壺の中にはご馳走を

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驟雨②

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「ようやく土岐の足が止まり、

『……ここでいいかぁ』

 土岐は私の体を大木に押し付け、覆いかぶさって言いました。

『目を瞑って』

 ロマンティックではなかったけれど、土岐のしたいことを察し、言う通りに目を閉じました。

 
 しかし繋がれた手は解かれ、ファスナーを動かす音が聞こえました。

(……ん? 彼の体が離れた? これって何の時間なの?)

 薄目を開けると、血走った目の土岐が私に向かって飛んで来ました。


 私は首元にひんやりとした感覚があったので、視線を落としました。

 首にノコギリの歯が当てられていました。

『ひっ!』


 土岐は今までで一番生き生きとした表情で、一方的に話し出しました。

『君は賢いねぇ。大声を出しても他の登山客には聞こえないからね。コレを動かされないように黙ってるんだよね?

 僕にはね、夢があるんだよ。人間を生きたまま切断したらどうなるのか。この目で見てみたいからね。やってみようと昔から考えてるんだ。ギーコギーコってね。君は何回目で死ぬのかな?』

 土岐は私に話しかけながらも、目はノコギリを凝視していました。


『……助けてください……。誰にも言いませんから……お願い』

 土岐は裂けそうなほど口を横にニィーっと開いて笑いました。

 突然雨が激しく降り出しました。

『チッ。またか』

 激しい雨音は、SOSを他の登山客に届かなくしました。


 でも遠くから鈴の音が聞こえてきました。

 シャンシャンって。

 鈴の音は雨の中でもはっきりと響き、こちらへ向かってくるのが分かりました。


 土岐は

『誰かこっちへ来てるな。僕はね、あまり他人に迷惑をかけたくないんだ』

 と言い、ギロリと視線を私に移して

『手っ取り早く済ませるか』


 土岐がノコギリを今にも動かそうとした瞬間――。

 ひときわ大きなシャンという音が鳴り、ドカーンっと雷が土岐に直撃したんですよ!

 土岐は所々に火傷を負い、白目を向いて後ろへ倒れました。


 鈴の音が間近に迫った時、雨が小康状態になりました。

 能面を付けた白装束の集団が私をじっと見ていました。

 6、7人くらいだったでしょうか。

 背丈は同じくらいで、言葉は何も発しませんでした。

 
 そのうちの1人が土岐の体を片手でヒョイっと持ち上げ肩に担ぐと、再び集団に戻りました。

 そして集団は、お坊さんが持っているような鈴が付いた杖をシャンシャンと鳴らしながら、霧がかって白くなった視界の向こうへと消えました。


 あれはきっと神様ですよ!

 私を殺そうとした土岐に天罰を下したんです。

 私は神様に愛されているから、傍にいた私は雷に打たれることなく、導かれるように登山コースへ戻ることができたんです!


 でも、天罰で死んだ人間って成仏しなさそうじゃないですか。

 だから、土岐との縁を完全に切るために、ここでお祓いしてもらうことにしたんですよ!

 えへへ、私って本当に人生イージーモードです!!」


 朝井春花は弾むような足取りで店を出た。


「女の子ってタフだなぁ……」

 感心する真也に茉美が言った。

「真也、以前ここに来た高田という男を覚えているか?」

 真也はうーんと考え込んだ。

「人の命をゴミのように扱う胸糞悪い男だ」

「あ~雨が降り続くっていう」


 茉美はパチンと指を鳴らした。

「そうだ!

 春花が言っていた土岐という男は、高田だよ。

 偽名を使って、さらなる殺人を企んでいたのだろう。


 春花が神に愛されていたんじゃない。

 高田が神の怒りを買っていたんだ。


 でもまぁ、神を信じるのは悪いことではない。

 神の加護を免罪符にしなければ、春花はこれからもツキが向くことさ」


「ポジティブシンキングが大事ですね!」

 ふと真也は思った。

(何で茉美さんは、高田だって分かったんだろう?)


 ゴチソウサマ、ゴチソウサマ。
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