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番外編:ある少年の話

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 道端に排泄物が散乱し悪臭を放つ街ホテーウ。

 ロマーリア王国の北部に位置する荒廃したこの地に、3人の親子が足を踏み入れた。


「母上、クサくて空気がおいしくないよ。早くお家にかえりたい……」

 幼い少年の兄と母は眉を下げた。


「ハッセ、今日からここが私たちのお家になるのよ」

 母の悲しげな声色が少年を不安にさせた。

 兄はそれを察した。

「いいかハッセ! 新しい家にはお化けが出るんだ。どちらが先に退治できるか勝負だ!」

 と少年の冒険心をくすぐった。


 彼らに与えられたボロ家は、3人で住むにはとても狭かった。

 少年は、扉の隙間から入り込むお化けでさえも、こんなに狭かったら出て来られないだろうと思った。


 人間らしい生活に必要な物は大抵不足していた。


 新しい家の全てに不満があったわけでなかった。

 母と兄の近くで食べる粗末な食事は美味しく、勉強も剣の稽古もしなくて良かった。


 母の元には見知らぬ男が代わる代わる訪れる。

 その度に兄弟は家から出なければならなかった。

「子供の前ではお許しください」

 かつて美しい詩を紡いでいた言葉たちは、いつしか許しを請うものに変わっていた。

 そして疲れきった顔をした母は日に日に美しいドレスを汚していった。


 外の世界に触れた兄弟は、弱肉強食の理に圧倒された。

「おい、お前たち。見ない顔だな」

 兄弟は少年グループに極めて友好的な態度をとった。

「やあ、初めまして。俺の名はベネディクト、弟のハンス。よろしく頼む」


 グループのリーダーは挨拶をそっちのけで、少年の首飾りに目を付けた。

「いいもん持ってるじゃねぇか!」

 手荒く首飾りを引っ張られ、少年は助けを求めた。

「やめてよ! これは父上がくれたたいせつな……」

「そうだ! いきなり無作法な!!」

「うるせぇ!!」


 その日、兄は顔に青あざを作り、少年は父の形見を失った。

 力の弱き者は強き者から搾取される、という不条理を知った。

 ホテーウで生き残るのに何が必要で、何を捨てれば良いのかは明らかだった。


 兄は詩を諳んずるのを止め、木の棒を剣に見立てひたすら素振りした。

 屈強な戦士になるのに十分な食糧はなかったが、必ず屈服させるという意思が原動力となった。

 痩せ細っていても残虐性さえ持っていればこの街の強者になれることは、少年グループから学んだ。


 次第に兄弟は街で上手く立ち回るようになる。

 欲しい物は奪い、相手から何も奪う物がなくなれば復讐されないように徹底的に打ちのめす。

 そのようにして手に入れた戦利品たちは、母の負担を減らした。


「今日も大量だな!」

 萎びた野菜と異臭のする肉を携えた兄弟は上機嫌だった。

「母上! ただいま帰りました」

 兄は母の死体を発見した――。


 母はボロボロだった服を引き裂かれ、所々肌が見えた状態で机の上に放置されていた。

 背が低かった少年は、お茶目な母が机の上で昼寝をしているのだと思った。

 背伸びをして母に食糧を見せようとした時

「見るなっ!!」

 兄は珍しく少年に声を荒らげた。


 兄は母が白目を剥き、首には絞められた跡があることを目に焼き付けてしまった。

 少年がはらはらと涙を流すので、兄は

「ごめんな。今からかくれんぼをしよう。ハッセが鬼だから目をつぶって100数えるんだぞ」

 少年が100を数え切る前に、亡骸を近くの木の下に埋めた。


 数日後、街の男たち数人が惨殺死体で見つかった。

 母の元を訪れる男たちが着ている服と同じものを着ていた。


 少年が母の死を知ったのは、街が殺人鬼におびえている頃だった。

 いつになっても会えない母が、どうにかなってしまったことは少年にも想像ができた。

 兄は仕方なく母は病気で死んだと言った。


 しかし少年は兄が嘘を吐いていると思い、きっと口に出してはいけないことなんだと物分りの良い素振りを見せた。

 かつて両親が首を吊って自殺した者の話をしていた。

 詳しく聞きたがる少年を母は厳しく叱りつけ、絶対に人に話してはいけないと釘を刺された。

 母は絶対に人に話してはいけないことをしたんだと、兄に話すことも止めた。


 少年は夜な夜な両親を想い泣いた。

「兄上、どうして父上も母上も死んでしまったのですか?」

 兄は人を殴り付けて硬くなった手で、少年の顔を覆った。

 少年は骨っぽくてカサカサしている手に顔をしかめたが、昔と変わらない温もりを感じると泣くのを止めた。


「父上と母上はエディが寂しくないように、少しだけ早く行ってしまわれたんだよ。エディは赤ちゃんだから仕方ないのさ。ハッセは赤ちゃんより泣き虫だな」

 兄は少年の頬を軽くつねって、無理やり笑顔の形にした。


「ふへへ」

 少年はいつも何かを欲していたが、悲しい時に泣き、楽しい時に笑うことができた。
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