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プチ女子会
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目を覚ますと外が明るいことに気付く。
過労死からの異世界到着、潔白の証明、未知の国が一日で押し寄せた私は相当疲れていたに違いない。
食事を終えてからすぐに眠りについて以降、一度も起きなかった。
「おはようございます」
身支度を終えてオリヴァーに朝の挨拶をする。
「やあ、ぐっすり眠れたみたいだね」
オリヴァーはニコニコした顔を崩さずに言った。
「もう正午を過ぎたよ」
「えっ、ごめんなさい!! どうしよう、花の世話をしなくちゃいけないのに……」
社会人たるもの遅刻は厳禁だ!
人生で一度も遅刻したことがなかったが、目覚まし時計もスマートフォンのアラームも使えない世界で寝過ごしてしまった。
アタフタする私を見てもオリヴァーは叱責する様子はない。
「起きてこないから心配したけど、サクラはとても元気そうだね。花の世話はもう少しこの国に慣れてからでもいいんじゃないかな」
「本当にごめんなさい!! 何か手伝えることがあったら今すぐしますから!!」
失敗した後のリカバリーができないのは昔から指摘されてきた。
そしてこの国でも指示待ち人間だ。
「気にしなくていいよ。それよりもうすぐで来ると思うんだけどな……」
チラリとオリヴァーは窓の外を見る。
「あっ来た来た。サクラに紹介するよ」
「ドクターこんにちはー」
元気良く中に入ってきたのは、赤毛が目を引く華奢な女の子だった。
大きな目がキラキラして、ニカッと口を横に広げた笑顔が可愛い。
「あなたがサクラね。はじめまして。あたしはアリア」
「アリアはチャールズさんのところの研究生だよ。アリア、サクラを案内して色々教えてあげてよ」
「さあ行きましょう、サクラ!」
「気をつけて行っておいでー」
オリヴァーの声が遠くから響く。
半ば強引に連れ出されたが、これから楽しいことが始まる予感に胸が躍る。
「アリアも香水の研究をしているの?」
「そうよ。チャールズさんは不老長寿の薬を作ろうとしているの。いつまでも若々しくいられるなんて素敵じゃない?」
アリアは顔をうっとりとさせる。
年頃の女性らしく美容の話でもしようと思ったところ、グゥゥゥ……とお腹が鳴ってしまった。
「うふふ、お腹が空いているのね! 私もお昼まだだから、まずは食事にしましょ」
――――――――――――――――――――――――――――――――
私たちがたどり着いたのは昼過ぎにも関わらず多くの人で繁盛しているレストランだ。
「ここのサンドウィッチがとっても美味しいの。おじさん、サンドウィッチ2つねー」
昨日の夕食といいパラスリリーの食事は馴染み深いものがあって助かる。
「飲み物はどうしよっかな。サクラ、コーヒー飲める?」
「うん、飲みたい」
(コーヒーは社畜の強い味方だから!)
アリアの常に気を配ってリードしてくれるところに安心する。
まだ出会って少ししか経っていないのに、よく知った友人のような空気感だ。
歳は私と近そうだが、時折見せる大人の仕草が頼れるお姉さん感を演出する。
出されたコーヒーとサンドウィッチを前にアリアは妙に小声で話しかける。
「それにしてもあなたって一体何者?」
(えっ、私が違う世界から来たのバレてる!?)
異世界についてはリチャードもオリヴァーも伏せたいようだったし、どうしようか。
「別に普通だよアハハ……」
「普通なワケないでしょ? 普通の研究生がどうしてドクターの研究室をウロウロできるのよ。ドクターは研究生を持たないことで有名なのに」
オリヴァーの研究所で暮らすのは異例の待遇なのだろう。
異世界のことではないと知り少し安心した私は答える。
「それはリチャードさんからの提案で――」
「えっーー!? リチャード様とも仲良しなの?」
アリアの吃驚が周囲の視線を集める。
「落ち着いてアリア。私は外の国の人間でしばらくの間お世話になるだけだよ」
「ふーん、ドクターはあの容姿でとっても優しいから街中の女の子が狙ってるのよ。お嫁さんになりたくて研究生を志望する子が多いんだけど、『僕一人でできる』って毎回断るらしいわ」
私の知っているオリヴァーは人との距離を詰めるのが上手い人だけど、意外と壁を作っているものなんだな。
サンドウィッチに手を伸ばしながらアリアが納得できそうな言葉を探す。
「私は薬を作ることはできないから、研究所の花を管理するだけだよ。きっと将来有望なパラスリリーの研究生にそんな雑用はさせられないんじゃないかな」
我ながら良い理屈を考えついたものだ。
私たちは湯気が立ち昇るコーヒーを飲んで一息つく。
「わあ、このコーヒー甘い!」
見た目はふつうのブラックコーヒーだが、口に広がったのは苦味ではなく甘味だった。
「コーヒーが甘いのはおじさん特製の香水が入っているからよ」
オリヴァーが飲み薬にもなると言っていたが、コーヒーにも入れるとは驚いた。
「香水には香りを嗅ぐ以外にも使い道があって面白いね」
今まさに研究している人物に対し、何とも素人っぽい感想を返してしまう。
「このコーヒーに入っているのはおまじないの類よ。『今日もいいことがありますように』っておじさんの優しさね」
砂糖やミルクをたっぷり入れたのとは違う甘さでゴクゴク飲める。
「ここはあたしの奢り! さあ、食べ終わったら街を案内するわよ!」
私たちは店主に軽く手を振り代金をテーブルの上に置くと、そそくさとレストランを出た。
過労死からの異世界到着、潔白の証明、未知の国が一日で押し寄せた私は相当疲れていたに違いない。
食事を終えてからすぐに眠りについて以降、一度も起きなかった。
「おはようございます」
身支度を終えてオリヴァーに朝の挨拶をする。
「やあ、ぐっすり眠れたみたいだね」
オリヴァーはニコニコした顔を崩さずに言った。
「もう正午を過ぎたよ」
「えっ、ごめんなさい!! どうしよう、花の世話をしなくちゃいけないのに……」
社会人たるもの遅刻は厳禁だ!
人生で一度も遅刻したことがなかったが、目覚まし時計もスマートフォンのアラームも使えない世界で寝過ごしてしまった。
アタフタする私を見てもオリヴァーは叱責する様子はない。
「起きてこないから心配したけど、サクラはとても元気そうだね。花の世話はもう少しこの国に慣れてからでもいいんじゃないかな」
「本当にごめんなさい!! 何か手伝えることがあったら今すぐしますから!!」
失敗した後のリカバリーができないのは昔から指摘されてきた。
そしてこの国でも指示待ち人間だ。
「気にしなくていいよ。それよりもうすぐで来ると思うんだけどな……」
チラリとオリヴァーは窓の外を見る。
「あっ来た来た。サクラに紹介するよ」
「ドクターこんにちはー」
元気良く中に入ってきたのは、赤毛が目を引く華奢な女の子だった。
大きな目がキラキラして、ニカッと口を横に広げた笑顔が可愛い。
「あなたがサクラね。はじめまして。あたしはアリア」
「アリアはチャールズさんのところの研究生だよ。アリア、サクラを案内して色々教えてあげてよ」
「さあ行きましょう、サクラ!」
「気をつけて行っておいでー」
オリヴァーの声が遠くから響く。
半ば強引に連れ出されたが、これから楽しいことが始まる予感に胸が躍る。
「アリアも香水の研究をしているの?」
「そうよ。チャールズさんは不老長寿の薬を作ろうとしているの。いつまでも若々しくいられるなんて素敵じゃない?」
アリアは顔をうっとりとさせる。
年頃の女性らしく美容の話でもしようと思ったところ、グゥゥゥ……とお腹が鳴ってしまった。
「うふふ、お腹が空いているのね! 私もお昼まだだから、まずは食事にしましょ」
――――――――――――――――――――――――――――――――
私たちがたどり着いたのは昼過ぎにも関わらず多くの人で繁盛しているレストランだ。
「ここのサンドウィッチがとっても美味しいの。おじさん、サンドウィッチ2つねー」
昨日の夕食といいパラスリリーの食事は馴染み深いものがあって助かる。
「飲み物はどうしよっかな。サクラ、コーヒー飲める?」
「うん、飲みたい」
(コーヒーは社畜の強い味方だから!)
アリアの常に気を配ってリードしてくれるところに安心する。
まだ出会って少ししか経っていないのに、よく知った友人のような空気感だ。
歳は私と近そうだが、時折見せる大人の仕草が頼れるお姉さん感を演出する。
出されたコーヒーとサンドウィッチを前にアリアは妙に小声で話しかける。
「それにしてもあなたって一体何者?」
(えっ、私が違う世界から来たのバレてる!?)
異世界についてはリチャードもオリヴァーも伏せたいようだったし、どうしようか。
「別に普通だよアハハ……」
「普通なワケないでしょ? 普通の研究生がどうしてドクターの研究室をウロウロできるのよ。ドクターは研究生を持たないことで有名なのに」
オリヴァーの研究所で暮らすのは異例の待遇なのだろう。
異世界のことではないと知り少し安心した私は答える。
「それはリチャードさんからの提案で――」
「えっーー!? リチャード様とも仲良しなの?」
アリアの吃驚が周囲の視線を集める。
「落ち着いてアリア。私は外の国の人間でしばらくの間お世話になるだけだよ」
「ふーん、ドクターはあの容姿でとっても優しいから街中の女の子が狙ってるのよ。お嫁さんになりたくて研究生を志望する子が多いんだけど、『僕一人でできる』って毎回断るらしいわ」
私の知っているオリヴァーは人との距離を詰めるのが上手い人だけど、意外と壁を作っているものなんだな。
サンドウィッチに手を伸ばしながらアリアが納得できそうな言葉を探す。
「私は薬を作ることはできないから、研究所の花を管理するだけだよ。きっと将来有望なパラスリリーの研究生にそんな雑用はさせられないんじゃないかな」
我ながら良い理屈を考えついたものだ。
私たちは湯気が立ち昇るコーヒーを飲んで一息つく。
「わあ、このコーヒー甘い!」
見た目はふつうのブラックコーヒーだが、口に広がったのは苦味ではなく甘味だった。
「コーヒーが甘いのはおじさん特製の香水が入っているからよ」
オリヴァーが飲み薬にもなると言っていたが、コーヒーにも入れるとは驚いた。
「香水には香りを嗅ぐ以外にも使い道があって面白いね」
今まさに研究している人物に対し、何とも素人っぽい感想を返してしまう。
「このコーヒーに入っているのはおまじないの類よ。『今日もいいことがありますように』っておじさんの優しさね」
砂糖やミルクをたっぷり入れたのとは違う甘さでゴクゴク飲める。
「ここはあたしの奢り! さあ、食べ終わったら街を案内するわよ!」
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