真実の愛は体を売って手に入れる所存

文字の大きさ
上 下
14 / 77

性癖と功績は別のもの②

しおりを挟む
 集団の一人が言った。

「ハンス様、握手してくださーい」

 これを皮切りに、女性たちは口々にハンス・ユーホルトへ欲望をぶつける。


「私と結婚してくださらない?」

「ダメよ。ハンス様はアタシと結婚するの!」

「ちょっとアンタの頭でハンス様が見えないじゃない!!」

「あんたみたいなブスが出しゃばらないで!!」


 俺たちを囲む輪がどんどん小さくなり、女性たちの暴言もエスカレートしていく。

 理由は何であれ、これはちょっとしたハーレム状態だ。


 この女性たちは全員未婚というわけではなさそうだ。

 子連れの女性もいて、小さな子供たちはおしくらまんじゅう状態で苦しそうにしている。

 イケメンに気を取られて、我が子を危険に晒すのはいただけない。


 対してオーケルマンは驚きと怒りを超えて、怯えている。

「何だこれは!? ユーホルト、何とかしろ!」

 女にトラウマでもあるのか?


 女性たちはひしめき合いながら、ハンス・ユーホルトへ手を伸ばし始めた。

 少しでも良いから触れたい。

 できることなら髪の毛1本くらいもらっておこう。

 そんな身勝手な欲望が聞こえてくるようだ。


 ギラギラした女性たちの無数の手は大きな生き物となり、ますます輪が小さくなる。

 俺たちが食らい尽くされるのは時間の問題だ。


「いい加減にしないか!!」

 ハンス・ユーホルトの怒号が街中に響いた。

 不思議なもので、あれほど制御不能だった女性たちの動きがピタリと止んだ。


「私は王国のため、民のために命を捧げると誓った。だが、今、ご婦人方は私を無闇矢鱈と担ぎ上げ、よもやつまらぬことで争いを始めようとしている」

 女性たちは恥ずかしさのためか、表情を曇らせた。

 さっきまで罵り合っていた人たちも、急にしおらしくなった。


「民が傷付く原因が私にある時、どうやって罪を償えば良いのか。王国は王や貴族だけのものではない。あなた方も含まれているのだ。これ以上何を捧げれば、愛する王国を守ることができるのか!」

 女性たちは俯いて後退りし始めた。

 俺たちを取り囲む輪郭がぼやけ、解散となった。

 苦しそうだった子供も怪我はないようで、安心だ。

 今はしょんぼりしている女性たちも、数日も経てばハンス・ユーホルトの武勇伝みたく語り草にしていくのだろう。

 

「若造が……。王国は王と我々の物だ」

 喉の奥からひねり出したような小さな声だったが、確かにオーケルマンはそう言った。


 まあ、理想とか解釈の違いってヤツだな。

 一生平行線だから世界は一つになれない。

 だからこそ保たれる均衡もある。


 俺は政治が分からない。

 友を人質にして走るヤツよりは、現状を冷静に捉えることができるけれども。

 だからどちらの見方も否定できないし、肩を持つ気もない。


 ただ、ハンス・ユーホルトは命懸けで戦っているってことは伝わった。

 俺が時間を犠牲にして、ギャフンと言い負かさないといけない憎き敵ではないんだ。


 居心地が悪くなった女性たちは、散り散りにその場を離れていく。

「おーい、姉さーん。だから止めとけって言ったんだよ。騎士団長様にご迷惑かけるなよ!」

 小麦色に焼けた好青年が、姉を迎えに来ていた。


「ほう……」

 ゾクリと背筋に悪寒が走った。

 ヤバい。

 オーケルマンは、あの青年を妾にするつもりだ!


 そんなことをされたら、新品が大好きなコイツのことだ。

 俺は今のように自由に動けなくなるかもしれない。

 それに機械が発達していないこの国で、男は重要な働き手だ。

 妾にする代わりに金を渡したとしても、一生安泰である保証にはならない。


 俺は姉弟に目を向けた。

「ごめんねぇ。お母さんには内緒ね?」

「母さんも知ってるよ……。早く帰って畑仕事するよ!! あと今日は姉さんが夕飯係だよ~」


 あんなに仲良しなのに、弟は妾にしますって引き離すのは酷だろ。

 こんなオッサンに掘られるより、多少貧しくとも家族で食卓を囲む方が価値があるに決まってる。


 オーケルマンは今にも青年に声を掛けようとウズウズしている。

 オーケルマンの提案は半ば強制だ。

 あの姉弟にこのオッサンを近づけてはいけない!


 俺は舞台役者顔負けの大げさな身振りと、馬鹿でかい声で

「あーイタイイタイーー!!」

 と叫んだ。

 
 やった!

 こっちを見たぞ。

 他の関係のない人たちからも変な目で見られてるけど。


「旦那様ー。マヤは死んでしまいますー。ああー頭がー」

「何っ!? どこか悪いのか?」

 さあ、今すぐ君たちはここから逃げて!!

 って2人とも俺を心配して、その場に留まっちゃってるよ!


 仕方ない。

 ならこちらからフェードアウトだ。

「うぅ……。マヤは病気を患っております。でも馬車で休めば大丈夫です。ですから今すぐ馬車へ……」

「そうか。ワシのことはいいから、早く馬車へ帰りなさい」


 何と薄情な……。

 お前のお気に入りが死にそうだって言ってんだぞ?

 まだあの青年を諦めてないのか!!


「ダメです~。めまいがするので一人では歩けません~」

「ならばユーホルト、お前が介抱してやれ」

 お前を馬車へ連れて帰るのが任務なんだよ!!


「旦那様! マヤは旦那様の前で他の男に触れられるくらいなら、死んだ方がマシです……。うぅ、頭がぁぁぁぁ」

 オーケルマンは名残惜しそうに姉弟の方をチラチラ見て

「仕方ないのう。ほれ、ワシに寄りかかって歩け」


 かくして、俺はオーケルマンの魔の手から青年を救ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...