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番外編:ある少年の話②
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「今日はあの店にしよう!」
母を失ってから2年が経ち、兄弟はこの街での生活が当たり前となっていた。
いつものように食べ物を手に入れるために、店へと繰り出す兄弟。
寂れた街に、移動式の商店がやって来た。
商店には大量の食べ物が並び、多くの人間が集まった。
なけなしの金を手に握っている者が2割、指を加えてますます腹を空かせる者が7割。
兄弟は残りの1割だ。
店主が見てない時を狙って、商品に手を伸ばす。
手に掴んだら服の中に入れ、怪しまれないようにそっと立ち去る。
兄はパサパサのパンを服の中に入れた。
決して美味しいパンではないが、カビが生えてないため長く保管することができる。
少年は兄が立ち去ったのを見て、商品を物色し始めた。
まずは兄と同じパンを服の中に入れた。
パンの近くに兄の好物のソーセージがあった。
店主の目線を警戒しながら、そーっと手を伸ばした。
ソーセージまであともう少しのところで、店主に見つかってしまった。
「このクソガキっ!」
少年は逃げようとするも、店主に首を掴まれそれ以上先に進めなくなった。
「お前のような教養のないゴミに教えてやろう。王国では盗みを働いた者は腕を切り押して良いという決まりがある。覚悟するんだな!」
兄が少年を助けに戻って来た。
「やめろ! 弟を離せ!」
店主は失禁している少年を地面に叩きつけ、兄に詰め寄った。
「こいつはお前の弟か? こいつの腕を切り落とさなけりゃ、俺の腹の虫が治まらねぇってんだ」
兄は、少年が涙を流しながら全身を震わせているのを見た。
「だったら、俺の腕をくれてやる! 俺は弟よりずっと強いし、アンタから多くの食べ物を奪ったぜ? それでも弟の腕が欲しいのなら、アンタはとんだ腰抜けだ!!」
店主は肉切り包丁で、兄の右腕を切り落とした。
「兄上……」
兄はこの街でたくさんの嘘を吐いた。
その多くは母や弟を安心させるためだった。
「全然痛くないよ! 俺は強くなったんだ! 痛みなんて感じなくなったさ!」
これが兄の吐いた最後に嘘になった。
その日の夜、兄は高熱を出して倒れた。
少年がしてやれることは、なけなしの食べ物を分け与えることくらいであった。
少年は盗みが発覚するのを極度に恐れるようになり、戦利品は減った。
日々の食事はますます食事と呼べるものではなくなった。
兄は弱っていく中で、空腹ではないこと、食べ物は全部少年が食べて良いことを言いたかったが、言葉にする体力すら残っていなかった。
日に日に容体が悪化していく兄は、ついに少年が神に祈りを捧げている傍らで死んだ。
少年は兄の亡骸にすがり泣き続けた。
「兄上、返事をしてください。僕が弱いからですか? 父上も母上も、僕が強ければ守れたのですか?」
返事は帰ってこなかった。
街一番の荒くれ者が死んだことを悲しむ者は他にいなかった。
偶然にも、兄は母と同じ木の下に埋められた。
時が過ぎ、少年は19歳となっていた。
誰が予想できただろうか。
世間の厳しさを知らず甘やかされて育った末弟が、今や暴力に頼りながら生き延びている。
少年には家族も仲間もいなかったが、自信だけはいつもそばに置いていた。
幼少期のぼんやりとした思考は鮮明になり、惑わされることななくなっていた。
時折押し寄せる寂寞感には、夜空を眺めることで蓋をした。
少年は今度こそ、そうやって生き続けていくのだと思った。
少年を1人の男が訪れた。
不細工な面様に似つかわしくない立派な身なりをした男の名はオーケルマン。
「探したぞ。王がお呼びだ。ワシに付いて来い。……しかしまあ、こんな肥溜めに人が住んでおるとは……」
孤独な少年は、他人に対し友好的な態度をとる必要がなかった。
男を敵と見なし、一方的に要求を押し付けた。
「おい、金を出せ! 抵抗するならお前の面の皮ごと剥いでやる」
「ほうほう、威勢が良いのう。これなら王もお悦びになる。金が欲しいか? なら王宮へ来ると良い。たんまりくれてやる」
少年の王国に対する怨恨の深さを男は理解していなかった。
「うるせぇぞ醜いブタめ! 俺はそんな腐った場所には行かない。俺を追い出したのはそっちだ。俺を誰だと思ってる? 俺は『ハンス・ユーホルト』だ!」
「もちろん知っとるとも。お前を探してここまで来たのだからな。王宮に入ればお前の怒りも鎮まるだろう。それとも、また捨てられると恐れておるのか?」
少年は男の安い挑発に乗ってしまった。
自らの手で王殺しを成し遂げ、王国を引っくり返そうと考えた。
未熟な者ならではの全能感に支配されていたのである。
「いいだろう。俺を王宮に連れて行ったことを後悔させてやる」
男はニヤリと笑い、わざわざ足を運んでまで成し遂げたかった目的が果たされた。
少年はこの先に待つ不条理を何も知らぬまま馬に乗った。
「ところで、お前は女を抱いたことがあるか?」
「……」
「まあいい。初めて挿れるのがこの国で最も高貴な穴であることを光栄に思え」
異世界から来た不思議な少年と出会うおよそ10年前の出来事である――。
母を失ってから2年が経ち、兄弟はこの街での生活が当たり前となっていた。
いつものように食べ物を手に入れるために、店へと繰り出す兄弟。
寂れた街に、移動式の商店がやって来た。
商店には大量の食べ物が並び、多くの人間が集まった。
なけなしの金を手に握っている者が2割、指を加えてますます腹を空かせる者が7割。
兄弟は残りの1割だ。
店主が見てない時を狙って、商品に手を伸ばす。
手に掴んだら服の中に入れ、怪しまれないようにそっと立ち去る。
兄はパサパサのパンを服の中に入れた。
決して美味しいパンではないが、カビが生えてないため長く保管することができる。
少年は兄が立ち去ったのを見て、商品を物色し始めた。
まずは兄と同じパンを服の中に入れた。
パンの近くに兄の好物のソーセージがあった。
店主の目線を警戒しながら、そーっと手を伸ばした。
ソーセージまであともう少しのところで、店主に見つかってしまった。
「このクソガキっ!」
少年は逃げようとするも、店主に首を掴まれそれ以上先に進めなくなった。
「お前のような教養のないゴミに教えてやろう。王国では盗みを働いた者は腕を切り押して良いという決まりがある。覚悟するんだな!」
兄が少年を助けに戻って来た。
「やめろ! 弟を離せ!」
店主は失禁している少年を地面に叩きつけ、兄に詰め寄った。
「こいつはお前の弟か? こいつの腕を切り落とさなけりゃ、俺の腹の虫が治まらねぇってんだ」
兄は、少年が涙を流しながら全身を震わせているのを見た。
「だったら、俺の腕をくれてやる! 俺は弟よりずっと強いし、アンタから多くの食べ物を奪ったぜ? それでも弟の腕が欲しいのなら、アンタはとんだ腰抜けだ!!」
店主は肉切り包丁で、兄の右腕を切り落とした。
「兄上……」
兄はこの街でたくさんの嘘を吐いた。
その多くは母や弟を安心させるためだった。
「全然痛くないよ! 俺は強くなったんだ! 痛みなんて感じなくなったさ!」
これが兄の吐いた最後に嘘になった。
その日の夜、兄は高熱を出して倒れた。
少年がしてやれることは、なけなしの食べ物を分け与えることくらいであった。
少年は盗みが発覚するのを極度に恐れるようになり、戦利品は減った。
日々の食事はますます食事と呼べるものではなくなった。
兄は弱っていく中で、空腹ではないこと、食べ物は全部少年が食べて良いことを言いたかったが、言葉にする体力すら残っていなかった。
日に日に容体が悪化していく兄は、ついに少年が神に祈りを捧げている傍らで死んだ。
少年は兄の亡骸にすがり泣き続けた。
「兄上、返事をしてください。僕が弱いからですか? 父上も母上も、僕が強ければ守れたのですか?」
返事は帰ってこなかった。
街一番の荒くれ者が死んだことを悲しむ者は他にいなかった。
偶然にも、兄は母と同じ木の下に埋められた。
時が過ぎ、少年は19歳となっていた。
誰が予想できただろうか。
世間の厳しさを知らず甘やかされて育った末弟が、今や暴力に頼りながら生き延びている。
少年には家族も仲間もいなかったが、自信だけはいつもそばに置いていた。
幼少期のぼんやりとした思考は鮮明になり、惑わされることななくなっていた。
時折押し寄せる寂寞感には、夜空を眺めることで蓋をした。
少年は今度こそ、そうやって生き続けていくのだと思った。
少年を1人の男が訪れた。
不細工な面様に似つかわしくない立派な身なりをした男の名はオーケルマン。
「探したぞ。王がお呼びだ。ワシに付いて来い。……しかしまあ、こんな肥溜めに人が住んでおるとは……」
孤独な少年は、他人に対し友好的な態度をとる必要がなかった。
男を敵と見なし、一方的に要求を押し付けた。
「おい、金を出せ! 抵抗するならお前の面の皮ごと剥いでやる」
「ほうほう、威勢が良いのう。これなら王もお悦びになる。金が欲しいか? なら王宮へ来ると良い。たんまりくれてやる」
少年の王国に対する怨恨の深さを男は理解していなかった。
「うるせぇぞ醜いブタめ! 俺はそんな腐った場所には行かない。俺を追い出したのはそっちだ。俺を誰だと思ってる? 俺は『ハンス・ユーホルト』だ!」
「もちろん知っとるとも。お前を探してここまで来たのだからな。王宮に入ればお前の怒りも鎮まるだろう。それとも、また捨てられると恐れておるのか?」
少年は男の安い挑発に乗ってしまった。
自らの手で王殺しを成し遂げ、王国を引っくり返そうと考えた。
未熟な者ならではの全能感に支配されていたのである。
「いいだろう。俺を王宮に連れて行ったことを後悔させてやる」
男はニヤリと笑い、わざわざ足を運んでまで成し遂げたかった目的が果たされた。
少年はこの先に待つ不条理を何も知らぬまま馬に乗った。
「ところで、お前は女を抱いたことがあるか?」
「……」
「まあいい。初めて挿れるのがこの国で最も高貴な穴であることを光栄に思え」
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