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3.花の国
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ロッコは花の国にやって来ました。
この国にはたくさんの花が咲き誇り、住人たちは穏やかな毎日を送っています。
「おやおや、旅の人。ちょっとワシの庭に来てみないかね?」
話しかけてきたのは、腰の曲がった老人です。
老人の小さな家には、広い庭がありました。
ロッコは、老人が一人で管理するには広すぎる庭を見て
「おじいさんが育ててるの?」
と訊ねました。
「そうじゃよ」
ポンッと頭に乗せられたシワくちゃの手は、祖父を思い出させました。
「きれいじゃろう? ワシには夢があるんだよ」
老人は庭の真ん中に堂々とそびえる木を指しました。
「ワシは死ぬまでに一度でいいから、この木に花を咲かせたいんじゃ」
ロッコはどうして花を咲かせる必要があるのか、と不思議に思いました。
老人は自分が長生きすることより、家を大きくすることより、この木に花が咲くことを望んでいるのです。
家のそばを通りがかった男たちが呆れて言いました。
「まーたやってるよ。あの木は花を咲かせないってのに」
ロッコは老人の顔を見ました。
老人が顔色一つ変えないので、これは聞いてはいけないことを聞いてしまったと思いました。
男たちが通り過ぎるまで知らんぷりを続けた老人は、ようやく口を開きました。
「この木はのぅ、歴史書によると今まで一度も花が咲かなかったらしい。じゃが、ワシは幼い頃に見たんじゃよ。母親に背負われて眠っていた時、うっすらと開けた目に――」
老人が鼻をすすっている間、ロッコは木を見つめました。
「僕、しばらくここにいても良いかな? 僕とおじいさんの食事はちゃんと用意するから」
孤独な老人はロッコを快く受け入れました。
ロッコがこの国で暮らすのを決めたのは、花を見たかったからではありません。
老人の孤独を癒してあげたかったわけでもありません。
ロッコにとっては、どのような花が咲くのか、老人の夢すらどうでも良いことでした。
むしろロッコは、木は絶対に花を咲かさないだろうと思いました。
花を見なれけば心を震わすことはなく、幸せにも不幸にもならないと考えたのです。
老人との起伏のない毎日は、ロッコを安心させました。
老人が、どんな枯れ木でも元気になるという肥料を与えても花は咲きません。
「うーむ。やはりこの木は枯れてはいないのか……」
ブツブツと実験結果をノートに書き記す老人に、ロッコはできるだけ興味を示さないようにしました。
可哀想だとか、頑張って欲しいだとか思わないよう、ぼんやりと木を見つめています。
ロッコが来た時には既に山積みだった実験ノートはさらに増え、周りからも相変わらず白い目で見られています。
そんなある日のこと――。
老人が水の入った透明の瓶を持って帰りました。
彼曰く、これは奇跡の水。
「この水をかけるとの、奇跡が起きるんだそうな。花を咲かせない木にも何か変化が出るかもしれん」
奇跡の水は花の国から北にある、魚人の国の商人から購入したものです。
質素な暮らしをしていた老人がこのように珍しい代物を手に入れることができたのは、ロッコの黄金カードを使ったからでした。
ロッコは自分の物であって自分専用ではないカードなので、老人を責めることはしませんでした。
ただ騙されて哀れだと、周りの人が老人を見るのと同じ感情に陥りました。
老人は早速奇跡の水を木にまんべんなくかけました。
すると、本当に奇跡が起きたのです――。
木は赤や青、黄色などカラフルで小ぶりな花を咲かせました。
世界中の色がそこに集まっているような、心躍らせる光景でした。
偶然通りかかった人は、例の木に花が咲いていると目を真ん丸にしています。
腰を抜かしたり、皆に知らせに行ったりと、穏やかな花の国にはちょっぴり刺激的な事件です。
夢が叶った老人の頬には、大量の涙が伝っています。
「これじゃ! ワシが見たのはこれじゃ、ロッコ!! 花は本当に咲くんじゃ」
微かに残る幼い頃の記憶は、間違っていないと証明できました。
老人は幼子のように、大きな声を上げてわんわん泣きました。
ロッコには自分の夢が叶った時、同じように涙が出るのか想像もつきません。
叶ってしまったことを考えると、夢は持つべきではないからです。
ロッコの頭上の数字が、8から7へと減りました。
眼前に広がる美しい光景は、残念ながらいつか忘れてしまうでしょう。
しかしロッコは老人の顔だけは忘れないと思いました。
できるだけ見ないようにしていた悲しげな顔、試行錯誤している時の難しい顔、美味しそうに食べる顔、そして念願を果たした時のシワくちゃの泣き顔――。
いつものように木だけをぼんやりと見ていたら、きっと数字は減らなかったのです。
今までは馬鹿にしていた人たちも、花が咲いたと知ると老人の庭に集まりました。
ある者は料理、ある者は酒を持ってきたので、庭ではお祝いのパーティーが開催されています。
ロッコは大勢に囲まれる老人に別れを挨拶を告げました。
「お前はずっとここにいるといい。花が枯れたらまた咲くのを一緒に待とう」
老人はロッコを孫のように可愛がっていました。
しかしロッコはどうしても頭上の数字が気になります。
「花を見たからもう十分だよ。おじいさんはカードを使えなくなるし、一人で暮らすけれど、きっと寂しくないね。僕にこの国は幸せ過ぎるんだ」
ロッコは花の国を出る途中、道端で健気に咲く花を見つけました。
花くらいならいいだろうと、旅のお供にしたくて腰を屈めました。
「…………」
ふと老人の優しい笑顔が浮かんだので、花を摘むのを止め、再び黙々と歩き出しました。
この国にはたくさんの花が咲き誇り、住人たちは穏やかな毎日を送っています。
「おやおや、旅の人。ちょっとワシの庭に来てみないかね?」
話しかけてきたのは、腰の曲がった老人です。
老人の小さな家には、広い庭がありました。
ロッコは、老人が一人で管理するには広すぎる庭を見て
「おじいさんが育ててるの?」
と訊ねました。
「そうじゃよ」
ポンッと頭に乗せられたシワくちゃの手は、祖父を思い出させました。
「きれいじゃろう? ワシには夢があるんだよ」
老人は庭の真ん中に堂々とそびえる木を指しました。
「ワシは死ぬまでに一度でいいから、この木に花を咲かせたいんじゃ」
ロッコはどうして花を咲かせる必要があるのか、と不思議に思いました。
老人は自分が長生きすることより、家を大きくすることより、この木に花が咲くことを望んでいるのです。
家のそばを通りがかった男たちが呆れて言いました。
「まーたやってるよ。あの木は花を咲かせないってのに」
ロッコは老人の顔を見ました。
老人が顔色一つ変えないので、これは聞いてはいけないことを聞いてしまったと思いました。
男たちが通り過ぎるまで知らんぷりを続けた老人は、ようやく口を開きました。
「この木はのぅ、歴史書によると今まで一度も花が咲かなかったらしい。じゃが、ワシは幼い頃に見たんじゃよ。母親に背負われて眠っていた時、うっすらと開けた目に――」
老人が鼻をすすっている間、ロッコは木を見つめました。
「僕、しばらくここにいても良いかな? 僕とおじいさんの食事はちゃんと用意するから」
孤独な老人はロッコを快く受け入れました。
ロッコがこの国で暮らすのを決めたのは、花を見たかったからではありません。
老人の孤独を癒してあげたかったわけでもありません。
ロッコにとっては、どのような花が咲くのか、老人の夢すらどうでも良いことでした。
むしろロッコは、木は絶対に花を咲かさないだろうと思いました。
花を見なれけば心を震わすことはなく、幸せにも不幸にもならないと考えたのです。
老人との起伏のない毎日は、ロッコを安心させました。
老人が、どんな枯れ木でも元気になるという肥料を与えても花は咲きません。
「うーむ。やはりこの木は枯れてはいないのか……」
ブツブツと実験結果をノートに書き記す老人に、ロッコはできるだけ興味を示さないようにしました。
可哀想だとか、頑張って欲しいだとか思わないよう、ぼんやりと木を見つめています。
ロッコが来た時には既に山積みだった実験ノートはさらに増え、周りからも相変わらず白い目で見られています。
そんなある日のこと――。
老人が水の入った透明の瓶を持って帰りました。
彼曰く、これは奇跡の水。
「この水をかけるとの、奇跡が起きるんだそうな。花を咲かせない木にも何か変化が出るかもしれん」
奇跡の水は花の国から北にある、魚人の国の商人から購入したものです。
質素な暮らしをしていた老人がこのように珍しい代物を手に入れることができたのは、ロッコの黄金カードを使ったからでした。
ロッコは自分の物であって自分専用ではないカードなので、老人を責めることはしませんでした。
ただ騙されて哀れだと、周りの人が老人を見るのと同じ感情に陥りました。
老人は早速奇跡の水を木にまんべんなくかけました。
すると、本当に奇跡が起きたのです――。
木は赤や青、黄色などカラフルで小ぶりな花を咲かせました。
世界中の色がそこに集まっているような、心躍らせる光景でした。
偶然通りかかった人は、例の木に花が咲いていると目を真ん丸にしています。
腰を抜かしたり、皆に知らせに行ったりと、穏やかな花の国にはちょっぴり刺激的な事件です。
夢が叶った老人の頬には、大量の涙が伝っています。
「これじゃ! ワシが見たのはこれじゃ、ロッコ!! 花は本当に咲くんじゃ」
微かに残る幼い頃の記憶は、間違っていないと証明できました。
老人は幼子のように、大きな声を上げてわんわん泣きました。
ロッコには自分の夢が叶った時、同じように涙が出るのか想像もつきません。
叶ってしまったことを考えると、夢は持つべきではないからです。
ロッコの頭上の数字が、8から7へと減りました。
眼前に広がる美しい光景は、残念ながらいつか忘れてしまうでしょう。
しかしロッコは老人の顔だけは忘れないと思いました。
できるだけ見ないようにしていた悲しげな顔、試行錯誤している時の難しい顔、美味しそうに食べる顔、そして念願を果たした時のシワくちゃの泣き顔――。
いつものように木だけをぼんやりと見ていたら、きっと数字は減らなかったのです。
今までは馬鹿にしていた人たちも、花が咲いたと知ると老人の庭に集まりました。
ある者は料理、ある者は酒を持ってきたので、庭ではお祝いのパーティーが開催されています。
ロッコは大勢に囲まれる老人に別れを挨拶を告げました。
「お前はずっとここにいるといい。花が枯れたらまた咲くのを一緒に待とう」
老人はロッコを孫のように可愛がっていました。
しかしロッコはどうしても頭上の数字が気になります。
「花を見たからもう十分だよ。おじいさんはカードを使えなくなるし、一人で暮らすけれど、きっと寂しくないね。僕にこの国は幸せ過ぎるんだ」
ロッコは花の国を出る途中、道端で健気に咲く花を見つけました。
花くらいならいいだろうと、旅のお供にしたくて腰を屈めました。
「…………」
ふと老人の優しい笑顔が浮かんだので、花を摘むのを止め、再び黙々と歩き出しました。
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