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王宮裁判②

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 オーケルマンは何か企んでいるに違いない。

 こいつが正々堂々をモットーに生きているところを見たことがないのだから。


「ハンス・ユーホルトに死罪が下るのは当然のことでございます。さらに妾マヤの罪を問うべきである、と主張します」

 やはり俺を許す気はないんだ。

 かつて妻を殺したように、とことん追い詰めるはずだ。


「被告は神聖な王宮裁判で虚偽を申しております。マヤが嫌がっていたと? いやはや信じられぬ。なぜなら2人の堕落し切った関係は、昨夜よりずっと前から始まっておったからです」

 今度は法廷内より、ハンスが動揺している。

 ハンスは自分のことより、俺の風向きが悪くなることを恐れている。

 何でもっと自分のことを考えないんだよ!


「私がマヤを毎晩のように気にかけていた頃、とある事件が起こりました。それは既に処刑された元妾のネックレスが失くなったというものです。そのネックレスは私が贈ったもので、は深く悲しんでおりました」

 その事件は本当にあったことだ。

 俺はシンイーにハメられそうになった後味の悪い事件。

 あの時、目撃者とされた衛兵が正直に言ってくれなかったら、俺は……。


「元妾はマヤが盗んだと申しておりましたが、元妾の自作自演ということで幕を閉じました。即日元妾が処刑されたのは、皆様もご存知の通り。……ですがね、これがどうも適切ではなかったようで」

 オーケルマンは何を言ってるんだ?

 死刑にしたのはお前だろ!

 今更それがやり過ぎだったと認めるつもりか?


「裁判官、ここで1人証人をよろしいですかな?」

「いいとも」


 オーケルマンが連れて来た証人は、例の衛兵だった。

 俺を窮地から救ってくれた彼が、今はオーケルマンの側にいる。

 オーケルマンは衛兵に訊ねた。


「お前が知っていることを話してくれるか?」

「ええ、もちろん。王宮裁判は神聖なものですから……。私にできることなら何でも……」

 衛兵の顔色は優れない。

 こいつもろくに寝てないのか?

 法廷という畏まった場で緊張することを考慮しても怯えすぎだ。


「宰相がおっしゃった事件の際、私はハンス・ユーホルトからある依頼を受けました」

 あの事件にハンスは関係ないぞ。

 俺とシンイーとオーケルマンの、全く絵にならない三角関係が生んだ事件だ。


「その依頼とは?」

「ハンス・ユーホルトから『シンイーに命令されたと言え』と。私はシンイーと共謀し、あの妾にネックレス泥棒の罪を着せようとしていた、と宰相に話すように言われました」

 ハンスがそんなこと言うわけないだろ!

 そもそも俺はネックレスを盗んでいないのだから。


「なぜそのように必要があったのかね?」

「ハンス・ユーホルトは『マヤと手を組み、宰相に恥をかかせてやるんだ』とせせら笑っていました。宰相が誤って無実の妾を処刑するよう、誘導したかったのだと思います」

 衛兵の口から出るのは全て出任せだ。

 処刑だって、俺は止めようとしたんだ。

 それを聞き入れなかったのはオーケルマンで、あの頃はまだハンスと何もなかった。

 共謀なんてもってのほかだ。


「なあ、ハンス。あいつはオーケルマンに有利になるように嘘を吐いてる。ネックレスの事件なんて、ハンスは全く関係ないじゃないか」

「俺が関わっていたのは事実だ」

 どういうことだ!?



「俺はあの衛兵に金を渡し、真実を話すように促した」

 あの時、どうして衛兵がシンイーと裏切ったのかようやく分かった。

 そして、どうして今、俺たちはこんなに劣勢に立たされているのかもだ。


「オーケルマンが金で買収したんだな」

 シンイーが衛兵に金を渡し、ハンスはそれを上回る金で俺を助けた。

 オーケルマンはさらに金に物を言わせ、衛兵を自分の味方に付けた。

 俺が知らぬ間にこんなに金が動いていたとは。


「金で動かした者は、次からも金でしか動かせない。俺が軽率だった」

「ハンスは悪くない。悪いのはオーケルマンと、それに従う衛兵だ!」

 最も金払いの良いオーケルマンが甘い蜜を吸うのは納得できない。


「申し訳ありませんでした! 宰相が妾を処刑してしまったのは、私にも原因があります。しかし仕方なかったのです。ハンス・ユーホルトは迷う私に剣をちらつかせ……」

「もうよい。お前が断れぬ状況になかったことは皆にも伝わっただろう。お前の罪は問わない。話してくれたこと、感謝するぞ」

 オーケルマンと衛兵の茶番は見ていられない。


「裁判官、この者たちは姦通罪のみならず、反逆罪も犯していることになります。これは死罪が妥当……ああ、王宮裁判ですから裁判官が決断なさることですな。良識ある判決を希望いたします」

 オーケルマンは勝ち誇った顔だ。

 自分のシナリオ通りに進んだんだ。

 茶番も貫き通せば、真実の皮を被ってしまう。


 裁判官すら証言の真偽には一切触れず、オーケルマンの主張にうんうんと耳を傾けている。

 判決を悩む素振りだけして、本当は初めから決まっていたんじゃないか?


「では判決を――」

「ちょっと待て! 俺はまだ何も発言してない! 不公平だっ!」

「マヤ、発言を許されるとまだ思っていたのか? 王宮裁判で弁解が許されるのは、人間だけ。馬や牛が自身の正当性を主張するか? お前は人間に満たぬ存在だ」

 ふざけるな!

 俺の存在価値をこいつに決められてたまるか!!


 俺はこの壁をよじ登って、オーケルマンをぶん殴ってやろうと前に出た。

 だが、それは実現しなかった。

 怒りで顔を真っ赤にした俺より、法廷内を恐怖させる行動をとった者がいた。


 ハンスは懐に忍ばせていた短剣を取り出した。

「ハンス!?」


 ハンスは近くにいた見張り用の衛兵から剣を奪い取り、

「純、逃げろ!! 早く!!」

 と叫んだ。


 俺は動けない。

 情けないことに足に力が入らないんだ。

 ハンスを置いて行くこともできない。

 せっかく作ってくれた可能性を台無しにしてしまう……!



 貴族たちが我が身可愛さに逃げ惑い、衛兵たちはゾロゾロとハンスを囲み始めた。

 裁判どころじゃない。

 俺はただハンスの傍に行きたかった。

 昨晩、牢の中で俺たちに生易しい判決は下らないと分かっていた。

 どんなに辛くても運命を共有するって腹に決めてたんだ。


 だが、ようやく俺が一歩分、ハンスに近づいた時、それすら叶わないかもしれないと思った。

 ハンスは何人もの衛兵に床に押さえつけられ

「逃げろ!!」

 と叫んでいた――。
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