上 下
20 / 53

20.探検

しおりを挟む
探検に出ることにした。

といっても、前回一人で『脱走』したことでメリアやメイドたちにすごく心配されたので、今回の探検には隊員としてテレサを連れていくことにした。
というか、メリアに強く要望された。

部屋の外に出て探検したいと言ったら、始めはメリアが付いて来ると言っていたが、明らかに体育会系ではない彼女ではボクが逃げた時、追いかけて捕まえるということができないと思ったのだろう。
結局テレサがお目付け役についてくることになった。
おそらく、本質はボクが逃げた時の捕獲要員としてであろう。

いや、別にもう逃げるつもりはないんだけど、以前部屋から脱走した事で警戒されているらしい。

当日は朝起きてすぐに出かけようとしたが、なんだかんだとメリアに絆されて午後からになった。

昼食を終えると早速リビングから飛び出した。
前回の様に部屋を出て広い廊下を左方向に向かって進むと大広間に降りる階段があり、その先に大広間を見下ろせるテラスのような場所がある。

前回見たときは高さから3階くらいだと思ったが、実際には2階だった。
ただし1階分の高さがすごく高い。
もっとも、2階の天井についてもすごく高いのだが。

上から見下ろすと幾何学模様に装飾され、ピカピカに磨き上げられた大広間の床が見える。
大理石かなとも思ったが、幾何学模様の装飾になっているからタイルなのかもしれない。

なんにせよ、50メートル、30メートルくらいの部屋の床がすべて美しい幾何学模様で装飾されているのだ。
美しいとか考えるより先に『いくらかかってるんだろう?』と、費用のことが頭をよぎるあたりボクは貧乏性なんだろうな。

テレサに、
「ここは何をするところなの?」
と聞くと、
「人が大勢集まるときに使います。」
とのこと。

自宅に体育館クラスの集会用のホールがあるって……どんな金持ちだよ。

どうやら両親が貴族だということは間違いなさそうだ。
だけど、もちろん今は誰もいない。

一階に降りて声を出すと、だだっ広い空間にボクの声が木霊する。

「うあー!」

大きな声を出すと反響して面白い。
これは音響も考慮して建築されているのだろうか?

そんなことを考えながら広間の奥を見ると一段高くなって豪奢な椅子が置かれている場所のそのまた奥に、巨大な人型の像が鎮座していた。

金色に近い光沢の鎧を纏った見上げるほど巨大な鎧の騎士像である。

「おおぉ~ぅ。」

ほぇ~と見上げていると、
「レグノー、ラグナ、レン、ユグレスです。」
テレサの誇らしげな声が響く。

知らない単語が並んでる。
彼女の信仰する神様かな?

左手で盾を支え、右手に槍のような棒を持ち、誇らしげに胸を逸らして立っている様子から見て、この神像は戦神とかなのだろう。

上部の頭の方は暗くて見えない。
カッコいいデザインだけれどボクは宗教に興味は無いので、どうでも良かった。
一応、手を叩いて手を合わせ、挨拶の代わりに拝んでおく。

そんなことより、探検だ。

「タッタラタァーッタ、タッタラタァーッタ、タァッタラ~。」

歌を歌いながらゴキゲンな感じに広間を抜ける。
庭に通じていると思われる掃き出しの戸を開けようとしたが、開かない。

振り返ってテレサを見ると、
「今日は天気が悪いので、外に出るのはやめておきましょう。」

う~ん、外には出れないらしい。

それじゃあ仕方ない。
「タッタラタァーッタ、タッタラタァーッタ、タァッタラ~。」

庭方向はあきらめて大広間の正面ドアと思われるドアのハンドルに手をかける。
開かない。

振り返ってテレサを見る。
「そちらは玄関に通じております。本日、来客の予定がございませんので戸締りをいたしております。」

こっちもダメらしい。

「タッタラタァーッタ、タッタラタァーッタ、タァッタラ~。」

仕方ないので、もう一方の大広間を横切ったところにあるドアのハンドルに手をかけてゆっくり押してみる。

「おっ!?」

今度は、ドアが動いたのでドアを開けることができそうだ。

こっちはボクの部屋がある建物とは大広間を挟んで反対側になる。

というか、そこで思い至ったのだが、ボクの部屋があるのは2階だ。
だからボクの部屋の下の階、1階にも部屋があるはずだ。

何も考えずに自分の部屋の階下をすっ飛ばしてこっちに来てしまった。
そのことに気付いて振り返る。

大広間を挟んで反対側、ボクの部屋の1階にあたる壁にもドアがあった。
急いでそちらに戻る。
その後をテレサは何も言わずに静かについてくる。

先ほどのドアとは反対側のドアにたどり着くと、金色のハンドルを持ってドアを開ける。
こちらのドアにもカギはかかっておらず、押すとドアは音も無く開いた。

「タッタラ~。」
少し押し開いたドアから覗いて向こう側の様子を確認する。

誰もいない。

当たり前かもしれないが、ドアの向こうの豪華な装飾が施された廊下には誰もおらず、薄暗い廊下が伸びているだけだった。

廊下には両側にドアがあり、突き当りの大きなガラスレンガの壁から日の光が指している。

それにしても、この建物は開く窓が無くてところどころにこういった分厚いガラスのレンガのようなもので組み上げた壁がある。
その分厚いガラスを通して明かり取りをしているようだ。

分厚くてちょっと角が丸まったガラスのレンガを通して外を見ても、見える景色は歪んでいて外の様子はわからない。
もっと薄いガラスで作った窓を多く設置すれば風景も楽しめて明るくなるだろうに、不思議な建築様式だなぁ。

ボクは廊下に出てすぐ右のドアを開けてみる。
この部屋にも南側と思われる壁にガラスのレンガで作られた明り取りの窓のようなものがあった。

中はソファのような長椅子や、いくつかのスツールのような椅子、それぞれに付随するように丸テーブルが置かれた応接室のような作りの部屋だった。
どの調度品も豪華だが、誰もいない部屋の中はどこか殺風景の様に思えた。

ついで向かい側、北側のドアを開けてみる。
こちら側のドアのハンドルは装飾の少ないシンプルなものだ。

そしてこちらの部屋の中は向かいの部屋とは一転して質素な作りの部屋で、窓がないため薄暗い部屋だった。

「そちらは使用人の部屋ですので、ご主人様は入らない方が良いと思います。」

テレサが相変わらず無表情な顔で進言してくる。
なるほど、右側の南側の明るい部屋は貴族の主人たちがくつろぐ部屋で、北側の薄暗い部屋は従者や召使が待機する部屋なのか。

「ここは全部こういう部屋なの?」

この廊下には、同じようなドアが他に三対ある。

「そうですね。少し違いますが、同じような作りをしています。」

ふむ、どうやらこの棟は大広間でパーティなどを催しているときの休憩室とか準備室のようなものらしい。

正直、ガッカリである。
もっと騎士鎧の置物であるとか剣とか武具であるとか、男の子心をくすぐるようなものがあるかと思って楽しみにしていたのに。

「ちぇ~。」

期待外れだったので、少し不貞腐れながら一応廊下の奥まで来てみた。
廊下の突き当りはブロックのようなキューブ状のガラスの壁で、両脇方向は両扉のドアになっている。

右側の扉の向こうはやっぱり応接室のような家具が並んでいるだけであった。

つまらない。

ここまで来たのに、何も変わったものが無い。

ちょっと不貞腐れ気味になりながら左側のドアを開ける。

そこはこれまでの部屋と同じく使用人の部屋のようだった。
ただ、さっきまでの使用人の部屋と違うのは、奥にドアがありそのドアが開いていてそこから知らない男の人がひょっこりと顔を出していたということだった。
癖のある黒い髪に眼はちょっと垂れていて愛嬌のある顔だった。

「「あ。」」

男の人とボクの目が合って、声がハモる。
と、男の人は慌ててドアを閉める。

あれ?逃げた?

と、思ったら、テレサが流れるような素早い動きでドアの前に移動してドアを開け、
「コルネロ。無礼ですよ。ご挨拶をしなさい。」

怒鳴っているわけじゃないけど、明らかに叱責している声で、ドアの向こうに引っ込んだ男の人を叱りつける。

ああ、あの男の人は逃げたわけじゃなくて、いや逃げたことには変わりないんだろうけど、いきなり偉い人に出会ってしまったんで咄嗟に引っ込んじゃったんだね。

「すみません。」
と、さっきの男の人がテレサに謝っている。

そりゃ、ボクだってテレサにさっきの声色で何か言われたらコワイ。

でもそんなことより謝っている男の人の言葉遣いが気になった。
なんだかメリアやテレサが謝る言葉を使う時よりも発音が崩れていて品がないような気がする。

さしずめメリアやテレサが丁寧な『すみません』って感じだとすると、この男の人の『すみません』は『すいやせん』って感じでちょっと崩れた感じがするのだ。

なるほど、この世界でもこういう風にしゃべり方の特徴で育ちの良さ悪さが出たりするんだね。

そういう意味ではこの男の人はあまり育ちが良くない方なのだろう。
などと考えていると、男性が部屋に入ってきてボクの前に両ひざをついて跪くと両手を胸の前でクロスさせ、頭を床に押し付けるようにして土下座し、

「はじめやして、コークスで働いておりやす。コルネロです。」
と言って、後はよくわからない言葉とか文法で話し始めた。

わ、わからん。
以前、ローラントさんが来た時もそうだったけど、どうも、この世界の男性はよくわからない言葉で話しかけてくる。

そういえば、ローラントさんも初めの名乗りはわかったけど、そのあと続いた言葉がさっぱりわからなかった。
一体、どういうことだろう?

いや意味はなんとなくわかったから、やっぱり難しい言葉遣いということなんだろう。
なんてことを考えながら目の前の男性を見ると、テレサが怖いのか頭を下げたまま畏まっている。

そんな様子を見ると、言っていることが分からないってことだけで、『何言ってんの?』って言うのはちょっと可哀そうな気がするので、分かったような顔をする。

とりあえず、この男性が『コルネロ』という名前なのはわかった。
下男とかの人だろうか?

「許す。」
そう男の人、コルネロに声をかける。

すると広い肩幅を縮ませながら土下座しているコルネロが上目遣いで恐る恐るテレサの顔を見る。
うん?……。
ボクも思わずテレサの顔を見る。

ああ、なるほど。
たぶんこの男性にとってはボクよりテレサの方が怖いんだろうな。

うなずいたテレサを見て、コルネロはホッとした顔をした。

「でも、ちょっと手伝ってほしいんだ。」
続けたボクの言葉に男だけではなく、テレサも不思議そうな顔をする。

ボクは不思議そうな顔をするコルネロではなく、その背後、開けっ放しになったドアの向こうの部屋の中に見えたモノに目が向いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ちょっとエッチな執事の体調管理

mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。 住んでいるのはそこらへんのマンション。 変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。 「はぁ…疲れた」 連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。 (エレベーターのあるマンションに引っ越したい) そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。 「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」 「はい?どちら様で…?」 「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」 (あぁ…!) 今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。 「え、私当たったの?この私が?」 「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」 尿・便表現あり アダルトな表現あり

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

処理中です...