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紅口白牙の想い人②

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 エミリアの想い人に会いに行くため、俺たちは部屋を出た。

 ここから先はいつゲームオーバーになるか分からない。

 コソコソ物陰に隠れながら、移動する。


「ところで、その人の場所は分かってるの?」

「ええ、彼のことは何でも知ってますの!」


 随分と遠くまで来たなあ。

「水曜日は第2庭園で訓練すると聞いております」

 訓練?

 あれはソール騎士団か?

 ということは……。


「エミリア様、もしかしてソール騎士団の中に?」

「あの方ですわ!」

 エミリアは見つけると、追っ手のことなど忘れて、すぐに飛び出して駆け寄った。


「フレディ!」

 やっぱりあの後ろ姿はフレデリクだったか。


「どうしたのエイミー? 訓練中に来たら危ないよ?」

 抱きしめ合おうとするエミリアからフレデリクは体を離した。

「キミは……」

 どうも俺です。

 会釈してみせる。


 協力すると言ったものの、フレデリクが相手だったとは。

 女好きを公言するくらいだ。

 エミリアは遊ばれてるんじゃないかと思えてくる。


「フレディ、私は無理やり縁談を進められているのよ。お相手の方はあなたとは大違い。お話はつまらないし、素敵な音楽も奏でてくださらないの」

「それは大変だねぇ」

 他人事だが、フレデリクも渦中の人だぞ!


「今すぐ私と婚約して、縁談を阻止してください!」

 エミリアは変なところで勇敢だな。

 フレデリクが真剣かどうかは別として、いきなりこんなことを言われたら困るだろ。

 何て返すんだろうか。


 フレデリクはエミリアを優しく抱きしめて、熱いキスをした。

 俺は小さい頃見た洋画のキスシーンを思い出した。

 イケナイものを見てしまった気まずさに襲われる。

 
 だが、他の騎士たちは平然としている。

 何人かはうんざりした顔だ。

 もしかして、フレデリクにとっては日常茶飯事なのか!?

 誰が止めろ……って、それができそうなハンスは療養中だった。


 長いキスの後、顔がとろけてしまったエミリアにフレデリクは言った。

「オレはキミを世界で一番愛してるよ。けれど、どうしても婚約できない事情があるんだ……」

「フレディ……?」

「オレはこの美しさのせいで呪われた数奇な男なんだ。遠い北の大地、鬱蒼と茂った森での戦闘のこと。勇猛果敢に戦うオレは、魔女に見初められ求婚されてしまった」

 んなわけあるか!!

 いや待て、この世界には魔女がいるのかもしれない。

 フレデリクの顔は憂いを帯びていて、本当に困っていそうだ。


「彼女は独占欲が強くてね。それはそれは人間の女性とは比べ物にならないほど。オレがキミと一緒になると知ったら、キミはこの世で最も美しき呪われた女性になってしまうよ」

 エミリアは呪いという言葉に怖気付いたように見えたが、愛の力は全てを乗り越えた。

「構わないわ!! あなたと一緒にいられるなら、私、死んでもいいわ」

 二葉亭四迷もニッコリの愛の告白だ。


「キミの愛はトロディグリア海溝よりも深いんだね。感動したよ!! ……うっ」

 フレデリクが急に胸を押さえて苦しみ出した。

「フレディ!?」

「うぅ……。彼女にかけられた呪いかな。もう大丈夫。オレはキミを愛するたびに呪いが降りかかるけど、それでも幸せだよ」

 また道化師みたいなコミカルな動きだ。


 でもエミリアは笑わない。

「そんな、私がフレディを苦しめるなんて」

「キミは悪くないよ? 魔女にだって愛されてしまう美しいオレが悪いんだよ」

 フレデリクがエミリアの涙を拭った。


「私、決めました。シェーンバリ卿との縁談を進めます」

「どうしていきなり?」

「ええ、だってフレディを愛しているんだもの。私は身を引いて、他の方の妻となります。けれど……私の心はここに置いていきますわ」

 エミリアはフレデリクの胸にトンと手を置いた。


「キミの慈悲深さにオレの身は張り裂けそうだよ。こんな呪いなら、進んでこの身を差し出せるのにね。オレは呪いがある限り誰の物にもならない。もし呪いが解けたら、キミを迎えに行くから、ね?」

 エミリアに跪いて、まるでプロポーズだ。

 別れの言葉とは思えないな。


「でも会いたくなったらどうしたら良いのでしょう」

「オレとの思い出はなくならないさ。そうだ、今夜は一緒に見よう。将来の夫には秘密で、ね?」

 エミリアは顔を赤くした。

 何を見るのか分からないが、満足したようだ。


「私、シェーンバリ卿の元へ帰りますわ。今夜、約束よ」

 こっちに戻ってきたエミリアは

「マヤさん、見守ってくださってありがとう。私、これからも愛に生きますわ。例え触れ合えなくても、心の中にフレディがいてくれたら幸せなの!」

 最高の笑顔で王宮へと帰った。


 丸く収まった感じか?

 俺は何にもしてないけど、お礼まで言われた。


「キミはこんなところで何してるの?」

「エミリア様にお願いされて、付いて来たんですよ……。ところで、今夜何を見るんですか?」

 フレディは

「もしかして知らないの?」

 と不思議そうな反応をした。

 この世界では常識なのか?


「団長は大分元気そうだったよ。そうだなぁ……。今夜、キミも団長と一緒に見ると良い。もし2人っきりで会う場所があるなら、だけどね」

 ハンスは回復してたんだ。

 もしかしたら、俺がここに来る間に合図を送りに来てたかも。

 それにしても何を見るんだ?

 フレデリクとエミリアだけじゃなくて、俺とハンスも見られるもの。

 話を聞いたら顔を赤くしちゃうもの。


「さ、早く帰ってね。ここは騎士団とオレを愛する女性しか来ちゃいけないんだよ?」

 フレデリクはそれ以上何も教えてくれなかった。
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