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北の台地

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 歩き進めると、人のいる気配を感じた。

 豚や牛のような家畜の匂いに、働く大人たちの声、通って来た道よりずっと賑わっている。

 向こうから中年女性が近づいてくる。

 第一村人発見か……!


「あ、あのっ、今日からお世話になります!」

 ファーストコンタクトを挨拶で!

 良好な関係を築くのに効果的だ!!


 中年女性は

「あらまあ、元気な青年だこと」

 今、青年って言ったか?

 妾扱いが長すぎたせいで、男だと認識されるだけで感激だ。



「はい! 元気だけが取り柄です! 純と申します。よろしくお願いします!!」

「よろしくねぇ。じゅ、……?」

「純です!!」

 俺の名前はあまりロマーリアっぽくないようだ。

「よろしくね、ジューン! アタシはナタリーだよ」

「ハハ……。よろしくお願いします、ナタリーさん」

 マヤよりはマシだな。


 それにしてもナタリーは愛想が良くて、想定していた流刑者のイメージとかけ離れている。

 ノシュテット夫人とは大違いの良い人だ。

 
「みんなー! 今日からジューンが新しく家族になったよー!」

 ナタリーのおかげで、遠くで作業中の人たちにも俺の存在が知れ渡った。

「おーい! よろしくなー」

「今夜は食事も豪勢にしなくちゃね!」

 遠くから手を振ってくれたり、近くまで来て挨拶してくれたり。


「よろしくお願いします!」

 俺はファミリーの一員として受け入れてもらえたようだ。

 老若男女が協力し合っている光景は、本当に家族に見える。

 ここが流刑地……?


「ナタリー、ちょっといいかしら? かまどの調子が悪いのよ」

「ええ、すぐに行くから。えーっと、ジューンは……。アリス、この子に色々教えてやって!」


 アリスと呼ばれた若い女性は、ナイフを使って殻から豆を取り出していた。

 ナタリーからの指示を聞くと、少しムスっとした表情でこっちを見た。

 集中して作業してる時に邪魔されて怒ってるのか?


「アンタ、何ができるの?」

 不機嫌そうに聞かれ、俺は答えられない。

 そもそも俺は何を求められているか、分からないし。


「えっと……」

「家屋の修復は? 土は耕せる? 牛の世話は?」

 全部やったことがない。

 アリスは察したように、大きくため息をついた。


「アンタ、何もできないんだね。じゃあ、私の作業を手伝って。殻を割って中から豆を取り出すの。簡単でしょ?」

 ナイフを投げつけられて、慌てて拾う。

 同い年くらいの女の子に、役立たずだと思われたに違いない。

「う、うん。分かった」


 豆を取り出す作業は単純で、すぐに慣れた。

 クルミみたいな硬い殻に入っている大きな豆。

 美味しいんだろうか?


「さっきから何チラチラ見てんの?」

「え、いや、ごめん……なさい」

 アリスと仲良くしたいが、何と話しかけて良いか分からない。

 俺たちの共通点といえば罪人だってことのみ。

 どんな罪でここに来たの?

 ……間違いなく火に油を注ぐだろ。


「……別に私は怒ってないから。私と同じくらいの男の子が珍しいってだけ」

 アリスの言葉からトゲトゲしさがなくなった気がする。

「そうなんだ! 良かった!」

「やっぱり、私が怒ってるって思ってたんだ?」

 逆鱗に触れたか?


「そ、そんなことは……!」

「本当に怒ってないよ。もっとリラックスしたら? ここには誰もアンタを咎める者はいないよ」

 アリスはその小さな口を横に広げて、友好的であることを示した。


「ここでは自分ができることを頑張るの。男だったら力仕事して欲しいけど、慣れないうちは怪我するかもしれないから、簡単な仕事で良いよ。ここで一番怖いのは、怪我と病気だから」

 医者なんていなさそうだしな。

「昔はオロフさんっていうお医者さんがいたけど、病気になって死んじゃった。今はもう医者がいないし、包帯だって手に入るか分からない」


「食べ物は自分たちで作ってるの?」

「この豆も畑で収穫したんだよ。家畜と服は気まぐれな行商と物々交換するの。家畜は殖やせば肉にもできるから、たまに肉も出るよ。今日はあんたが来たから、肉が食べられるかもね」

 あそこにいる家畜のどれかが……。

 ぐぅぅぅぅうう。

 フレデリクのアドバイス通り、口に入れておけば良かった。


「ふふ、お腹は正直ね。夕食までまだまだあるんだから、しっかり働いてよ!」

「へへ、もちろん。少しずつ仕事を覚えて、役に立ってみせるからさ」

 決して豊かな土地ではないが、皆がイキイキしている。

 飢えや絶望とは正反対で、この人たちは本当に悪いことをしたのか?


「名前は……」

「ジューン」

 本当は違うんだけどね。


「ジューンは何の罪を犯したの?」

 思わず作業を止めた。

 それはタブーじゃないのか!?


「手を止めない。手を動かしても、おしゃべりはできるでしょ?」

 アリスは平然と豆を取り出し、自らの過去について話した。
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