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急襲

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「今、ナタリーさんの声だったよな……?」

 調理場に行ったナタリーに何かあったのか?


 カールが鍬を手に

「ちょっと見てくる」

 と言ったが、ナタリーの方からやって来た。

 たくさんの荒くれ者を引き連れて――。


「物騒なもん持ってるじゃねぇか? このババアの命が惜しいなら、大人しくしろ」

 ナタリーは恐怖で顔が引きつっている。

 カールは鍬を地面に置き、無抵抗の意思を見せた。


 20人くらいか?

 数ではこっちの方が勝ってる。

 だが、女性と老人を含めた数であって、戦える人間は圧倒的に足りない。

 さらに人質までとられたら、こっちから仕掛けることはできない。


 荒くれ者たちは皿に乗っているのが野菜ばかりだと知ると、

「何だあ? 酒はねぇのかよぉ!?」

 と叫んで、机を蹴り上げた。

 大切な料理は地面に散らばった。


 酒なんてあるわけないだろ!

 誰もがそう思ったが、黙って俯くことしかできなかった。


 荒くれ者たちはナタリーを人質にとったまま、畑や家を破壊し回った。

 男たちはヤツらの目を盗んで、アイコンタクトをとるも、やはり今動くのは得策ではないと無抵抗を続ける。

 生活に必要なものを台無しにされても、ここにいる全員の命を優先したのだ。


 一通り荒らしてから、

「オイオイ、ここには何もねぇなあ!!!!」

 とリーダーらしき男が怒鳴った。


 それが散々好き放題した者の言葉か?

 お前たちのせいで、明日のメシの心配をしなくちゃいけないんだぞ!!

 この中に混じりっけなしの悪人でもいてくれたら、とっちめてくれるのにな。

 皮肉にも、この無作法な侵入者たちに何もできないことこそが、俺たちを平凡な善人であることを証明している。


 やられっぱなしの空気を変えたのは、最高齢の老人だった。

「ここは痩せ地ですから、贅沢なものは何もありません。自分たちの分を確保するだけで精一杯でございます」

「ベン爺! よしなさいよ」

 ベン爺は周囲の制止を振り払って続けた。


「いいんじゃ。ワシは老い先短いんじゃから」

 曲がった腰をさらに屈めて、深々と頭を下げた。

「ですから、これで勘弁してくだされ」


 ベン爺にだけ屈辱を味あわせるわけにはいかない。

 俺たちも土下座して頼み込んだ。

「豆なら好きなだけ持っていけ」

「アンタらのことは誰にも言わないよ」

 
 男は頭を下げ続けるベン爺を覗き込んだ。

 こいつ何をする気だ?

 空気がピリ付いた。


「爺さん、俺はアンタの頭を地面に打ち付けるほど鬼じゃねぇんだ。頭を上げてくれよぉ」

 ……意外と人情派なのか?

 ベン爺が顔を上げると、こう続けた。

「だがよぉ、大人しく帰るわけにもいかねぇだろ? 俺もこんだけの数抱えて苦労してんだ。アンタにもその苦労が分かるか?」

 この男はベン爺を長老か何かだと思っているようだ。

 ここにはそんな堅苦しい役割分担はないんだけどな。


「俺はを満足させてやらにゃならん。でないと俺がぶっ殺されちまう」

 男は右手でベン爺の頭部を覆った。

 少し力を入れたら、ベン爺の頭蓋骨が粉砕されてしまいそうだ。


「ここには酒もロクな食いもんもねぇときた。だったら差し出せるもんは1つしかねぇだろ?」

 男はニヤリと笑った。

「女だ――。勇敢な爺さんに免じて1人で我慢してやる。だが俺たち全員を満足させられる、飛び切り若くてきれいな女じゃねぇと。いいな? 断ったらそこの赤ん坊から獣のエサにしてやる」

 男はテレサの腕の中で隠すように抱かれていたイヴを指差した。


 隣でアリスが震えているのが分かった。

 ここで最も若くてきれいな女性に該当するのは彼女だ。

 しかも男は立ち上がりながら、アリスを見ている。

 要はアリスを差し出せってことだ。


「終わったら返してやるから、安心しろ! まあ、生きてりゃの話だかなぁ」

 荒くれ者たちは下品に笑う。


 このまま黙って、連中の気が変わるのを待つか?

 そんなわずかな可能性に、全員の命を預けることはできない。

 拒否したとなれば、弱い者から順番に蹂躙される。

 だがアリスを犠牲にするなど言語道断だ。


「大丈夫だ」

「えっ?」

 声を震わせるアリスと目も合わさず、俺は勝手な行動に出た。

 これが皆を、家族を守る唯一の方法だと思ったからだ。

 誰もがやりたがらないこと、俺にできること。


「俺が相手になってやるよ――」
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