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厚き壁の向こうにありしもの
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朝の日差しで目が覚めた。
腕枕がなくなり、ベッドには1人分の温もりしか残っていない。
「あれ……ハンス……?」
まさか本当にサヨナラなのか!?
それとも昨日のは全部夢!?
「眠れたか?」
ハンスは朝の身支度を済ませ、ソファーでゆっくりアーリーモーニングティーを楽しんでいた。
「昨日、ジュンに頼んでいたのだ。お前の分もあるから来い」
夢ではなかったことを知り、余韻に浸りながら身支度をした。
「体は大丈夫か?」
「アハハ、ちょっと筋肉痛~」
日頃から鍛えているハンスは、筋肉痛なんてないんだろうな。
「飲み終えたら、一緒に来て欲しい場所がある」
ハンスが連れて行ってくれるところは、いつも刺激的だ。
誰も来ない湖畔に、聖剣を収めた倉庫……。
今日はどんなエキサイティングな場所へ行くんだ?
「ここって……」
ハンスが連れて来たいと言ったのは、俺たちが初めて言葉を交わした場所。
すなわち「真実の愛」を保管する扉の前だ。
「お前は国宝・真実の愛を盗み出そうとしていただろ? 異なる世界からここへ来たことと何か関係があるんじゃないのか?」
「俺がここへ飛ばされた時、天から声が聞こえたんだ。真実の愛を手に入れろって。そうすれば元の世界に帰れるって。それで――」
ハンスはポケットから1つの鍵を出した。
「この扉の鍵は俺が持っている――」
何!?
「前王から、俺が持っているように、とご命令を賜っていた」
だから、俺が忍び込んだ時、ハンスが来たのか。
「ハンスが持ってたとは知らなかった。灯台下暗しだなー」
待てよ?
鍵のことを話したってことは、俺に――。
「俺はどんな罰でも受ける。だから真実の愛を持って行け」
俺は真実の愛を手に入れるために、男娼だって甘んじて受け入れた。
だが、今は違う!
深呼吸して天井を見上げた。
どっかから聞いてるかもしれない声の主に向けて。
「おーい! 俺をこの世界に連れて来た人ー! しばらくこの世界にいると決めた! 真実の愛だか何だか知らないが、そんなに欲しいなら別のヤツに頼んでくれー!!」
そしてハンスに自分の想いを伝えた。
「気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとう。でも俺の望みは目の前にぶら下げられたニンジンじゃない。ここで出会った人たちと、もっと一緒にいたいと思ってる。それに元の世界に戻ってハンスに会えなくなるのは、きっと耐えられないんだ」
昨夜は一糸まとわぬ姿で交わったのに、まだこんなに照れくさくなる感情があるんだな。
「純、俺はお前をこの世界に縛り付けて良いのか? お前がそうやって俺を求めれば、帰してくれと言われても引き返せなくなるかもしれないんだ」
ハンスはいつだって俺を守ることばかり考えている。
自らのエゴで俺が苦しむことを恐れてたんだ。
「それでもいいよ。俺は自分で選んでここに残るんだ。実はさ、やってみたいことがあるんだ」
フレデリクから元妾たちの処遇を聞いて、何となく思い浮かんだこと。
「俺、北の台地で、たくさんの人が不当な罰を受けてることを知った。それは役人たちが公正さを欠いてるからで、今は小さな街の腐敗でも、やがて王国中に巣食う闇となる」
政治が分からない俺にも分かることがある。
裁判は身分や貧富に関係なく、平等でなければならない。
「だから、今までの裁判の記録をイチから見直して、冤罪や必要以上に重い罰を受けてる人を解放したい。途方もないことだけど、1件1件に人の命がかかってるんだ。俺は裁かれるべき人間が裁かれる、それを当たり前にしたい」
それができる専門機関があるかは、分からない。
なければ新しく創れば良い。
新王が話の通じる人だといいな。
ハンスは俺の決意表明を聞いて
「お前らしいな」
とつぶやいた。
俺らしいって、どんなところだろう?
ハンスは俺も知らない俺を知ってるのか?
じゃあ、これからはハンスがまだ知らない俺も見せていこう!
ハンスは跪いた。
謁見の間でハンスが王様の前でやったのと同じやつだ。
「やっ、やめろよ! 俺は王様になるって言ってるんじゃないんだから……!」
ハンスは跪いた状態で、顔を上げた。
「これは大切な恋人に永遠の愛を誓うために行うものだ。俺は王国のため、民のために戦ってきた。しかし、お前と出会ってから、お前を想うだけで不思議な全能感に包まれる。王国に命を捧げたはずの俺は、いつしかお前のために生きたいと思うようになった」
ハンスが俺の右手の甲にキスをした。
「俺はお前にこの身を捧げると誓う――。お前を悲しませ傷付けるものから守り、一生そばに居させて欲しい――」
「これからもよろしく騎士様。でも、皆のために戦ってるハンスもカッコイイから、あんまり俺ばっか贔屓するなよ?」
俺は元の世界に戻るのに必要なキーアイテムを、この目で拝むことすらできなかった。
だが、もっともっと手に入れるのが難しく、大切なものを手に入れた。
真実の愛or真実の愛――? (完)
腕枕がなくなり、ベッドには1人分の温もりしか残っていない。
「あれ……ハンス……?」
まさか本当にサヨナラなのか!?
それとも昨日のは全部夢!?
「眠れたか?」
ハンスは朝の身支度を済ませ、ソファーでゆっくりアーリーモーニングティーを楽しんでいた。
「昨日、ジュンに頼んでいたのだ。お前の分もあるから来い」
夢ではなかったことを知り、余韻に浸りながら身支度をした。
「体は大丈夫か?」
「アハハ、ちょっと筋肉痛~」
日頃から鍛えているハンスは、筋肉痛なんてないんだろうな。
「飲み終えたら、一緒に来て欲しい場所がある」
ハンスが連れて行ってくれるところは、いつも刺激的だ。
誰も来ない湖畔に、聖剣を収めた倉庫……。
今日はどんなエキサイティングな場所へ行くんだ?
「ここって……」
ハンスが連れて来たいと言ったのは、俺たちが初めて言葉を交わした場所。
すなわち「真実の愛」を保管する扉の前だ。
「お前は国宝・真実の愛を盗み出そうとしていただろ? 異なる世界からここへ来たことと何か関係があるんじゃないのか?」
「俺がここへ飛ばされた時、天から声が聞こえたんだ。真実の愛を手に入れろって。そうすれば元の世界に帰れるって。それで――」
ハンスはポケットから1つの鍵を出した。
「この扉の鍵は俺が持っている――」
何!?
「前王から、俺が持っているように、とご命令を賜っていた」
だから、俺が忍び込んだ時、ハンスが来たのか。
「ハンスが持ってたとは知らなかった。灯台下暗しだなー」
待てよ?
鍵のことを話したってことは、俺に――。
「俺はどんな罰でも受ける。だから真実の愛を持って行け」
俺は真実の愛を手に入れるために、男娼だって甘んじて受け入れた。
だが、今は違う!
深呼吸して天井を見上げた。
どっかから聞いてるかもしれない声の主に向けて。
「おーい! 俺をこの世界に連れて来た人ー! しばらくこの世界にいると決めた! 真実の愛だか何だか知らないが、そんなに欲しいなら別のヤツに頼んでくれー!!」
そしてハンスに自分の想いを伝えた。
「気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとう。でも俺の望みは目の前にぶら下げられたニンジンじゃない。ここで出会った人たちと、もっと一緒にいたいと思ってる。それに元の世界に戻ってハンスに会えなくなるのは、きっと耐えられないんだ」
昨夜は一糸まとわぬ姿で交わったのに、まだこんなに照れくさくなる感情があるんだな。
「純、俺はお前をこの世界に縛り付けて良いのか? お前がそうやって俺を求めれば、帰してくれと言われても引き返せなくなるかもしれないんだ」
ハンスはいつだって俺を守ることばかり考えている。
自らのエゴで俺が苦しむことを恐れてたんだ。
「それでもいいよ。俺は自分で選んでここに残るんだ。実はさ、やってみたいことがあるんだ」
フレデリクから元妾たちの処遇を聞いて、何となく思い浮かんだこと。
「俺、北の台地で、たくさんの人が不当な罰を受けてることを知った。それは役人たちが公正さを欠いてるからで、今は小さな街の腐敗でも、やがて王国中に巣食う闇となる」
政治が分からない俺にも分かることがある。
裁判は身分や貧富に関係なく、平等でなければならない。
「だから、今までの裁判の記録をイチから見直して、冤罪や必要以上に重い罰を受けてる人を解放したい。途方もないことだけど、1件1件に人の命がかかってるんだ。俺は裁かれるべき人間が裁かれる、それを当たり前にしたい」
それができる専門機関があるかは、分からない。
なければ新しく創れば良い。
新王が話の通じる人だといいな。
ハンスは俺の決意表明を聞いて
「お前らしいな」
とつぶやいた。
俺らしいって、どんなところだろう?
ハンスは俺も知らない俺を知ってるのか?
じゃあ、これからはハンスがまだ知らない俺も見せていこう!
ハンスは跪いた。
謁見の間でハンスが王様の前でやったのと同じやつだ。
「やっ、やめろよ! 俺は王様になるって言ってるんじゃないんだから……!」
ハンスは跪いた状態で、顔を上げた。
「これは大切な恋人に永遠の愛を誓うために行うものだ。俺は王国のため、民のために戦ってきた。しかし、お前と出会ってから、お前を想うだけで不思議な全能感に包まれる。王国に命を捧げたはずの俺は、いつしかお前のために生きたいと思うようになった」
ハンスが俺の右手の甲にキスをした。
「俺はお前にこの身を捧げると誓う――。お前を悲しませ傷付けるものから守り、一生そばに居させて欲しい――」
「これからもよろしく騎士様。でも、皆のために戦ってるハンスもカッコイイから、あんまり俺ばっか贔屓するなよ?」
俺は元の世界に戻るのに必要なキーアイテムを、この目で拝むことすらできなかった。
だが、もっともっと手に入れるのが難しく、大切なものを手に入れた。
真実の愛or真実の愛――? (完)
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