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俺にできること

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 北の台地に来てから1週間。

 力仕事も任されるようになり、どういう風にここでの生活が成り立っているかを理解した。

 生産して消費して、また生産。

 消費量が生産量を上回らない限り、この生活は維持できる。


 時には体調不良者が出ることもある。

 そういう人には無理に生産活動に従事させず、すこしの間休ませる。

 体調不良の原因は、栄養不足がほとんどだ。

 ここの食事はタンパク質と脂質が圧倒的に足りない。


 家畜はいることはいるものの、数が多くない。

 たくさんの家畜を育てられるだけの食糧がないから。


 医者も薬も欠如したここでは、牛乳が万能薬だ。

 牛乳はあまり美味しくない、どうせなら飲むヨーグルトだろ的思想の俺は、この地で牛乳のありがたさを知った。

 新鮮な牛乳のほとんどが保存用のチーズにされる。

 冬に備えて作っておかねばならんのだ、と年寄りたちは口々に言っている。

 かつて冬を越せなかった人がたくさんいたんだろう。


 だから牛乳のまま飲むのは、とても贅沢なことだ。

 風呂上がりの一杯なんてもってのほか。

 というか、風呂場さえないし。


 幸運にもすこし離れたところに川があり、男も女もそこで汗を流す。

 その川は飲み水にも使っているから、風呂としての使い方を知った時は総毛立った。

 だが、今では川に直接口を付けて喉の渇きを潤すこともあれば、体も洗う。

 慣れてしまえば平気だ。

 この国で最もタフな男が帰ってきたぞ!


 ……で、そんな俺は、まだ慣れていないことがある。


「イテッ」

 俺は膝カックンされた時のように、膝を地面につけた。

 膝の裏に鈍い痛みがある。

 いきなり何だ?


「おめぇがボサっと突っ立てるからだろ」

 野菜を載せた木製一輪車を押すおっさん。


「ああ、すみません、ブルーノさん……」

 俺はこの人が苦手だ。

 今だって向こうが勝手にぶつけたクセに、すげぇ怒った顔して、俺が謝るハメになった。

 謝っても、眉間に皺を寄せて俺を睨んでいる。


 ブルーノと一緒の作業場になる時は、そーっと他の場所に行くのが最適解だ。

 禿頭がどことなくオーケルマンを思い出させるのも良くない。

 無意識に背中を見せないように警戒してしまう。

 厳密には背中じゃなくて、ケツだな。

 かつての生業は、こういう形で俺の体に染み込んでいるんだから、悲しいなあ……。


「おい! 食いっぱぐれたくなけりゃあ、野菜についた虫を取れ」

「はい……」

 葉物野菜につくフタエキバアブラムシは、早めに取っておかないと葉っぱを全部食べられてしまう。

 農薬を使わないから、対策は手作業で1匹ずつ潰すこと。


 これがあまりにも単純すぎる作業で、眠くなる。

 普通は体力のない年寄りが担当するんだが、本当に俺がやるのか?

 しかもハンスの迎えを待つ俺を小馬鹿にした声と、ブルーノの声が酷似してるんだよな。


「メルケルさん! ここ、お願いして良いですか?」

 俺はあっちで牛の世話でもしますかね。



 先客がいた。

「テレサさーん」

 なんとこの人は妊婦である。


 お腹の子の父親は、元役人のフィリップ。

 2人は別の領地からここに送られた。

 テレサは不貞、フィリップは横領と、それぞれやってもいない罪だ。


 これだけ多くの人がいれば、1組2組はカップルができてもおかしくない。

 2人を流刑にした者たちは、こんなに幸せな顔をしているなど夢にも思ってないだろう。


 もうすぐ北の台地に新しい命が生まれる――。


「ジューン、牛乳を調理場に持って行ってくれないかしら?」

「もちろん! テレサさんは無理ならさず!」

 重たい物を持たせて何かあったら大変だ。


「ごめんねぇ。もうすぐだと思うんだけど」

 テレサは大きなお腹を愛おしそうに見つめている。

「男の子でも女の子でも、きっと可愛い子が生まれますよ!」

 2人の遺伝子を受け継ぐんだ。

 愛嬌のある子供になるに違いない。


「よいしょっと」

 調理場で美味しいチーズにしてもらえよ~。


「うぅ……」

「テレサさん?」

 テレサがお腹を押さえてうずくまっている。


「だっ大丈夫ですか?」

「だい、じょうぶ……。女の人……呼んで……来てくれ……る?」


 ここから最も近くて女が絶対にいる場所といえば、調理場しかない!

 俺は一目散に駆け出した。

 貴重な牛乳を地面にぶちまけるくらい焦っていた。
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