65 / 77
俺にできること
しおりを挟む
北の台地に来てから1週間。
力仕事も任されるようになり、どういう風にここでの生活が成り立っているかを理解した。
生産して消費して、また生産。
消費量が生産量を上回らない限り、この生活は維持できる。
時には体調不良者が出ることもある。
そういう人には無理に生産活動に従事させず、すこしの間休ませる。
体調不良の原因は、栄養不足がほとんどだ。
ここの食事はタンパク質と脂質が圧倒的に足りない。
家畜はいることはいるものの、数が多くない。
たくさんの家畜を育てられるだけの食糧がないから。
医者も薬も欠如したここでは、牛乳が万能薬だ。
牛乳はあまり美味しくない、どうせなら飲むヨーグルトだろ的思想の俺は、この地で牛乳のありがたさを知った。
新鮮な牛乳のほとんどが保存用のチーズにされる。
冬に備えて作っておかねばならんのだ、と年寄りたちは口々に言っている。
かつて冬を越せなかった人がたくさんいたんだろう。
だから牛乳のまま飲むのは、とても贅沢なことだ。
風呂上がりの一杯なんてもってのほか。
というか、風呂場さえないし。
幸運にもすこし離れたところに川があり、男も女もそこで汗を流す。
その川は飲み水にも使っているから、風呂としての使い方を知った時は総毛立った。
だが、今では川に直接口を付けて喉の渇きを潤すこともあれば、体も洗う。
慣れてしまえば平気だ。
この国で最もタフな男が帰ってきたぞ!
……で、そんな俺は、まだ慣れていないことがある。
「イテッ」
俺は膝カックンされた時のように、膝を地面につけた。
膝の裏に鈍い痛みがある。
いきなり何だ?
「おめぇがボサっと突っ立てるからだろ」
野菜を載せた木製一輪車を押すおっさん。
「ああ、すみません、ブルーノさん……」
俺はこの人が苦手だ。
今だって向こうが勝手にぶつけたクセに、すげぇ怒った顔して、俺が謝るハメになった。
謝っても、眉間に皺を寄せて俺を睨んでいる。
ブルーノと一緒の作業場になる時は、そーっと他の場所に行くのが最適解だ。
禿頭がどことなくオーケルマンを思い出させるのも良くない。
無意識に背中を見せないように警戒してしまう。
厳密には背中じゃなくて、ケツだな。
かつての生業は、こういう形で俺の体に染み込んでいるんだから、悲しいなあ……。
「おい! 食いっぱぐれたくなけりゃあ、野菜についた虫を取れ」
「はい……」
葉物野菜につくフタエキバアブラムシは、早めに取っておかないと葉っぱを全部食べられてしまう。
農薬を使わないから、対策は手作業で1匹ずつ潰すこと。
これがあまりにも単純すぎる作業で、眠くなる。
普通は体力のない年寄りが担当するんだが、本当に俺がやるのか?
しかもハンスの迎えを待つ俺を小馬鹿にした声と、ブルーノの声が酷似してるんだよな。
「メルケルさん! ここ、お願いして良いですか?」
俺はあっちで牛の世話でもしますかね。
先客がいた。
「テレサさーん」
なんとこの人は妊婦である。
お腹の子の父親は、元役人のフィリップ。
2人は別の領地からここに送られた。
テレサは不貞、フィリップは横領と、それぞれやってもいない罪だ。
これだけ多くの人がいれば、1組2組はカップルができてもおかしくない。
2人を流刑にした者たちは、こんなに幸せな顔をしているなど夢にも思ってないだろう。
もうすぐ北の台地に新しい命が生まれる――。
「ジューン、牛乳を調理場に持って行ってくれないかしら?」
「もちろん! テレサさんは無理ならさず!」
重たい物を持たせて何かあったら大変だ。
「ごめんねぇ。もうすぐだと思うんだけど」
テレサは大きなお腹を愛おしそうに見つめている。
「男の子でも女の子でも、きっと可愛い子が生まれますよ!」
2人の遺伝子を受け継ぐんだ。
愛嬌のある子供になるに違いない。
「よいしょっと」
調理場で美味しいチーズにしてもらえよ~。
「うぅ……」
「テレサさん?」
テレサがお腹を押さえてうずくまっている。
「だっ大丈夫ですか?」
「だい、じょうぶ……。女の人……呼んで……来てくれ……る?」
ここから最も近くて女が絶対にいる場所といえば、調理場しかない!
俺は一目散に駆け出した。
貴重な牛乳を地面にぶちまけるくらい焦っていた。
力仕事も任されるようになり、どういう風にここでの生活が成り立っているかを理解した。
生産して消費して、また生産。
消費量が生産量を上回らない限り、この生活は維持できる。
時には体調不良者が出ることもある。
そういう人には無理に生産活動に従事させず、すこしの間休ませる。
体調不良の原因は、栄養不足がほとんどだ。
ここの食事はタンパク質と脂質が圧倒的に足りない。
家畜はいることはいるものの、数が多くない。
たくさんの家畜を育てられるだけの食糧がないから。
医者も薬も欠如したここでは、牛乳が万能薬だ。
牛乳はあまり美味しくない、どうせなら飲むヨーグルトだろ的思想の俺は、この地で牛乳のありがたさを知った。
新鮮な牛乳のほとんどが保存用のチーズにされる。
冬に備えて作っておかねばならんのだ、と年寄りたちは口々に言っている。
かつて冬を越せなかった人がたくさんいたんだろう。
だから牛乳のまま飲むのは、とても贅沢なことだ。
風呂上がりの一杯なんてもってのほか。
というか、風呂場さえないし。
幸運にもすこし離れたところに川があり、男も女もそこで汗を流す。
その川は飲み水にも使っているから、風呂としての使い方を知った時は総毛立った。
だが、今では川に直接口を付けて喉の渇きを潤すこともあれば、体も洗う。
慣れてしまえば平気だ。
この国で最もタフな男が帰ってきたぞ!
……で、そんな俺は、まだ慣れていないことがある。
「イテッ」
俺は膝カックンされた時のように、膝を地面につけた。
膝の裏に鈍い痛みがある。
いきなり何だ?
「おめぇがボサっと突っ立てるからだろ」
野菜を載せた木製一輪車を押すおっさん。
「ああ、すみません、ブルーノさん……」
俺はこの人が苦手だ。
今だって向こうが勝手にぶつけたクセに、すげぇ怒った顔して、俺が謝るハメになった。
謝っても、眉間に皺を寄せて俺を睨んでいる。
ブルーノと一緒の作業場になる時は、そーっと他の場所に行くのが最適解だ。
禿頭がどことなくオーケルマンを思い出させるのも良くない。
無意識に背中を見せないように警戒してしまう。
厳密には背中じゃなくて、ケツだな。
かつての生業は、こういう形で俺の体に染み込んでいるんだから、悲しいなあ……。
「おい! 食いっぱぐれたくなけりゃあ、野菜についた虫を取れ」
「はい……」
葉物野菜につくフタエキバアブラムシは、早めに取っておかないと葉っぱを全部食べられてしまう。
農薬を使わないから、対策は手作業で1匹ずつ潰すこと。
これがあまりにも単純すぎる作業で、眠くなる。
普通は体力のない年寄りが担当するんだが、本当に俺がやるのか?
しかもハンスの迎えを待つ俺を小馬鹿にした声と、ブルーノの声が酷似してるんだよな。
「メルケルさん! ここ、お願いして良いですか?」
俺はあっちで牛の世話でもしますかね。
先客がいた。
「テレサさーん」
なんとこの人は妊婦である。
お腹の子の父親は、元役人のフィリップ。
2人は別の領地からここに送られた。
テレサは不貞、フィリップは横領と、それぞれやってもいない罪だ。
これだけ多くの人がいれば、1組2組はカップルができてもおかしくない。
2人を流刑にした者たちは、こんなに幸せな顔をしているなど夢にも思ってないだろう。
もうすぐ北の台地に新しい命が生まれる――。
「ジューン、牛乳を調理場に持って行ってくれないかしら?」
「もちろん! テレサさんは無理ならさず!」
重たい物を持たせて何かあったら大変だ。
「ごめんねぇ。もうすぐだと思うんだけど」
テレサは大きなお腹を愛おしそうに見つめている。
「男の子でも女の子でも、きっと可愛い子が生まれますよ!」
2人の遺伝子を受け継ぐんだ。
愛嬌のある子供になるに違いない。
「よいしょっと」
調理場で美味しいチーズにしてもらえよ~。
「うぅ……」
「テレサさん?」
テレサがお腹を押さえてうずくまっている。
「だっ大丈夫ですか?」
「だい、じょうぶ……。女の人……呼んで……来てくれ……る?」
ここから最も近くて女が絶対にいる場所といえば、調理場しかない!
俺は一目散に駆け出した。
貴重な牛乳を地面にぶちまけるくらい焦っていた。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
MAN OF THE FULL BLOOM
亜衣藍
BL
芸能事務所の社長をしている『御堂聖』は、同業者で友人の男『城嶋晁生』の誘いに乗り『クイーン・ダイアモンド』という豪華客船に乗り込むのだが。そこでは何やらよからぬ雰囲気が…?
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる