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囚われし者②

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 俺はなるべく刺激しないように、でもオーケルマンの娘が長く話し続けるように反応した。

「アンタが苦労してきたのは分かった。でも一般人を巻き込んで良い理由にはなってない」

 娘は大きな目をさらに大きくして、顔を赤くした。


 俺の言葉は彼女の意向には沿わなかったようだ。

 いちいち機嫌を取らなきゃいけないところなんか、オーケルマンにそっくりだ。


「お前はオーケルマンの大切なモノだろ!? 部下がアンタを人質にしてるとオーケルマンに伝えに行ってる。身代金を根こそぎ要求して、あの男の前でお前の首をかき切ってやる!!」

 結局、オーケルマンへの復讐の道具に俺は使われてるのか。


 オーケルマンは娘の肩身が狭くないように、ラムハリ王国へ送ったんじゃないのか?

 それとも女アレルギーになって、娘の顔すら見たくなくなった?

 そんなわけないと思いたいけど、少なくともオーケルマンは娘を生かす方向で権力を行使した。

 ラムハリ王国の新王に謁見することになったのも、昔からのっぴきならない付き合いがあったからだったんだ。


「盛り上がってるところ悪いんだけどさ、アンタたちは人選ミスしてるよ。確かに気に入られてはいるけど、大切な存在じゃない。俺はたくさんいる妾の一人だから」

 娘は口をあんぐりと開けた。


って、お前、男なのか?」

 俺の体をペタペタ触って確かめる。

 女の子に触られたのは久しぶりである。


「何でこんな格好してるんだよ!? 気持ち悪いっ」

 ストレートな暴言。

 アンタだって男の格好してるじゃん。

 ロールプレイングみたいなもん、分かってよ。


 娘はそれっきり話をしなくなった。

 完全に俺を警戒している。


 洞窟内に1人の賊が入ってきた。

「キャリーさん! オーケルマンは『身代金は払わない』ってよ」

 ほら、俺の思った通り。

 オーケルマンはかけがえのない妻と娘を失って、いくらでも継ぎ足し可能なおもちゃを手に入れたんだ。



「なんだって!? 本当にオーケルマンに伝えたのか?」

「はい、300,000ポルクにまで値下げしても、あっちに行けとあしらわれました」

 高いのか安いのか。

 高級ハンカチ3枚分。

 ……人の命に比べたら、めちゃくちゃ安い金額だろ!?


「じゃあ、あの人質はどうするんだ!? ああ、もうっ! 邪魔だからお前たちで始末しな!!」

 人の命を軽視するあたり、やはりオーケルマンの血を引いてる。

 真実を知った時、意地でも王宮に残って野心を抱き続けていれば、オーケルマンの驚異となる存在にのし上がってたかもしれないのに。

 復讐するにも、やり方ってもんがあるでしょ。


「せっかくだからよ、始末する前に楽しませてもらうぜ~」

 賊たちの群れにとうとう目を付けられた。

「どれどれ~」

 砂で汚れた腕が伸びて、俺に触れようとした時、

「何だテメェ!?」

 と後ろの方が騒がしくなった。


 バタバタと音がして、賊たちが倒れていく。

 群れの隙間から見えたのは、剣を持って何人もの相手をするハンスだった!


 ハンスはあっという間に賊たちを戦闘不能、あるいは戦意喪失にした。

 娘だけはナイフを持って、戦う意思を見せている。


「よくも仲間を! ぶっ殺してやる!!」

 ナイフで突っ込む娘。

 ハンスは剣の柄で娘の手首を叩きつけ、いとも簡単にナイフは地面に転がった。


「ハンス、待って!!」

 2人が俺を見た。

「その人はオーケルマンの娘だ! どういうわけか、この国で自由奔放に暮らしてるらしい。殺せばオーケルマンの怒りが俺やハンスに向きかねない。俺と娘を天秤にかければ、オーケルマンの考えそうなことは大体予想が付く」

 俺は同情したわけじゃない。

 娘は身勝手で、オーケルマンは薄情極まりない。

 だが、オーケルマンとの関係悪化を避けるためには、娘を見逃さなきゃならない。


 ハンスは不服そうだったが、剣を下ろした。

「帰るぞ」

 縄が解かれて俺は自由の身だ!


 洞窟を出る時、

「何で殺さなかったの? アタシが薄汚い哀れな子だから同情したの?」

 地面にヘタリこんでいる娘に俺は言った。


「冗談だろ? アンタは自分の境遇を嘆くクセに、オーケルマンの娘であることを存分に利用してる。どうせ捕まったって、オーケルマンが介入すれば、アンタだけは許されるんだろ? 今まで許されて来たから、こんな非合法な組織で楽しくやって来られたんだろ。どこが哀れなんだ? 自分の境遇に囚われ続けて楽な方に流れてっていったアンタは、図々しい怠け者だ。俺はアンタに足引っ張られないよう、最適解を選んだだけだ」

 ちょっと言い過ぎたかな。

 いつか復讐されるかもな。

 その前に真実の愛を手に入れて、この世界からズラかるぞ!!



 見渡す限り広がる砂漠。

 ここから王宮までどれくらいかかるんだ?


「ハンス、ありがとう。きっと探してるだろうなって思ってたよ」

 大人数を相手にしたのに、汗一つかいてない。

「俺こそ、すまない。護衛といいながら、お前を一人にした俺に原因がある」


「何でここだって分かったの?」

「マーケットで金をやった子供が、お前がさらわれるところを目撃していた」

 あの子のおかげか。

 情けは人の為ならずだな。


「お前は何かされなかったか? 野蛮な者たちだ」

「ああ、ハンスがあと1秒遅かったら、触られて男だってバレてたよ!」

 わざわざ立ち止まったハンスは、鬼が宿ったように怒った。

「何だと!? 気をつけろっ!!」


 一応、俺は被害者なんだけどなあ……。

「……ごめん」

「いや……、すまない」


 微妙な空気になってしまった。

 本当はオーケルマンの悪口とか、ハンスがかっこ良かったこととか、色んな話を楽しくやりたかったんだ。

 だってロマーリア王国へ帰ったら、俺みたいな妾と騎士団長が顔を合わすなんてことなくなるから。

 嫌でも夢から覚めなきゃいけない日々に戻るから――。


 俺たちの後ろに続く足跡は、乾いた風が消してしまった。
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