラッパの吹き口からは水が吹き出し、水が流れ始めた。

「「「「「え!?」。」。」。」。」
ボク以外の5人が驚きの声を上げる。

いや、サムとターナーはともかく、マルカとテレサはボクの言葉を信じてたんじゃなかったのか?
ツッコミたいボクをよそに、4人は流れ続ける水をマジマジと見ている。

「え?どうしてこんな……。」

「タライの縁の上を越えとる?なぜじゃ?」

「こんな不思議なことが?」

「コレは、魔法?」

見た目、水が水面より上に上ってタライの縁を越えて流れ続けているように見えるため、確かに不思議な現象のようには見える。
だけど、気圧と重力の作用を利用した越流なので、元の水面の位置がラッパの吹き口より低くなれば越流は止まる。

「あ、止まった?」

「勝手に止まった?なぜ?」

「わ、私は何もしておりなせんよ!?」

いや、水面の位置が吹き口より低くなったから止まっただけなんだけど、マルカに睨まれていたターナーは気が気じゃないらしい。

「初めに言ったでしょ?吐き出し口よりこっちの水面が下がったら水は止まるんだ。」
ボクの言葉にターナーがホッとした顔をする。

「そんなことより、水はちゃんと流れたでしょ?だから、新しい水場の配管、頼んだよ?」

サムとターナーはまだラッパの管を水につけたりして触っていたので、ボク達はそう言い残して屋敷に戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。

ファンタスティック小説家
ファンタジー
 科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。  実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。  無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。  辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

令和の俺と昭和の私

廣瀬純一
ファンタジー
令和の男子と昭和の女子の体が入れ替わる話

男女比1/100の世界で《悪男》は大海を知る

イコ
ファンタジー
男女貞操逆転世界を舞台にして。 《悪男》としてのレッテルを貼られたマクシム・ブラックウッド。 彼は己が運命を嘆きながら、処刑されてしまう。 だが、彼が次に目覚めた時。 そこは十三歳の自分だった。 処刑されたことで、自分の行いを悔い改めて、人生をやり直す。 これは、本物の《悪男》として生きる決意をして女性が多い世界で生きる男の話である。

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

処理中です...